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第九章:剣士の帰還
自覚①
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エデストルの首都エトルの中心には、広場が設けられている。
祭りや模擬試合などに使われるそこは、ヤンダルムの飛竜五頭とソワレとルゥナを乗せた巨鳥が下り立つのに充分な広さがあった。
「エディ王子! ご無事で!」
初め恐々と遠巻きに見ていたエデストルの民たちだったが、飛竜から飛び降りたエディを目にして一斉に押し寄せる。彼らは皆、つい最近まで囚われの身であったとは思えない、晴れやかな顔をしていた。
彼らは歩み出たエディの前まで来ると、畏怖と警戒の入り混じった目で彼の背後を覗き込んだ。
「これは、飛竜、ですか? 魔物、ではなく?」
「ああ、あちらがヤンダルムのヤン王だ」
「あれが……」
一身に注目を集めているヤンは、堂々としたものだ。
初めて目にする飛竜もそうだが、過酷な環境で磨かれてきたヤンは、飛竜以上に獰猛さをにじませた威圧感をみなぎらせていた。
細身な者が多いエデストルの民の中にいると、ヤンの巨躯は異彩を放っている。
エディの三倍はありそうな腕を胸の前で組んで、彼は不敵な顔でニヤリと笑った。それはさながら獲物を前にした金色熊《ウルズ》のようで、エデストルの民は怯んだように一歩たじろいだ。
「そんなにびびるな。噛み付きゃしない」
「は……」
エディの言葉に頷きはしたが、ヤンダルムの一行に注ぐ皆の眼差しは、他国の使者に向けるものというよりは、無頼の輩を警戒するものだ。
フロアールを拉致したことがあるだとか、エディたちも拘束されたことがあるだとか言ったら、ひと騒動になるだろう。
幸いにして、ヤンダルムとのいきさつを話す必要に迫られるより先に、彼らの興味は引き続き姿を現したスクート、サビエに移ってくれた。変わりのない双子の様子に皆表情を明るくしたが、それきり期待していた顔が現れないことに気遣わしげな眼差しを交わし合う。
「あの……フロアール様は……? ベリート様もいらっしゃらないようですが……」
「フロアールはシュリータにいる。元気だ。ベリートは――」
エディは束の間拳を握り込んだ。次の台詞を口にするのは、まだ少し胸をひっかくものがある。
「俺達を守って死んだ」
ハッと息を呑む音があちこちで起き、広場のざわめきが消える。
だが、それはわずかな間のことだけだった。
「そう、ですか……ですが、こうやってエディ様が戻られたのです。ベリート様もきっと安堵なされていることでしょう」
「ええ、さすがベリート様です。見事にエディ様をお守りなさった」
一瞬肩を落としたものの、役目を果たして本望だろう、と頷き合う一同に、エディは強張った笑顔で応える。
ベリートの命を犠牲にして逃げおおせて、「良かった」とは口が裂けても言えない。だが、彼の行動を褒め称える人々に対して、自分はそんなことは望んでいなかったとも、エディには言えなかった。
と、そこまでは喜びに満ちていたざわめきが、一変する。
「アレは……」
「いったい……」
不意に周囲に溢れた警戒の声に振り返ったエディは、そこに無言で佇む姿を見て、呻いた。
最後に羽を休めたのは、ルゥナとソワレが乗っていた怪鳥だ。
それから降りた二人は並んで立っているが、目を引いているのは可憐なルゥナの方ではないだろう。
巨躯のヤンと同じかそれ以上の背丈があるソワレは、いつもはすっぽりと被っている頭の被り物を剥いでいた。
一見黒いが、その目をよくよく見れば、深紅の瞳孔が異様な光を放っている。口元に覗く牙も、明らかに『ヒト』ではない。
「魔物……?」
拡がっていくざわめきは、次第に殺気を帯びたものになっていく。
「おい、違う、アイツは――」
エディは声をあげて制しようとしたが、たいして声量のないその声は、すぐに掻き消されてしまう。
「魔物……」
「魔物だ……」
「他にもいるのか……?」
「いや、いない。今のうちに……」
「倒せ……」「殺せ……」
シャリンと、鞘から刃が抜き放たれる音がそこかしこから聞こえた。
エディたちを取り巻いていた人の輪が、徐々に小さくなっていく。
不穏な空気に、ルゥナがソワレに寄り添い、その長衣の裾を握り締めるのがエディの視界に入る。
助けを求めるようにスクートやヤン達に目を走らせても、彼らが動こうとする気配はなかった。逆に、「どうする?」と問うような眼差しを返される。
そうか、と、思った。
(俺が、やらないと)
エディはごくりと唾を呑み込んだ。
ここはエデストル。
彼の国、彼の民なのだ。
チラリとルゥナに目を走らせると、ジリジリと近付いてくる群衆に怯えた光を宿した彼女の眼差しと行き合った。
目が合って、一瞬、エディの身体の中に痺れのような感覚が走る。
それが何なのか判らぬままに、エディはおのずと背筋を伸ばして民に目を戻した。
彼らから伝わってくるのは、恐怖と混乱だ。
ほんの一押しで暴徒となり得る彼らを抑え導くのは、他の誰でもない、新たな王であるエディがすべきことなのだ。
まだ、力が足りないことは解かっている。
この面子の中では、もしかしたら一番弱いかもしれない。
しかしそれでも、エデストルの王は、この自分なのだ。
ルゥナ。
――彼女のことは、守ってやりたいと思っている。
エデストルの民たち。
――彼らのことは、守るべき存在だと思っている。
(なら、『守る』とはどういうことなのだろう――『守る』力を持つということは)
かつては、剣を取って敵を打ち倒すことがその全てだと思っていた。
しかし今は――判らない。
判らないが、力で屈服させるだけではないことは、何となく判りつつある。
――それは、ルゥナを見てきたから。
彼女は戦う力など欠片も持っていない。
けれど、皆を、全てを『守ろう』としてきたのだ。
あの、華奢な身体一つで。
すう、と、エディは大きく息を吸い込み、溜める。
そして、腹の底から声を張り上げた。
「落ち着け!」
ビリビリと空気が震えそうなほどだった。
ソワレに詰め寄りつつあった人々がハッと動きを止め、一斉にエディを見つめる。
彼は気付いていなかったが、その声、その響きは、亡き父レジールかと聞き紛うほどよく似ていたのだ。
毒気が抜かれたような眼差しが、エディに注がれた。それを受け止めながら、彼は続ける。
「彼はソワレ、敵じゃない。今、このルニア全体はある危機に瀕している。魔物の襲撃だけじゃなくて――パッと見、そう感じないだろうけど、かなりヤバい状況なんだ。その男は、それを打破する為に共に闘う――仲間、だ」
最後の一言を口にした時、ルゥナの顔が微かに輝いた。
祭りや模擬試合などに使われるそこは、ヤンダルムの飛竜五頭とソワレとルゥナを乗せた巨鳥が下り立つのに充分な広さがあった。
「エディ王子! ご無事で!」
初め恐々と遠巻きに見ていたエデストルの民たちだったが、飛竜から飛び降りたエディを目にして一斉に押し寄せる。彼らは皆、つい最近まで囚われの身であったとは思えない、晴れやかな顔をしていた。
彼らは歩み出たエディの前まで来ると、畏怖と警戒の入り混じった目で彼の背後を覗き込んだ。
「これは、飛竜、ですか? 魔物、ではなく?」
「ああ、あちらがヤンダルムのヤン王だ」
「あれが……」
一身に注目を集めているヤンは、堂々としたものだ。
初めて目にする飛竜もそうだが、過酷な環境で磨かれてきたヤンは、飛竜以上に獰猛さをにじませた威圧感をみなぎらせていた。
細身な者が多いエデストルの民の中にいると、ヤンの巨躯は異彩を放っている。
エディの三倍はありそうな腕を胸の前で組んで、彼は不敵な顔でニヤリと笑った。それはさながら獲物を前にした金色熊《ウルズ》のようで、エデストルの民は怯んだように一歩たじろいだ。
「そんなにびびるな。噛み付きゃしない」
「は……」
エディの言葉に頷きはしたが、ヤンダルムの一行に注ぐ皆の眼差しは、他国の使者に向けるものというよりは、無頼の輩を警戒するものだ。
フロアールを拉致したことがあるだとか、エディたちも拘束されたことがあるだとか言ったら、ひと騒動になるだろう。
幸いにして、ヤンダルムとのいきさつを話す必要に迫られるより先に、彼らの興味は引き続き姿を現したスクート、サビエに移ってくれた。変わりのない双子の様子に皆表情を明るくしたが、それきり期待していた顔が現れないことに気遣わしげな眼差しを交わし合う。
「あの……フロアール様は……? ベリート様もいらっしゃらないようですが……」
「フロアールはシュリータにいる。元気だ。ベリートは――」
エディは束の間拳を握り込んだ。次の台詞を口にするのは、まだ少し胸をひっかくものがある。
「俺達を守って死んだ」
ハッと息を呑む音があちこちで起き、広場のざわめきが消える。
だが、それはわずかな間のことだけだった。
「そう、ですか……ですが、こうやってエディ様が戻られたのです。ベリート様もきっと安堵なされていることでしょう」
「ええ、さすがベリート様です。見事にエディ様をお守りなさった」
一瞬肩を落としたものの、役目を果たして本望だろう、と頷き合う一同に、エディは強張った笑顔で応える。
ベリートの命を犠牲にして逃げおおせて、「良かった」とは口が裂けても言えない。だが、彼の行動を褒め称える人々に対して、自分はそんなことは望んでいなかったとも、エディには言えなかった。
と、そこまでは喜びに満ちていたざわめきが、一変する。
「アレは……」
「いったい……」
不意に周囲に溢れた警戒の声に振り返ったエディは、そこに無言で佇む姿を見て、呻いた。
最後に羽を休めたのは、ルゥナとソワレが乗っていた怪鳥だ。
それから降りた二人は並んで立っているが、目を引いているのは可憐なルゥナの方ではないだろう。
巨躯のヤンと同じかそれ以上の背丈があるソワレは、いつもはすっぽりと被っている頭の被り物を剥いでいた。
一見黒いが、その目をよくよく見れば、深紅の瞳孔が異様な光を放っている。口元に覗く牙も、明らかに『ヒト』ではない。
「魔物……?」
拡がっていくざわめきは、次第に殺気を帯びたものになっていく。
「おい、違う、アイツは――」
エディは声をあげて制しようとしたが、たいして声量のないその声は、すぐに掻き消されてしまう。
「魔物……」
「魔物だ……」
「他にもいるのか……?」
「いや、いない。今のうちに……」
「倒せ……」「殺せ……」
シャリンと、鞘から刃が抜き放たれる音がそこかしこから聞こえた。
エディたちを取り巻いていた人の輪が、徐々に小さくなっていく。
不穏な空気に、ルゥナがソワレに寄り添い、その長衣の裾を握り締めるのがエディの視界に入る。
助けを求めるようにスクートやヤン達に目を走らせても、彼らが動こうとする気配はなかった。逆に、「どうする?」と問うような眼差しを返される。
そうか、と、思った。
(俺が、やらないと)
エディはごくりと唾を呑み込んだ。
ここはエデストル。
彼の国、彼の民なのだ。
チラリとルゥナに目を走らせると、ジリジリと近付いてくる群衆に怯えた光を宿した彼女の眼差しと行き合った。
目が合って、一瞬、エディの身体の中に痺れのような感覚が走る。
それが何なのか判らぬままに、エディはおのずと背筋を伸ばして民に目を戻した。
彼らから伝わってくるのは、恐怖と混乱だ。
ほんの一押しで暴徒となり得る彼らを抑え導くのは、他の誰でもない、新たな王であるエディがすべきことなのだ。
まだ、力が足りないことは解かっている。
この面子の中では、もしかしたら一番弱いかもしれない。
しかしそれでも、エデストルの王は、この自分なのだ。
ルゥナ。
――彼女のことは、守ってやりたいと思っている。
エデストルの民たち。
――彼らのことは、守るべき存在だと思っている。
(なら、『守る』とはどういうことなのだろう――『守る』力を持つということは)
かつては、剣を取って敵を打ち倒すことがその全てだと思っていた。
しかし今は――判らない。
判らないが、力で屈服させるだけではないことは、何となく判りつつある。
――それは、ルゥナを見てきたから。
彼女は戦う力など欠片も持っていない。
けれど、皆を、全てを『守ろう』としてきたのだ。
あの、華奢な身体一つで。
すう、と、エディは大きく息を吸い込み、溜める。
そして、腹の底から声を張り上げた。
「落ち着け!」
ビリビリと空気が震えそうなほどだった。
ソワレに詰め寄りつつあった人々がハッと動きを止め、一斉にエディを見つめる。
彼は気付いていなかったが、その声、その響きは、亡き父レジールかと聞き紛うほどよく似ていたのだ。
毒気が抜かれたような眼差しが、エディに注がれた。それを受け止めながら、彼は続ける。
「彼はソワレ、敵じゃない。今、このルニア全体はある危機に瀕している。魔物の襲撃だけじゃなくて――パッと見、そう感じないだろうけど、かなりヤバい状況なんだ。その男は、それを打破する為に共に闘う――仲間、だ」
最後の一言を口にした時、ルゥナの顔が微かに輝いた。
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