夜を越えて巡る朝

トウリン

文字の大きさ
11 / 30

理想と現実

しおりを挟む
 リオンとエルネストは、王国の地図を前に額を突き合わせていた。
 改革がそれほど容易にできるものであるとは、彼らとて思ってはいない。しかし、今日の戦いはあまりに一方的過ぎた。
 兵力は激減し、組織立った進攻は到底望めそうもない。

「予定変更ですね」
 渋い顔でエルネストが確認する。
 元々今回の砦攻略は王側の戦力を削ぐことがその第一目標ではなかった。
 何よりの目的は、税として集められた食料を近隣の民へ放出することで、食べることだけで精一杯な現在の生活を改善し、リオンたちの声を聴くだけの余裕を作ることであった。重い課税で気力も何も根こそぎ搾取されている現況では、改革を説いたところで耳を貸すどころではない。

「傭兵たちのうち、軽傷だった者は大多数が逃亡、残ったのは傷が重く動けなかった者が殆ど、か」
「ええ、それに我が同志たちも重傷の者ばかりです──幸い、いずれにも死者は出ていないようですが」
「そうか」
 リオンの眉間に刻まれた皺は一層深く、エルネストは指でならしてやりたくなる衝動に駆られる。
「取り敢えず、動ける者の数を把握しなければならないな」
 そう言って立ち上がったリオンの背中を見送ってから、エルネストはもう一度地図を見つめた。ほぼ中央に、一際大きく描かれた首都、セントがある。
 ツ、とそれを指でなぞって、エルネストはひとりごちる。

 ここに、リオンがかつて最も敬愛した人物が居る。

 エルネストは直接拝顔したことはなかったが、乳兄弟として物心付く以前から常に行動を共にしていた彼には、リオンがどれほどあの王のことを崇拝していたかはよく知っている。
 王の側近くに仕える近衛隊の一員となってからは、彼の為に自分は強くなるのだと、目を輝かせて従者であるエルネストに意気込んでいたものだった。
 リオンの行動は、何もかも、王の為だった。
 ふ、とエルネストが苦笑する。
「違う、な」
 エルネストは顔を伏せ、全てを過去形で考えている自分を、否定した。
 リオンは未だに、王に対する忠誠を忘れてはいない。
 未だ、リオンにとっては過ぎ去ったことではないのだ。だからこそ、彼は王に対して無謀な戦いを挑もうとしている。
 武人として、決して愚かではないリオンに、この戦いが無謀すぎることが判らぬ筈がない。それでも挑み続けるということは、つまり、そういうことなのだ。

 勝ち目の全く無い戦いを始めた真の理由。

 リオンが心の内をエルネストに打ち明けてきた訳ではない。
 しかし、兄弟同然に育ってきた彼には、リオンの心の動きが見える。

 民草の窮状を王に訴え、その改善を乞う。

 言葉では、それは届かなかった。
 だが、王の目の前で首を斬り落として見せても、かの人の心は動くまい。
 確かに、重税に喘ぐ民を思いやる気持ちは大きい。それだけではなく、さらに先を見れば、このままの圧政ではいずれ不満が爆発し――最悪の形での反旗を翻らせる事になり兼ねない。
 民の苦しみを思い、同時に王の行く末を憂える。
 リオンの中にある、貴族として庇護すべき者達への哀れみも、騎士としての忠誠も、どちらも本物だ。更には、今は支配されるだけの者達にも何かを決定する、某かの権利はある筈だという信念と。
 それらは、『正しい』事ばかりだ。

 だが、主人ほど真っ直ぐなままではいられなかったエルネストには、王の施政、考えが全て間違っているとは思えない。
 リオンが考えているほど、人は輝かしく素晴らしいものではないのだ。
 大多数の人間は、弱く愚かなもの。自ら考え行動するよりも、支配され、誰かが行く先を指示してくれることの方を好む者は、多い。
 現に、かつては同等であった筈の同志たちでさえ、次第にリオンを『指導者』として一段上のものとしてみるようになっていき、今では完全に優劣が分かれてしまっているのだから。
 本当は、リオンの掲げる『身分の優劣などなく、皆が等しく自分の考えで生きていける世界』など、夢のまた夢であることは百も承知だ。
 ――解かっているけれど。

「だからと言って、あなたを切り捨てることはできませんよねぇ、リオン様」
 溜め息を吐き、地図をたたむ。
 テントの中の灯火を消し、エルネストはリオンの後を追った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

処理中です...