欠けゆくもの、満ちゆくもの

トウリン

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微睡みから醒めて

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 全ての村人の埋葬を終えた、その日。

「オレを大神殿に連れてってくれよ」

 焚き火を囲んでの夕食時、そう切り出したカイネに、ケネスは怪訝な眼差しを向けた。
「大神殿? 何で、また?」
 無事な家は残っておらず、壊れたアーシェル像が転がる広場での野営だ。カイネはケネスから炎に目を移す。
「見てみたいんだ」
「見るだけ、なのか?」
 言外に、ケネスは何かやらかす気ではないだろうなと問いかけてくる。カイネは顎を引くようにして肯いた。そしてまた、彼を見る。
「ああ。どうせ、ここにはもういられないし。他に行くところもない。大神殿に行った後、どうするか決める」

 ケネスは淡々とそう答えたカイネの中にあるものを見透かそうとするかのように、ジッと彼を見つめ返してくる。その眼差しは、人の好い行商人のものとはかけ離れた、鋭い刃物を思わせるようなものだ。
 常に屈託のない笑みを絶やさず、おどけた様子で土産話を披露してくれていたケネスに、その眼は似つかわしくない。だが、彼はたった一人で国中を回っている男なのだ。きっと、カイネには想像もつかないような修羅場もかいくぐってきているのだろう。

 カイネは無言でケネスの視線を受け止め、彼が心の内を探ってくるのに任せた。次第に空気が張り詰めていく中、ローグは見えない壁を一枚挟んでいるかのような風情で、膝を抱えて座ったまま、じっと炎に目を向けている。

 やがて、薪がパチンと爆ぜた時、ケネスが小さく息をついた。器用に片方だけ眉を持ち上げ、胡乱げにカイネを見る。
「何か、変なことを考えてるだろ?」
「変なことって? 別に、何も考えちゃいないさ。ただ、見てみたいだけ」
 カイネは肩をすくめてそう答えた。
 実際、本当に見てみたいだけだ。
 今のところは、まだ。

 この世での神の家だという神殿を己の目で見て、本当にそこに存在しているのかどうか、知りたい。
 そして、もしもいるのなら、どうして村を助けてくれなかったのか。
 あるいは、もしもいないのならば、どうしてあんなふうに信じさせたのか――信じてしまったのか。

 その問いに、答えて欲しい。

 ほんの少し前までは、良いことがあればアーシェル様のお陰、悪いことがあればアーシェル様が助けてくれる、そう、信じていた。だが、一歩引いて眺めてみれば、現に神の無力さを目の当たりにしてしまえば、その信仰には何の根拠もなかったことに気付いてしまう。
 ただ、信じろと言われたから、そういうものだと言われたから、妄信してきたのだ。何一つ、自分の頭で考えることなどせず。

 なんと、愚かだったのだろう。
 信仰という名のぬるま湯の中に頭の天辺まで沈み込んで、何も見ず、何も聞かず、何も考えずに微睡んでいたようなものだ。
 カイネは血が滲むほどに唇を噛み締めた。
 一年前、ケネスが村を襲う蛮族の話をしてくれた時、彼が村を去った後、村人たちの中からそれに備えようという声は上がらなかった。代わりに父たちが口にしたのは、「何かあってもアーシェル様が助けてくれる」だ。

 そして、この結果。

 神など信じず、自分たちの力で対処しようという自覚があれば、事態は全く違っていたかもしれない。あるいはやはり同じことになっていたのかもしれないが、それでも、この状況とは違う今を、想像してしまう。

「クソッ」
 思わず、罵り声がこぼれた。
 そんなカイネをしげしげと見つめた後、ケネスが口を開く。
「行くところが無いってんならさ、取り敢えず、僕の知り合いのところに連れて行くよ。君たちには、きっとその方がいいと思う……色々な意味で」
「知り合い?」
 眉根を寄せたカイネに、ケネスはにこりと笑って肯く。
「そう。君達のように、神サマに助けてもらえなかった人たちの、いるところ」
「オレ達のように……」
「ここのようによそ者に襲撃されたり、あるいは災害に遭ったりして親しい人を亡くした人は、他にもたくさんいるんだ。皆、神殿を信じて、そして、裏切られた。そういった人たちが集まって、国を作り直す機会を窺ってるんだよ。神サマにすがるのではない、自分たちで動かしていく国を作る機会を。僕は、あちらこちらを廻りながら、彼らの為に情報を仕入れたり、君達のような人に呼び掛けたりしているんだ」
 そう説明したケネスは、そこで「でもね」と語調を強くする。
「それは、『復讐』とかではないんだよ。あくまでも、より良い国を作る為なんだ。私怨とか、そんなものでは、動けない。神殿を見に行くのは、そこで少し気持ちを落ち着かせてからでいいんじゃないかな。多分、今は何を見ても、何を聞いても、客観的には考えられないと思うぞ? ほら、ローグもいるし。お前たちには、屋根と布団と、休む時間が必要だ」

 ケネスの最後の言葉に、カイネの目が、ふらりと泳ぐ。その時の彼は、充分に一人前の身体を持っているにも拘らず、どこか幼い子どものような心許なさを帯びていた。痛ましそうに、ケネスが目元を歪める。

「どうする?」
 カイネはケネスを見つめ、ローグに目をやり、またケネスに戻る。
 ローグの声を、あれ以来、一度も聞いていない。視線を交わしたことも、無かった。
 カイネは、独りではなかった。彼には、面倒を見てやらなければならない者がいる。まだ、その手に残されているものがあったのだ。

 膝の上に置いた両手を、カイネはゆっくりと握り締める。

 そうして、ケネスへの答えを口にした。
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