夜を越えて巡る朝

トウリン

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それは、初めての。

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 キャンプは惨憺たるものだった。逸早く少女の攻撃に気付いた四人を除いて、無傷な者はいないと言ってよい。だが、それにもまして無残なものは、士気の衰えである。
 五十名ほどいた傭兵たちの実に四分の三は逃亡、また、リオンに命を預けると誓った者も、流石に逃亡した者はいないとはいえ、戦いに出られるほど傷の軽い者は十二名中皆無だった。
「随分人が減っちまったもんだな」
 明かりと獣除けを兼ねて燃やされている篝火をぼんやりと眺めていた省吾しょうごの隣に、酒瓶を持った勁捷けいしょうが腰を下ろす。
 省吾はチラリと視線を走らせたが、すぐにまた炎へと目を戻した。
 全く変わらぬ少年の様子に、勁捷は訊ねようとしたことを再び呑み込んでしまう。

「何だ?」

 酸欠の金魚よろしく口をパクパクさせるむさ苦しい男に、省吾は視線をそのままに問う。
 まさか省吾の方から会話を促してこようとは思わず、勁捷は気まずそうに二、三度咳払いをしてからようやく喉に引っ掛かっていたものを吐き出した。
「お前、何だって『あの時』泣いたりしたんだ? ブルッちまったわけでもないようだしな」
 問われた省吾は炎から目を離さない。返答までに時間を要したのは、考えていた為なのだろう。しかし、その返事はいささか拍子抜けするものだった。

「……判らない」

「判らんって、お前……」
 お粗末な返事に、勁捷は省吾に振り向く。だが、その答えを選んだ本人が、誰よりも途方に暮れているようだった。
「判らない。ただ──」省吾は胸元を掴み「ここが、苦しくなったんだ。あの子を見た時」
 炎を見つめたままのその横顔は頼り無さそうであり、また、不思議と大人びているようでもあった。
 勁捷は思わず頭を抱えたくなる。

 ――もしかして、これは、誰もが一度はかかるという、あれか……?

「よりにもよって、あんな厄介なのを……」
「どういう意味だ?」
「ああ、いや、お前も一つ大人になったのねってことだよ」
 一人で納得している勁捷に、省吾は納得がいかない。不満を顔中に表していた。
「まあまあ。それより、お前これからどうするんだ?」
 答えは予想できたが、一応勁捷はそう訊いてみる。

 そして、省吾はと言えば。

「あの子に、もう一度会う」

 思った通りの返事に、勁捷はがくりと肩を落とした。
「やっぱり、そうくるか。だが、会わせてくれ、で会える相手じゃねぇぞ?」
「リオンと行く」
「それは名案かもね」
 勁捷は、駄目だこりゃ、と言わんばかりにグルリと目を回す。
 確かに俺も初めての時はのぼせたもんだがな、と勁捷はかれこれ二十年ほど前を思い返して溜め息を吐く。もっとも、彼の場合は省吾より少なくとも五年は早かったが。

「しょうがねぇな、俺も行ってやるよ」
「別に頼んでない」
「いいじゃねぇか、俺が行きてぇんだよ」
 省吾の背中を手の平で三回叩き、勁捷は持っていた酒瓶をぐいと差し出す。省吾は少々むせながら片眉をひそめ、それでも酒瓶を受け取った。
「呑んだら大将んとこへ行こうぜ。どうせなら貰うもんは貰った方がいいからな」
 大雑把なわりに妙にせこい勁捷の言い分に、省吾は、呆れたような感心したような何とも複雑な顔をする。珍しく見せた仏頂面以外のその顔を、勁捷が面白そうに横目で見た。

「なぁ、ショウ。食う、寝る以外のことがあるってのも、いいもんだろ?」
 ニヤニヤと、満面に浮かべた勁捷の笑い。一人で何でも解っているようなそれに、省吾はいささか居心地の悪い思いをする。彼は、この広い世界に飛び込んで以来初めて、自分がこの上なく無知なような気にさせられていた。
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