癒しの乙女の永久なる祈り

トウリン

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最終章:乙女の祈りが叶うとき

約束②

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「アタシ、一度自分の世界に行ってくるわ」
「え?」
 ピシカの言葉に、ルゥナが眉をひそめる。そんな彼女に、同じ顔をした薄紅色の少女が笑った。ピシカが初めて見せる、屈託のない笑顔で。

「アタシは一回、アタシの世界に行ってくる。アタシたちをオモチャにして放り出した奴らを、張り飛ばしてやりたいから」
「ピシカ……」
「何変な顔してんのよ。別に、帰るわけじゃないわ。アタシは、追い出されてじゃなくて、自分の意志で、あそこと決別したいのよ」
 同じ形の顔なのに、一人は泣きそうで、もう一人は吹っ切れたような晴れやかな笑みを浮かべているから、全く違うように見える。

 ピシカは苦笑して、左手に魔晶球を持ち、空いた右手でルゥナの頬に触れた。
「まあ、戻るって言っても、あちこち動き過ぎちゃって、もう、あの世界がどこにあるのかわからないから、辿り着くのにどれくらいかかるか判んないんだけど」
「だったら、別に無理して帰らなくても……」
「帰るんじゃないよ、ちょっと行ってくるだけだよ。アタシが帰りたい場所は、他にできたから」
 ピシカはニッと笑って、そしてふと真顔になった。

「こいつは、ここに置いていっていい? もうほとんど力出してないから、この世界への影響はないと思うんだ。……もう、アイツらの傍には行かせたくないから」
「そんなに嫌な思い出があるところに、独りで行くの?」
「行くよ。それが、ヤツラの命令に唯々諾々と従った自分への罰であり、けじめでもあるから」
 ピシカはルゥナの頬から手を放し、両手で青銀色の魔晶球を捧げ持った。

 ピシリと音がし、直後、珠が砕け散る。

 その中からふわりと立ち上った、淡い、青とも銀ともつかない霞は、束の間少女の形を取った。宙に漂うその少女は身体を屈め、ピシカの額に唇を寄せ――掻き消える。
 消える寸前、淡い笑みを浮かべたのが、エディの目には確かに見えた。

 ピシカはしばらく少女が居たあたりを見つめていたが、やがてその金色の目をまたルゥナに戻す。
「じゃあ、アタシもちょっと行ってくるわ」
 ヒラヒラとルゥナに向けて振られた手を、彼女は取った。それを握り締めて、ピシカをじっと見つめる。
「絶対、帰って来てね」
「もちろんよ」

 そう残し。

 ピシカは消えた。

 あっさりと。
 それは、あまりに彼女らしい去り方で。

 ルゥナは彼女が立っていた場所を見つめたまま動かない。
 エディがソワレに目をやると、彼は小さく肩をすくめて返した。

 少し迷って、エディは馬を降りる。
 佇むルゥナの後ろに立ってその細い背中を見守った。

 ややして、彼女の肩が少し大きめに上下する。吐息をこぼす微かな音をさせてから、身じろぎをした。ルゥナは白銀の髪を揺らして振り返る――その予兆に、エディは身構えた。
 絶対に泣いている、と思ったから。

 けれど。

「わたしたちも、帰ろ」
「……ああ」
 エディに向けられたルゥナの顔にある、柔らかだけれども明るい笑みに、彼はホッとすると同時に拍子抜けする。まじまじと見つめていると、ルゥナが首をかしげた。

「どうか、した?」
「いや、――泣くかと思った」
 エディがそう言うと、彼女はきょとんとして、また、微笑んだ。
「泣かないよ。泣くことなんて、一つもないもの」
「……そうだな」
 全てを正し、あるべき姿に戻すことができたのだ。
 泣くことなど――悲しむことなど、一つもない。
 確かにその通りだったけれど、エディは手を伸ばし、ルゥナをそっと抱き寄せた。

「エディ?」
「ルゥナは、この先一生、絶対、独りきりにはならない。させない。俺は、ずっと君の傍にいる……傍にいさせて欲しい」
 エディは心の底からそう願っているのに、何故かルゥナは声を震わせる。

「だけど、わたし、もう何の役にも立たないんだよ?」
 まだそんなふうに言う彼女に、エディはもどかしさを通り越して腹立たしさすら覚えてしまう。
「さっきも言っただろう? 俺は『ルゥナ』にいて欲しいんだ。治癒の力を持つ誰かじゃない。ルゥナはルゥナで、他の誰にも代えられないんだ。ルゥナがルゥナだから傍に居たいと思うし傍に居て欲しいと思う。そう思うのは俺の勝手で、ルゥナが自分のことをどう思っているかは関係ない。そうしたいと思う理由なんか解からない。けど、俺はそうしたいんだ」

(どれだけ言ったら、どんなふうに言ったら、通じるんだ?)
 力なんて、関係ない。
 役に立つとか立たないとか、そんなことは関係ない。
 彼女はただそれだけでかけがえのない存在であるというのに、どうしてルゥナ自身はその価値を認めようとしないのか。

(俺にとっては、こんなに大事なのに)
 この胸の内にある想いの名前を、エディは知らない。
 けれど、何故そんなふうに思うのかが解からなくても、彼女を手放してはいけないということは判っていた。
 そして、そんなふうにエディが思っているのだということを、いつかルゥナにも解かって欲しいと思う。
 何もできなくてもいい、ただ、ルゥナという一人の人間を望んでいる者が、ちゃんといるということを。
 たとえ、どれだけ時間がかかっても。

 時間は、これからいくらでもある。
 そう、いくらでも。

 彼が思いを新たにしたその時、腕の中のルゥナがクスリと笑った。
「ルゥナ……?」
 眉をひそめて見下ろすと、星が瞬く夜空の瞳が真っ直ぐな眼差しを返してきた。

「あのね、わたし、ピシカの――ユクレアと話をしたの。その時、思った。何かを、誰かを守ろうと思うのに理由や意味なんて必要ないんだって。ただ、あるだけで愛おしいから守りたい、守りたいから守るんだって。これってエディが言っていることと同じ……かな?」
 首をかしげて尋ねられ、エディはグゥと喉を鳴らす。
 何度か唾を呑み込んで、かろうじて頷いた。
「多分」
 ボソッと答えた彼に、ルゥナがパッと笑顔になった。
 それは、月下の元でしか開かないという白銀の花のような可憐さで。
 無防備で打ち解けたその満面の笑みが、容赦なくエディの心臓を貫く。

 彼は危うく渾身の力を込めてしまいそうになった寸前正気を取り戻し、腕を解いた。そうして、一歩下がる。

(ああクソ。俺はこれから絶対苦労する)
 たった今、世界を守るという大きな労苦を乗り越えたばかりだというのに、エディはそう確信した。
 ある意味、この問題の方が解決するのが難しいのかもしれない。
 何をどうしたらいいのか、さっぱり判らないのだから。

 耳に届く複数の忍び笑いが、実に腹立たしい。
 突然距離を取られていぶかしげにしているルゥナの顔を見下ろし、エディは小さく咳払いをしてから告げる。

 短くて、今、一番相応しい言葉を。

「帰ろう」

 その時ルゥナが浮かべた笑顔は、エディの胸の中に永く、永く、刻み込まれた。
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