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第九章:剣士の帰還
自覚②
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多分、エディがソワレのことをはっきりと『仲間』と認めたのは、初めてのことだ。お互い極力相手を視界に入れないようにしているし、言葉を交わせばたいてい剣呑な雰囲気で終わる。
そんな二人にルゥナが悲しげな顔をするのが判っていても、どうしてもにこやかに友達付き合いなど、できなかったのだ。
ソワレのことは、今でもやっぱり何だか気にくわない。
何となくそりが合わないし、全然仲良くしようという気にもならない。
だが、間にルゥナを挟むと、きっと、他の誰よりも目指すものは合致する。
だから、『仲間』だ。
(『友人』とかにはならないけどな、絶対)
胸の中で独りごち、エディはもう一度民を見渡し、告げる。
「いいか、魔物はもう襲ってこない。マギクもこれ以上攻撃はしてこないだろう。本当の『敵』は全然違うところにいるんだ。一番の大元の『敵』が。俺たちは、これからソイツを倒す。だからお前たちは魔物のこともマギクのことも、忘れろ」
再び、皆の間にざわめきが走った。
「ですが、王の仇は? マギク王のことは、どうされるんですか? 彼の裏切りでレジール王は……王を殺されて、そのまま何もなかったことになどできません!」
苛立ちを含んだ声でそう訴えたのは、エデストル兵の装束をまとった男だ。彼の周りには他にも数人、同じ格好の者がいる。
エディは一瞬、両の拳を握りしめた。
彼とて、まだ納得はいっていない。恨みや憎しみが消え失せたとは、口が裂けても言えない。
――が。
「それは――もう過ぎたことだ。後ろを見てもしょうがない。お前たちも前を見ろ」
きっぱりと言い切ったエディに、皆の視線が集まる。
「前、ですか?」
「ああ。仮にマギクの兵士を一人残らず狩り出し、殲滅したとして、それで何が残るんだ? 手間暇時間をかけて数百人殺して、それで何が手に入る?」
エディの声はけっして張り上げられたものではない。だが、腹の底から出したそれは、静まり返った広場に浸透する。皆、息をひそめて彼の言葉に聞き入っていた。
エディは、また深く息を吸う。
「得るとしたら、自己満足だけだろう? けどな、そうしたからと言って、俺は父上やベリートが喜ぶとは思えない。お前たちの仲間はどうだ? 死んでいった兵士は、『仇を取ってくれてありがとう!』と言うと思うか?」
先ほど抗議の声をあげた兵士に視線を据えて、エディは問いかけた。その眼差しから、兵士はふいと視線を逸らす。だが、目を逸らされても、エディは彼らを見つめ続けた。
「父上を殺されたことは、考える度に悔しいしはらわたが煮えくり返る。皆そうだろう。だがな、今すべきなのは更に死人を増やすことじゃない。壊れたものを直すことだ。お前たちは国を建て直し、帰ってくる母上とフロアールを迎えてやれ。そして、また元の生活を取り戻すんだ」
誰も、何も言わない。
けれど、彼らのその眼差しが、エディの言葉に深く頷いていた。
自分に向けられる数多の目の中に、『やんちゃで親しみやすい王子』を見ているものはない。
彼らの立つ場所は変わっていなかったが、今まで存在していなかった『距離』が生まれ、見えない一線を引かれたのがわかった。
エディは微かな寂しさを覚える。
たとえこの事態が収束して、元通りの平和な生活が戻ってきても、街に出た彼の背中を叩き、肩を組んでくる者はもういないのだろう。
だが、惜しむことはできない。
グッと顔を上げたエディは背筋を伸ばして声をあげる。
「そうだな……エトルの被害はそうは多くないだろう? もうエトルに大人数の守備は要らないしな」
彼はそこで言葉を切って、ざっと周囲を見回す。
「兵はどのくらい残っているんだ?」
「千五百ほどは無傷です」
答えたのは、先ほどの者たちとは別の、兵装の男だ。
「そうか……」
エディは頷き、国内に点在する村の数を思い返した。
「ここに帰って来る途中で見かけた村は結構やられてたから、二十人か三十人くらいずつ、各地へ送ってくれ。兵以外でも特に仕事のない者は、行ってくれると助かる。備蓄庫の中身を半分開放する。もしかすると、食うものに困っているかもしれないからな。ああ、先に早馬を飛ばして被害状況を確認させろ。人手がより必要なところには追加で送るから」
考えながら指示を出す彼を見る皆の目は、完全に変わっていた。
旅に出る前、民の中にあるエディは、屈託なくて親しみやすいが、まだまだ子どもじみたところの残る少年だったのだろう。彼らの中では、エディはあくまでも『王子』だったのだ。
今、彼に向けられている皆の眼差しは、指導者――『王』を拝するものだった。
「は……はい!」
都でただ無為に過ごしていた人々はにわかに活気づき、互いに声を掛け合って動き出す。
あっという間に人だかりが散って、残っているのは旅の仲間だけとなった。
ふう、と大きく息をついたエディの顔を、エトルに着いてから一言も発していなかったトールがにやにやと笑いながら覗き込む。
「へえ、やるね」
「ええ、大変ご立派でした」「親父がこの場にいたら号泣だよな」
そう加えたのは、双子だ。スクートなどは、薄らと涙ぐんでいるようにすら見える。
「うるさい」
ムッと返したエディに、笑みを浮かべたまま、トールは首をかしげた。
「褒めたんじゃないか。でもさ、君、本当にマギ王のことはもういいの? すっごく怒っていただろう?」
笑いに包んだ彼のその目は、底に真剣な光があった。
エディはきつく唇を引き結ぶ。
「判らない」
「判らない?」
「ああ。その時になってみないと、判らないよ」
その時――いざ、マギ王と対峙した時。
民の前では、『王』としての言葉を口にすることができた。
だが、実際にマギを前にした時、『エディ』として自分がどう動くか、彼にも判らなかった。
ふと顔を上げて、少し離れたところにいるルゥナに視線を走らせる。目が合うと、彼女はにっこりと笑った。嬉しそう、もしくは、誇らしそうに。
「すごく、かっこ良かった」
そう言われて、何だか腹の底がざわついた。
思わずパッと目を逸らし、その先にいたスクート達に口早に言う。
「取り敢えず、聖剣を取りに行こう」
「え、もうですか? 少しお休みになられてからの方がいいのでは……」
「そんな暇あるか。この為に来たんだ」
「ですが、お疲れの状態では――」
「いいから、行くぞ!」
言い置いて、エディは近くにいた中年の女性を呼び止める。
「あのヤンダルムの兵士に訊いて、飛竜の世話に必要なものを届けてやって欲しいんだ」
彼女を彼らに引き合わせておいて、エディは相変わらず窺うような眼差しを向けているスクートの脇をすり抜けるようにして歩き出した。
そんな二人にルゥナが悲しげな顔をするのが判っていても、どうしてもにこやかに友達付き合いなど、できなかったのだ。
ソワレのことは、今でもやっぱり何だか気にくわない。
何となくそりが合わないし、全然仲良くしようという気にもならない。
だが、間にルゥナを挟むと、きっと、他の誰よりも目指すものは合致する。
だから、『仲間』だ。
(『友人』とかにはならないけどな、絶対)
胸の中で独りごち、エディはもう一度民を見渡し、告げる。
「いいか、魔物はもう襲ってこない。マギクもこれ以上攻撃はしてこないだろう。本当の『敵』は全然違うところにいるんだ。一番の大元の『敵』が。俺たちは、これからソイツを倒す。だからお前たちは魔物のこともマギクのことも、忘れろ」
再び、皆の間にざわめきが走った。
「ですが、王の仇は? マギク王のことは、どうされるんですか? 彼の裏切りでレジール王は……王を殺されて、そのまま何もなかったことになどできません!」
苛立ちを含んだ声でそう訴えたのは、エデストル兵の装束をまとった男だ。彼の周りには他にも数人、同じ格好の者がいる。
エディは一瞬、両の拳を握りしめた。
彼とて、まだ納得はいっていない。恨みや憎しみが消え失せたとは、口が裂けても言えない。
――が。
「それは――もう過ぎたことだ。後ろを見てもしょうがない。お前たちも前を見ろ」
きっぱりと言い切ったエディに、皆の視線が集まる。
「前、ですか?」
「ああ。仮にマギクの兵士を一人残らず狩り出し、殲滅したとして、それで何が残るんだ? 手間暇時間をかけて数百人殺して、それで何が手に入る?」
エディの声はけっして張り上げられたものではない。だが、腹の底から出したそれは、静まり返った広場に浸透する。皆、息をひそめて彼の言葉に聞き入っていた。
エディは、また深く息を吸う。
「得るとしたら、自己満足だけだろう? けどな、そうしたからと言って、俺は父上やベリートが喜ぶとは思えない。お前たちの仲間はどうだ? 死んでいった兵士は、『仇を取ってくれてありがとう!』と言うと思うか?」
先ほど抗議の声をあげた兵士に視線を据えて、エディは問いかけた。その眼差しから、兵士はふいと視線を逸らす。だが、目を逸らされても、エディは彼らを見つめ続けた。
「父上を殺されたことは、考える度に悔しいしはらわたが煮えくり返る。皆そうだろう。だがな、今すべきなのは更に死人を増やすことじゃない。壊れたものを直すことだ。お前たちは国を建て直し、帰ってくる母上とフロアールを迎えてやれ。そして、また元の生活を取り戻すんだ」
誰も、何も言わない。
けれど、彼らのその眼差しが、エディの言葉に深く頷いていた。
自分に向けられる数多の目の中に、『やんちゃで親しみやすい王子』を見ているものはない。
彼らの立つ場所は変わっていなかったが、今まで存在していなかった『距離』が生まれ、見えない一線を引かれたのがわかった。
エディは微かな寂しさを覚える。
たとえこの事態が収束して、元通りの平和な生活が戻ってきても、街に出た彼の背中を叩き、肩を組んでくる者はもういないのだろう。
だが、惜しむことはできない。
グッと顔を上げたエディは背筋を伸ばして声をあげる。
「そうだな……エトルの被害はそうは多くないだろう? もうエトルに大人数の守備は要らないしな」
彼はそこで言葉を切って、ざっと周囲を見回す。
「兵はどのくらい残っているんだ?」
「千五百ほどは無傷です」
答えたのは、先ほどの者たちとは別の、兵装の男だ。
「そうか……」
エディは頷き、国内に点在する村の数を思い返した。
「ここに帰って来る途中で見かけた村は結構やられてたから、二十人か三十人くらいずつ、各地へ送ってくれ。兵以外でも特に仕事のない者は、行ってくれると助かる。備蓄庫の中身を半分開放する。もしかすると、食うものに困っているかもしれないからな。ああ、先に早馬を飛ばして被害状況を確認させろ。人手がより必要なところには追加で送るから」
考えながら指示を出す彼を見る皆の目は、完全に変わっていた。
旅に出る前、民の中にあるエディは、屈託なくて親しみやすいが、まだまだ子どもじみたところの残る少年だったのだろう。彼らの中では、エディはあくまでも『王子』だったのだ。
今、彼に向けられている皆の眼差しは、指導者――『王』を拝するものだった。
「は……はい!」
都でただ無為に過ごしていた人々はにわかに活気づき、互いに声を掛け合って動き出す。
あっという間に人だかりが散って、残っているのは旅の仲間だけとなった。
ふう、と大きく息をついたエディの顔を、エトルに着いてから一言も発していなかったトールがにやにやと笑いながら覗き込む。
「へえ、やるね」
「ええ、大変ご立派でした」「親父がこの場にいたら号泣だよな」
そう加えたのは、双子だ。スクートなどは、薄らと涙ぐんでいるようにすら見える。
「うるさい」
ムッと返したエディに、笑みを浮かべたまま、トールは首をかしげた。
「褒めたんじゃないか。でもさ、君、本当にマギ王のことはもういいの? すっごく怒っていただろう?」
笑いに包んだ彼のその目は、底に真剣な光があった。
エディはきつく唇を引き結ぶ。
「判らない」
「判らない?」
「ああ。その時になってみないと、判らないよ」
その時――いざ、マギ王と対峙した時。
民の前では、『王』としての言葉を口にすることができた。
だが、実際にマギを前にした時、『エディ』として自分がどう動くか、彼にも判らなかった。
ふと顔を上げて、少し離れたところにいるルゥナに視線を走らせる。目が合うと、彼女はにっこりと笑った。嬉しそう、もしくは、誇らしそうに。
「すごく、かっこ良かった」
そう言われて、何だか腹の底がざわついた。
思わずパッと目を逸らし、その先にいたスクート達に口早に言う。
「取り敢えず、聖剣を取りに行こう」
「え、もうですか? 少しお休みになられてからの方がいいのでは……」
「そんな暇あるか。この為に来たんだ」
「ですが、お疲れの状態では――」
「いいから、行くぞ!」
言い置いて、エディは近くにいた中年の女性を呼び止める。
「あのヤンダルムの兵士に訊いて、飛竜の世話に必要なものを届けてやって欲しいんだ」
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