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理想と現実
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リオンとエルネストは、王国の地図を前に額を突き合わせていた。
改革がそれほど容易にできるものであるとは、彼らとて思ってはいない。しかし、今日の戦いはあまりに一方的過ぎた。
兵力は激減し、組織立った進攻は到底望めそうもない。
「予定変更ですね」
渋い顔でエルネストが確認する。
元々今回の砦攻略は王側の戦力を削ぐことがその第一目標ではなかった。
何よりの目的は、税として集められた食料を近隣の民へ放出することで、食べることだけで精一杯な現在の生活を改善し、リオンたちの声を聴くだけの余裕を作ることであった。重い課税で気力も何も根こそぎ搾取されている現況では、改革を説いたところで耳を貸すどころではない。
「傭兵たちのうち、軽傷だった者は大多数が逃亡、残ったのは傷が重く動けなかった者が殆ど、か」
「ええ、それに我が同志たちも重傷の者ばかりです──幸い、いずれにも死者は出ていないようですが」
「そうか」
リオンの眉間に刻まれた皺は一層深く、エルネストは指でならしてやりたくなる衝動に駆られる。
「取り敢えず、動ける者の数を把握しなければならないな」
そう言って立ち上がったリオンの背中を見送ってから、エルネストはもう一度地図を見つめた。ほぼ中央に、一際大きく描かれた首都、セントがある。
ツ、とそれを指でなぞって、エルネストはひとりごちる。
ここに、リオンがかつて最も敬愛した人物が居る。
エルネストは直接拝顔したことはなかったが、乳兄弟として物心付く以前から常に行動を共にしていた彼には、リオンがどれほどあの王のことを崇拝していたかはよく知っている。
王の側近くに仕える近衛隊の一員となってからは、彼の為に自分は強くなるのだと、目を輝かせて従者であるエルネストに意気込んでいたものだった。
リオンの行動は、何もかも、王の為だった。
ふ、とエルネストが苦笑する。
「違う、な」
エルネストは顔を伏せ、全てを過去形で考えている自分を、否定した。
リオンは未だに、王に対する忠誠を忘れてはいない。
未だ、リオンにとっては過ぎ去ったことではないのだ。だからこそ、彼は王に対して無謀な戦いを挑もうとしている。
武人として、決して愚かではないリオンに、この戦いが無謀すぎることが判らぬ筈がない。それでも挑み続けるということは、つまり、そういうことなのだ。
勝ち目の全く無い戦いを始めた真の理由。
リオンが心の内をエルネストに打ち明けてきた訳ではない。
しかし、兄弟同然に育ってきた彼には、リオンの心の動きが見える。
民草の窮状を王に訴え、その改善を乞う。
言葉では、それは届かなかった。
だが、王の目の前で首を斬り落として見せても、かの人の心は動くまい。
確かに、重税に喘ぐ民を思いやる気持ちは大きい。それだけではなく、さらに先を見れば、このままの圧政ではいずれ不満が爆発し――最悪の形での反旗を翻らせる事になり兼ねない。
民の苦しみを思い、同時に王の行く末を憂える。
リオンの中にある、貴族として庇護すべき者達への哀れみも、騎士としての忠誠も、どちらも本物だ。更には、今は支配されるだけの者達にも何かを決定する、某かの権利はある筈だという信念と。
それらは、『正しい』事ばかりだ。
だが、主人ほど真っ直ぐなままではいられなかったエルネストには、王の施政、考えが全て間違っているとは思えない。
リオンが考えているほど、人は輝かしく素晴らしいものではないのだ。
大多数の人間は、弱く愚かなもの。自ら考え行動するよりも、支配され、誰かが行く先を指示してくれることの方を好む者は、多い。
現に、かつては同等であった筈の同志たちでさえ、次第にリオンを『指導者』として一段上のものとしてみるようになっていき、今では完全に優劣が分かれてしまっているのだから。
本当は、リオンの掲げる『身分の優劣などなく、皆が等しく自分の考えで生きていける世界』など、夢のまた夢であることは百も承知だ。
――解かっているけれど。
「だからと言って、あなたを切り捨てることはできませんよねぇ、リオン様」
溜め息を吐き、地図をたたむ。
テントの中の灯火を消し、エルネストはリオンの後を追った。
改革がそれほど容易にできるものであるとは、彼らとて思ってはいない。しかし、今日の戦いはあまりに一方的過ぎた。
兵力は激減し、組織立った進攻は到底望めそうもない。
「予定変更ですね」
渋い顔でエルネストが確認する。
元々今回の砦攻略は王側の戦力を削ぐことがその第一目標ではなかった。
何よりの目的は、税として集められた食料を近隣の民へ放出することで、食べることだけで精一杯な現在の生活を改善し、リオンたちの声を聴くだけの余裕を作ることであった。重い課税で気力も何も根こそぎ搾取されている現況では、改革を説いたところで耳を貸すどころではない。
「傭兵たちのうち、軽傷だった者は大多数が逃亡、残ったのは傷が重く動けなかった者が殆ど、か」
「ええ、それに我が同志たちも重傷の者ばかりです──幸い、いずれにも死者は出ていないようですが」
「そうか」
リオンの眉間に刻まれた皺は一層深く、エルネストは指でならしてやりたくなる衝動に駆られる。
「取り敢えず、動ける者の数を把握しなければならないな」
そう言って立ち上がったリオンの背中を見送ってから、エルネストはもう一度地図を見つめた。ほぼ中央に、一際大きく描かれた首都、セントがある。
ツ、とそれを指でなぞって、エルネストはひとりごちる。
ここに、リオンがかつて最も敬愛した人物が居る。
エルネストは直接拝顔したことはなかったが、乳兄弟として物心付く以前から常に行動を共にしていた彼には、リオンがどれほどあの王のことを崇拝していたかはよく知っている。
王の側近くに仕える近衛隊の一員となってからは、彼の為に自分は強くなるのだと、目を輝かせて従者であるエルネストに意気込んでいたものだった。
リオンの行動は、何もかも、王の為だった。
ふ、とエルネストが苦笑する。
「違う、な」
エルネストは顔を伏せ、全てを過去形で考えている自分を、否定した。
リオンは未だに、王に対する忠誠を忘れてはいない。
未だ、リオンにとっては過ぎ去ったことではないのだ。だからこそ、彼は王に対して無謀な戦いを挑もうとしている。
武人として、決して愚かではないリオンに、この戦いが無謀すぎることが判らぬ筈がない。それでも挑み続けるということは、つまり、そういうことなのだ。
勝ち目の全く無い戦いを始めた真の理由。
リオンが心の内をエルネストに打ち明けてきた訳ではない。
しかし、兄弟同然に育ってきた彼には、リオンの心の動きが見える。
民草の窮状を王に訴え、その改善を乞う。
言葉では、それは届かなかった。
だが、王の目の前で首を斬り落として見せても、かの人の心は動くまい。
確かに、重税に喘ぐ民を思いやる気持ちは大きい。それだけではなく、さらに先を見れば、このままの圧政ではいずれ不満が爆発し――最悪の形での反旗を翻らせる事になり兼ねない。
民の苦しみを思い、同時に王の行く末を憂える。
リオンの中にある、貴族として庇護すべき者達への哀れみも、騎士としての忠誠も、どちらも本物だ。更には、今は支配されるだけの者達にも何かを決定する、某かの権利はある筈だという信念と。
それらは、『正しい』事ばかりだ。
だが、主人ほど真っ直ぐなままではいられなかったエルネストには、王の施政、考えが全て間違っているとは思えない。
リオンが考えているほど、人は輝かしく素晴らしいものではないのだ。
大多数の人間は、弱く愚かなもの。自ら考え行動するよりも、支配され、誰かが行く先を指示してくれることの方を好む者は、多い。
現に、かつては同等であった筈の同志たちでさえ、次第にリオンを『指導者』として一段上のものとしてみるようになっていき、今では完全に優劣が分かれてしまっているのだから。
本当は、リオンの掲げる『身分の優劣などなく、皆が等しく自分の考えで生きていける世界』など、夢のまた夢であることは百も承知だ。
――解かっているけれど。
「だからと言って、あなたを切り捨てることはできませんよねぇ、リオン様」
溜め息を吐き、地図をたたむ。
テントの中の灯火を消し、エルネストはリオンの後を追った。
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