ジア戦記

トウリン

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第二章:大いなる冬の訪れ

凶手、再び①

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「こんなところで何してるのっていうか、こんなところにいていいの? ミミル宰相、怒るよ?」

 間者の疑いは晴れたとはいえ、ロキスは仮にも敵対国の元兵士だ。易々と旅行などに出られるわけがない。
 ついに脱走でもしてきたのかとフリージアは眉をひそめたが、そんな彼女にロキスは肩を竦めて返す。

「その爺さんに言われたんだよ、ここに行けってな」
「宰相が……?」
 繰り返しながらオルディンに目を向けると、彼は頷いた。
「護衛代わりらしいぜ。ほら、手紙」
「だったら、他の人を送ってくるんじゃないの? 普通に、紅竜軍の誰かとか」

 オルディンがヒョイと手渡してきた紙を受け取り目を通すと、確かにミミルの文字で「護衛の為に赴かせた」と書かれている。

「まあ、あの爺さんにも思うところがあるんだろう。陸路を行くと聞かされて、不安になったんじゃないのか?」
「大丈夫なのに……」

 オルディンの台詞に、フリージアは唇を尖らせた。と、話題の渦中の人であるロキスがフリージアの背後に目を留める。

「で、何かちっちぇえのが余分みてぇだけど、それは何だ?」
 振り返らずとも、彼が指しているものが何なのかは考えるまでもなくすぐに思い浮かんだ。

「ああ、エルフィアのソルだよ。この子を連れてくんで、帰りは馬になったんだ。」
「エルフィア? そっちの混ざりもんじゃなくて?」
 眉を上げたロキスに、フリージアはカチンとくる。

『混ざりもの』の意味が解からなかった時も何だか気分が悪くなる呼称だったが、意味が解かってしまった今では非常に不快極まりない。

「その言い方、止めてくれる?」
「あ?」
「その、混ざりものって呼び方。エイルとかラタとか、ちゃんと名前で呼んでよ」

 膨れっ面のフリージアに言われ、ロキスは「ああ」という顔になる。彼も、特に何か考えて口にしている言葉ではなかったようだ。多分、そう呼んでしまうのは、長年の習性のようなものなのだろう。

「すまねぇな。エイル、エイルな。で、そのちんまいのは本物のエルフィア?」
 まじまじと見つめるロキスに、今度はソルが鼻の頭にしわを寄せる。

「ロキスって言ったかしら? そんなふうに不躾に見ないでもらえる?」
「なんだよ、ガキがいっちょ前の口きくなぁ」
 怒ったわけではなく、むしろ面白そうにロキスが言うと、ソルの頬は益々膨らんだ。

「ちょっと、ロキス――あたしも人のことは言えないんだけど、ソルは五十歳なんだよ?」
「は? そんなババァなのか?」
 思わず、といったようにロキスがそう口走った直後、彼の目の前でパチンと火花が散る。
「うわっ!?」
 とっさに飛びのいたロキスだったが、火花は一瞬にして消え失せていた。

「なんだ、今の?」
「ソルは火を使えるんだよ」
 キョロキョロと周囲を見回すロキスに、フリージアは笑いながら答えてやる。
「火か……エルフィアってのは、色んな力を持ってんだな……」

 十六年前にニダベリル国内の殆どのエルフィアはグランゲルドへ亡命してしまったから、ロキスは純粋なエルフィアを見たことがないか――見たことがあったとしてもその数はごくわずかな筈だ。恐らく彼の言う『エルフィア』は『エルヴン』のことなのだろう。エルヴンの持つ力はエルフィアのものと少し違うが、いずれにしても特異な力であることには違いがない。
 説明するのも面倒で、フリージアは敢えて何も言わずにおいた。呆気に取られている彼をニヤニヤしながら眺めていた彼女に、オルディンが呆れたような声をかけてくる。

「おい、そろそろ行くぞ。日が暮れる」
「あ、うん。行こう、エイル、ソル」
 右手でエイル、左手でソルと手をつなぎ、フリージアはロキスの横を通り抜けた。
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