19 / 30
望みが叶ったその先は
しおりを挟む
省吾たちは先に退却していたリオンたちと無事合流を果たした。
彼らの姿を確認したリオンは眉間の皺を消し、ほっとした顔をする。
「遅かったな。てこずったのか」
そう問うたリオンに向かって、勁捷は首を振った。
「いんや、全然」
「それにしては……」
「いやぁ、こいつが彼女との遭遇接近にのぼせ上がっちまってよ」
危うく砦の中にまで駆け込みそうになった、と余計なことまで言う勁捷を、省吾が睨む。
息を呑み、怒鳴りつけそうになったリオンの機先を制し、エルネストが口を挟んだ。
「まぁまぁ、リオン様。無事戻ってきたのですから……」
「当たり前だ! 何かあったら省吾殿は今ここにはおるまい!?」
まさに頭から湯気を立てそうな勢いで、リオンがエルネストに食って掛かる。
頭に血が昇ったリオンはその応対に慣れているエルネストに任せ、ロイが省吾に向き直った。彼の眼差しも、やはり険しいものを含んでいる。
「確かに今回は無事だったが、あのまま入ってしまっていたら、公開処刑まで直行だったぞ?戦いに身を置く者が冷静さを失ってはいかん」
常に穏やかだったこの男が見せた厳しい言葉に、己の行動が愚かなものであったことを充分承知している省吾はうな垂れる。この世界に入ってまだ一年ほどでしかないが、これほど我を失ったのは初めてだった──いや、物心ついて以来、初めてだった。
そんな省吾の様子に、ロイはやや語調を弱める。
「いいか、省吾。どんな時でも、決して状況を見失うな。ほんの一瞬でも自分の立っている場所を忘れれば、待っているのは死だけだ。逆に、どんなに危険な状況だったとしても、落ち着いて周りを見れば、必ず活路は見出せる」
ロイは口を噤んで、俯いている省吾を見つめた。
そのまだ細い肩が、旋毛が、失ってしまった者のそれと重なる。それ以上の叱責を口にすることができず、ロイは省吾の肩を軽く叩いて締め括った。
未だいきり立ったままのリオンにてこずっているエルネストの助太刀をするべく歩み去ったロイに代わって、勁捷が口を開く。
「俺も、結構怒ってんだぜ? 解ってっか?」
持ち前の軽さを感じさせない勁捷をチラリと見て、省吾が返す。
「……解っている」
「なら、いいさ。色恋沙汰で身を滅ぼすにゃ、お前はちょいと若過ぎんだよ」
肩を竦めて、勁捷がそう呟いた。そして、いつもの口調に戻る。
「で、どうだ? 欲が出てきたろうよ?」
問われ、省吾は頷く。
もう一度会えさえすればそれでいいと思っていたことが、嘘のようだった。
省吾を見て、怯えていた少女。
けれど、何故か、彼女が省吾自身に怯えているわけではないということが解かった。
もっと、あの子に触れていたい。傍にいて、不安に揺れるあの少女を脅かすもの全てから、護ってやりたい。
心底そう思った。
「そんじゃ、今度はお姫様奪取作戦だな」
何処まで本気なのかわからないその言葉に、ロイの協力の元にリオンを宥め終わったエルネストが口を挟む。
「けれど、彼女の方の意思はどうなるんですか? 強奪してみても、彼女が抵抗すればこちらは全滅ですよ」
不安の残るエルネストを、勁捷は軽くいなした。
「いや、それが、あっちの方でも満更じゃない様子なんだな、これが。あそこで最終兵器扱いされてるよか、省吾に掻っ攫われた方が遥かにましなんじゃないの?」
そこへ、まだ何か言いたそうだったリオンが、気を取り直して先のことに目を向けるべく話に参加する。
「我々としても、彼女が戦線を離脱してくれるなら願ってもない。確かに彼女の力は脅威だが、それ以前に、やはりあんな少女と戦うというのは気が向かん」
「まあ、それは言えていますね。あちらの方が遥かに凄い力を持っているとはいえ、あの外見ですからねぇ」
苦笑しつつエルネストが頷いた。大の大人が数十人がかりで十歳かそこらの少女を取り囲んでいるという図は、想像するだにあまり嬉しくないものである。
「ま、お子様相手にあんまりむきになりたかねぇしな」
照れ隠しのように唇を歪めて、勁捷も同意した。
「すまない」
省吾は首を折るようにして頭を下げる。彼にはそれが精一杯だった。
「謝るようなことじゃねぇだろ」
少年の不器用さに、勁捷が苦笑する。リオンは真面目な顔で省吾の言葉を受け止め、ロイは穏やかな微笑を浮かべるだけだった。
「ああ、それから、遅くなりましたが、私たちを出迎えたのは、ごく普通の兵士だけでした。どうやら、今のところは、他にあのような力を持つ者はいないようですね」
エルネストのその言葉で場が切り替わる。
「そいつぁ助かった」
大仰に勁捷が胸を撫で下ろした。声には出なかったが、リオンとエルネストも同様の顔を並べていた。
「まあ、取り敢えず、これで何とか方針が立てられるようになったということかな」
ロイの台詞に、一同が頷く。
確かに、これで手の打ちようが見えてきた。
彼らの姿を確認したリオンは眉間の皺を消し、ほっとした顔をする。
「遅かったな。てこずったのか」
そう問うたリオンに向かって、勁捷は首を振った。
「いんや、全然」
「それにしては……」
「いやぁ、こいつが彼女との遭遇接近にのぼせ上がっちまってよ」
危うく砦の中にまで駆け込みそうになった、と余計なことまで言う勁捷を、省吾が睨む。
息を呑み、怒鳴りつけそうになったリオンの機先を制し、エルネストが口を挟んだ。
「まぁまぁ、リオン様。無事戻ってきたのですから……」
「当たり前だ! 何かあったら省吾殿は今ここにはおるまい!?」
まさに頭から湯気を立てそうな勢いで、リオンがエルネストに食って掛かる。
頭に血が昇ったリオンはその応対に慣れているエルネストに任せ、ロイが省吾に向き直った。彼の眼差しも、やはり険しいものを含んでいる。
「確かに今回は無事だったが、あのまま入ってしまっていたら、公開処刑まで直行だったぞ?戦いに身を置く者が冷静さを失ってはいかん」
常に穏やかだったこの男が見せた厳しい言葉に、己の行動が愚かなものであったことを充分承知している省吾はうな垂れる。この世界に入ってまだ一年ほどでしかないが、これほど我を失ったのは初めてだった──いや、物心ついて以来、初めてだった。
そんな省吾の様子に、ロイはやや語調を弱める。
「いいか、省吾。どんな時でも、決して状況を見失うな。ほんの一瞬でも自分の立っている場所を忘れれば、待っているのは死だけだ。逆に、どんなに危険な状況だったとしても、落ち着いて周りを見れば、必ず活路は見出せる」
ロイは口を噤んで、俯いている省吾を見つめた。
そのまだ細い肩が、旋毛が、失ってしまった者のそれと重なる。それ以上の叱責を口にすることができず、ロイは省吾の肩を軽く叩いて締め括った。
未だいきり立ったままのリオンにてこずっているエルネストの助太刀をするべく歩み去ったロイに代わって、勁捷が口を開く。
「俺も、結構怒ってんだぜ? 解ってっか?」
持ち前の軽さを感じさせない勁捷をチラリと見て、省吾が返す。
「……解っている」
「なら、いいさ。色恋沙汰で身を滅ぼすにゃ、お前はちょいと若過ぎんだよ」
肩を竦めて、勁捷がそう呟いた。そして、いつもの口調に戻る。
「で、どうだ? 欲が出てきたろうよ?」
問われ、省吾は頷く。
もう一度会えさえすればそれでいいと思っていたことが、嘘のようだった。
省吾を見て、怯えていた少女。
けれど、何故か、彼女が省吾自身に怯えているわけではないということが解かった。
もっと、あの子に触れていたい。傍にいて、不安に揺れるあの少女を脅かすもの全てから、護ってやりたい。
心底そう思った。
「そんじゃ、今度はお姫様奪取作戦だな」
何処まで本気なのかわからないその言葉に、ロイの協力の元にリオンを宥め終わったエルネストが口を挟む。
「けれど、彼女の方の意思はどうなるんですか? 強奪してみても、彼女が抵抗すればこちらは全滅ですよ」
不安の残るエルネストを、勁捷は軽くいなした。
「いや、それが、あっちの方でも満更じゃない様子なんだな、これが。あそこで最終兵器扱いされてるよか、省吾に掻っ攫われた方が遥かにましなんじゃないの?」
そこへ、まだ何か言いたそうだったリオンが、気を取り直して先のことに目を向けるべく話に参加する。
「我々としても、彼女が戦線を離脱してくれるなら願ってもない。確かに彼女の力は脅威だが、それ以前に、やはりあんな少女と戦うというのは気が向かん」
「まあ、それは言えていますね。あちらの方が遥かに凄い力を持っているとはいえ、あの外見ですからねぇ」
苦笑しつつエルネストが頷いた。大の大人が数十人がかりで十歳かそこらの少女を取り囲んでいるという図は、想像するだにあまり嬉しくないものである。
「ま、お子様相手にあんまりむきになりたかねぇしな」
照れ隠しのように唇を歪めて、勁捷も同意した。
「すまない」
省吾は首を折るようにして頭を下げる。彼にはそれが精一杯だった。
「謝るようなことじゃねぇだろ」
少年の不器用さに、勁捷が苦笑する。リオンは真面目な顔で省吾の言葉を受け止め、ロイは穏やかな微笑を浮かべるだけだった。
「ああ、それから、遅くなりましたが、私たちを出迎えたのは、ごく普通の兵士だけでした。どうやら、今のところは、他にあのような力を持つ者はいないようですね」
エルネストのその言葉で場が切り替わる。
「そいつぁ助かった」
大仰に勁捷が胸を撫で下ろした。声には出なかったが、リオンとエルネストも同様の顔を並べていた。
「まあ、取り敢えず、これで何とか方針が立てられるようになったということかな」
ロイの台詞に、一同が頷く。
確かに、これで手の打ちようが見えてきた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
魅了の対価
しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。
彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。
ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。
アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。
淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる