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交渉
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省吾と勁捷は、珍しく一人で歩いてくるリオンの姿を認め、立ち上がった。
「よお、大将。これからどうするんだい?」
片手を上げた勁捷に気付き、リオンが歩み寄る。
「あなた方は、確か……勁捷殿と、省吾殿だったな」
名前を呼ばれ、二人はやや驚き顔をする。
「これはこれは……名前を覚えてくれていたのか」
意外そうな顔をされ、リオンはややむっとしたように口を曲げた。
「私は、命を預けてくれたあなた方の名前を覚えぬような礼儀知らずではない」
そう答えたリオンだったが、以前同様の受け答えがあったことが脳裡をよぎり、眉間に皺を刻む。
『私の名を覚えて下さったのですか!』
『そなたは余の為に生き、余の為に死ぬ者であろう? 名を知るのは当然のことだ』
――そんな遣り取りは、彼が近衛隊に選ばれたばかりの、未だ幼かった頃のこと。
頭を一振りしたリオンに、勁捷が怪訝な顔をする。表情には出ていなかったが、省吾の心境もあまり大差は無かっただろう。
「リオン様、眉間」
追い付いたエルネストが、見えた筈がないというのに、背後から指摘する。
「おや、あなたたちはあの時、隣に居ましたね」
「ああ、お互い無事で何よりだな」
何やら妙に意気投合したらしいエルネストと勁捷は、どちらからとも無く握手を交わす。
「それで、あなた達はこれからどうするのですか?」
「俺は、あんた達と行く」
ボソリとそう答えたのは、省吾である。
「あれほどの力を見せ付けられたというのに、まだ私たちと来て頂けるというのか?」
望んではいても期待はしていなかったリオンは、願っても無い申し出に身を乗り出す。
「第一、金はもう……」
貰っている、とリオンのあまりの喜びようにやや怯みつつ続けようとした省吾だったが、逸早く勁捷に遮られた。
「ああ。ただ、ちょっとばかり危険手当を足して貰えると、こっちももっと張り切れるんだがな」
「危険手当……? まあ、構わんが、金銭で釣り合う程度の危険とは思えんぞ」
呆れ顔のリオンに、勁捷はヘラヘラと笑って親指で省吾を指差した。
「ま、俺はともかく、こいつには別の理由もあるからな」
「別の理由、とは?」
「女だよ」
リオンとエルネストは、勁捷の言葉に一瞬耳を疑った。
「は?」
まじまじと二人に視線を注がれて、省吾は勁捷を睨み付ける。
「いい加減なことを言うな」
「いいじゃねぇか。本当のことだろう?」
片目を閉じてそう返した勁捷に、省吾は言葉に詰まった。どうも、この上なく大きな弱みを握られたような嫌な予感がした。
「とにかく、どんな理由にしろ、同行してもらえるなら心強い」
殆ど二人の間に割って入るように、リオンが言う。次いでエルネストも執り成すように付け足した。
「そうですね。恐らく、他の人々は当分動けないでしょうから」
そう言うと、リオンとエルネストは他の人々の様子を見るから、とそそくさと二人の傍から歩み去る。
取り残された省吾は、勁捷を振り返ることなく自分のテントへと踵を返した。
勁捷はこの上ない仏頂面のままかなりの早足で歩く省吾を追いかける。
「おいおい、そんなに怒るこたぁねぇだろう?」
肩を怒らせたその背中に向けて掛けられた呑気なその声に、省吾の足がぴたりと止まる。
「何だって、あんたはそんなに俺に構うんだ!?」
そう言った彼の声は、激昂したが為にいつもより高くなっていた。
「理由を訊かれてもなぁ」
「俺は、馬鹿にされるのは嫌いだ」
こんな時でなければ、迷わず殴り飛ばしているだろう。現に、省吾の骨張った拳は固く握られている。
「別にからかっちゃいねぇよ」
誤魔化そうというのか、と眉を逆立てて振り返った省吾は、そこに真面目な光を宿した眼差しがあることに面食らう。
「お前はあの子に会うんだろ? それは本当のことじゃねぇのか?」
いつもの茶化してばかりの勁捷とは全く違うその声音に、省吾は飛び出しかけていた罵声を呑み込んだ。
「どうだ?」
促され、省吾は唇を噛んで俯く。
あの子のことを想うと、胸が苦しくなる。逢いたくて、仕方が無くなる。今こうしているのももどかしい。あのキレイな紅い目を覗き込んで、その目で自分を見て欲しい。
そんな気持ちになる理由など、今はどうでも良かった。
「どうしようもないんだ。自分でも、どうにもならない」
足元に転がる石を親の敵のごとくに睨みつけている省吾を、勁捷は羨むような呆れるような、不思議な色を浮かべた眼差しで見る。
「まあ、しょうがねぇ、こればかりはよ」
ポンポンポン、と叩かれた背中は、いつもの力任せのものとは違っていた。
「よお、大将。これからどうするんだい?」
片手を上げた勁捷に気付き、リオンが歩み寄る。
「あなた方は、確か……勁捷殿と、省吾殿だったな」
名前を呼ばれ、二人はやや驚き顔をする。
「これはこれは……名前を覚えてくれていたのか」
意外そうな顔をされ、リオンはややむっとしたように口を曲げた。
「私は、命を預けてくれたあなた方の名前を覚えぬような礼儀知らずではない」
そう答えたリオンだったが、以前同様の受け答えがあったことが脳裡をよぎり、眉間に皺を刻む。
『私の名を覚えて下さったのですか!』
『そなたは余の為に生き、余の為に死ぬ者であろう? 名を知るのは当然のことだ』
――そんな遣り取りは、彼が近衛隊に選ばれたばかりの、未だ幼かった頃のこと。
頭を一振りしたリオンに、勁捷が怪訝な顔をする。表情には出ていなかったが、省吾の心境もあまり大差は無かっただろう。
「リオン様、眉間」
追い付いたエルネストが、見えた筈がないというのに、背後から指摘する。
「おや、あなたたちはあの時、隣に居ましたね」
「ああ、お互い無事で何よりだな」
何やら妙に意気投合したらしいエルネストと勁捷は、どちらからとも無く握手を交わす。
「それで、あなた達はこれからどうするのですか?」
「俺は、あんた達と行く」
ボソリとそう答えたのは、省吾である。
「あれほどの力を見せ付けられたというのに、まだ私たちと来て頂けるというのか?」
望んではいても期待はしていなかったリオンは、願っても無い申し出に身を乗り出す。
「第一、金はもう……」
貰っている、とリオンのあまりの喜びようにやや怯みつつ続けようとした省吾だったが、逸早く勁捷に遮られた。
「ああ。ただ、ちょっとばかり危険手当を足して貰えると、こっちももっと張り切れるんだがな」
「危険手当……? まあ、構わんが、金銭で釣り合う程度の危険とは思えんぞ」
呆れ顔のリオンに、勁捷はヘラヘラと笑って親指で省吾を指差した。
「ま、俺はともかく、こいつには別の理由もあるからな」
「別の理由、とは?」
「女だよ」
リオンとエルネストは、勁捷の言葉に一瞬耳を疑った。
「は?」
まじまじと二人に視線を注がれて、省吾は勁捷を睨み付ける。
「いい加減なことを言うな」
「いいじゃねぇか。本当のことだろう?」
片目を閉じてそう返した勁捷に、省吾は言葉に詰まった。どうも、この上なく大きな弱みを握られたような嫌な予感がした。
「とにかく、どんな理由にしろ、同行してもらえるなら心強い」
殆ど二人の間に割って入るように、リオンが言う。次いでエルネストも執り成すように付け足した。
「そうですね。恐らく、他の人々は当分動けないでしょうから」
そう言うと、リオンとエルネストは他の人々の様子を見るから、とそそくさと二人の傍から歩み去る。
取り残された省吾は、勁捷を振り返ることなく自分のテントへと踵を返した。
勁捷はこの上ない仏頂面のままかなりの早足で歩く省吾を追いかける。
「おいおい、そんなに怒るこたぁねぇだろう?」
肩を怒らせたその背中に向けて掛けられた呑気なその声に、省吾の足がぴたりと止まる。
「何だって、あんたはそんなに俺に構うんだ!?」
そう言った彼の声は、激昂したが為にいつもより高くなっていた。
「理由を訊かれてもなぁ」
「俺は、馬鹿にされるのは嫌いだ」
こんな時でなければ、迷わず殴り飛ばしているだろう。現に、省吾の骨張った拳は固く握られている。
「別にからかっちゃいねぇよ」
誤魔化そうというのか、と眉を逆立てて振り返った省吾は、そこに真面目な光を宿した眼差しがあることに面食らう。
「お前はあの子に会うんだろ? それは本当のことじゃねぇのか?」
いつもの茶化してばかりの勁捷とは全く違うその声音に、省吾は飛び出しかけていた罵声を呑み込んだ。
「どうだ?」
促され、省吾は唇を噛んで俯く。
あの子のことを想うと、胸が苦しくなる。逢いたくて、仕方が無くなる。今こうしているのももどかしい。あのキレイな紅い目を覗き込んで、その目で自分を見て欲しい。
そんな気持ちになる理由など、今はどうでも良かった。
「どうしようもないんだ。自分でも、どうにもならない」
足元に転がる石を親の敵のごとくに睨みつけている省吾を、勁捷は羨むような呆れるような、不思議な色を浮かべた眼差しで見る。
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