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君の心が見えなくて
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跳ね飛ばされ、背中を強く打ち、省吾の肺の中の空気は残らず絞り出された。
省吾は酸素を取り込もうと大きく喘いだが、痛む背中でそれもままならない。
「省吾!」
怒声と共に、武骨な手が背中を支えて抱き起こすのを感じた。
「おい、大丈夫かよ?」
肩を掴んで揺さぶらんばかりの勁捷の声に、そんなことをされては堪らないと、省吾は何とか自力で身体を起こす。と同時に、衝撃で遠のいていた記憶が瞬時に戻った。大きく見開いた目で、少女を探す。
彼女の姿は、すでに木立の奥へと消えつつあった。
「待ってくれ、逃げないでくれ!」
でき得る限りの大声でそう呼び掛けながら、省吾は勁捷の肩に手を掛け、そのごつい身体を半ば押しのけるようにして身を起こした。痛みを堪えて、もう一度叫ぶ。
「行くなよ!」
しかし、省吾の声は届かなかったのか、少女の背中は一度も止まることなく木々の間に消えていった。すでに見えないその姿を追いかけようと立ち上がりかけた省吾を、勁捷が取り押さえる。
「省吾、おい、落ち着けって」
「……勁捷?」
ぼんやりと、彼がこの場にいることに今更ながら気付いたように、省吾は肩越しに振り返った。二度ほど、ゆっくりと瞬きをする。
「頭ぁ、冷えたか?」
細い肩を押さえた手はそのままに、勁捷は省吾の顔を覗き込んだ。
「あんた、どうしてここに? いつからいたんだ?」
やはり気付いていなかったのか、と肩を竦めつつ、勁捷は少年に答える。
「結構、前から。そうだな、名前を訊いているのが聞こえたぜ。お前なら気付かない筈が無かろうに、よっぽどあの子に気を取られていたとみえる」
醜態を殆ど全て見られていたと知り、省吾はバツが悪そうに顔を背けた。そんな少年を尻目に、勁捷は膝に両手を突いて立ち上がる。
省吾の旋毛を見下ろし、勁捷は小さく息を吐いた。
「まったく、何処に消えたのかと思えば、こんなところでいちゃついていやがって」
首を振り振り勁捷が手を差し出したが、省吾はそれを無視して一人で立ち上がった。そのまま無言で歩き出す。
残された勁捷は伸ばした手を一瞬見つめ、肩を竦めて省吾の後を追った。
「おーい、ショウ。まったく、すぐにプリプリ怒りやがるな、お前は」
追い付いた勁捷はそう言いながらニヤニヤと笑う。その笑いに目をやることなく、省吾はむっつりと答えた。
「別に、怒ってなんか……」
「その顔とその声じゃぁ、説得力は微塵も無いぜ」
呆れたように、勁捷は笑みを更に深くする。省吾は、もうこれ以上揚げ足を取られて堪るものかとばかりに口を曲げ、むきになって足を速めた。
怒らせた少年の細い肩を見やりながら、仕方がねぇな、と勁捷は苦笑する。
「ま、あっちも満更じゃぁないようで、良かったじゃねぇかよ」
肩を叩かれながらそう言われ、省吾は嫌味かと目を尖らせた。彼には、どこをどう取っても、少女に『逃げられた』としか思えなかったのだから。
何もしていないのに、傷つける気なんてこれっぱかしもないのに、どうしてあれほど怖がられなければならないのか。
あの、大きく紅い、心許なげな眼差しに、どうしようもなく胸が締め付けられる。この腕の中に閉じ込め、全身を使って安心させてやりたい。
だが、少女は逃げた。
訳が解らず、腹が立って、悔しくて、そして、悲しかった。
そんな省吾の渋い胸の内が手に取るように理解でき、勁捷はもう一度少年の骨張った背中を叩いてやった。
省吾は酸素を取り込もうと大きく喘いだが、痛む背中でそれもままならない。
「省吾!」
怒声と共に、武骨な手が背中を支えて抱き起こすのを感じた。
「おい、大丈夫かよ?」
肩を掴んで揺さぶらんばかりの勁捷の声に、そんなことをされては堪らないと、省吾は何とか自力で身体を起こす。と同時に、衝撃で遠のいていた記憶が瞬時に戻った。大きく見開いた目で、少女を探す。
彼女の姿は、すでに木立の奥へと消えつつあった。
「待ってくれ、逃げないでくれ!」
でき得る限りの大声でそう呼び掛けながら、省吾は勁捷の肩に手を掛け、そのごつい身体を半ば押しのけるようにして身を起こした。痛みを堪えて、もう一度叫ぶ。
「行くなよ!」
しかし、省吾の声は届かなかったのか、少女の背中は一度も止まることなく木々の間に消えていった。すでに見えないその姿を追いかけようと立ち上がりかけた省吾を、勁捷が取り押さえる。
「省吾、おい、落ち着けって」
「……勁捷?」
ぼんやりと、彼がこの場にいることに今更ながら気付いたように、省吾は肩越しに振り返った。二度ほど、ゆっくりと瞬きをする。
「頭ぁ、冷えたか?」
細い肩を押さえた手はそのままに、勁捷は省吾の顔を覗き込んだ。
「あんた、どうしてここに? いつからいたんだ?」
やはり気付いていなかったのか、と肩を竦めつつ、勁捷は少年に答える。
「結構、前から。そうだな、名前を訊いているのが聞こえたぜ。お前なら気付かない筈が無かろうに、よっぽどあの子に気を取られていたとみえる」
醜態を殆ど全て見られていたと知り、省吾はバツが悪そうに顔を背けた。そんな少年を尻目に、勁捷は膝に両手を突いて立ち上がる。
省吾の旋毛を見下ろし、勁捷は小さく息を吐いた。
「まったく、何処に消えたのかと思えば、こんなところでいちゃついていやがって」
首を振り振り勁捷が手を差し出したが、省吾はそれを無視して一人で立ち上がった。そのまま無言で歩き出す。
残された勁捷は伸ばした手を一瞬見つめ、肩を竦めて省吾の後を追った。
「おーい、ショウ。まったく、すぐにプリプリ怒りやがるな、お前は」
追い付いた勁捷はそう言いながらニヤニヤと笑う。その笑いに目をやることなく、省吾はむっつりと答えた。
「別に、怒ってなんか……」
「その顔とその声じゃぁ、説得力は微塵も無いぜ」
呆れたように、勁捷は笑みを更に深くする。省吾は、もうこれ以上揚げ足を取られて堪るものかとばかりに口を曲げ、むきになって足を速めた。
怒らせた少年の細い肩を見やりながら、仕方がねぇな、と勁捷は苦笑する。
「ま、あっちも満更じゃぁないようで、良かったじゃねぇかよ」
肩を叩かれながらそう言われ、省吾は嫌味かと目を尖らせた。彼には、どこをどう取っても、少女に『逃げられた』としか思えなかったのだから。
何もしていないのに、傷つける気なんてこれっぱかしもないのに、どうしてあれほど怖がられなければならないのか。
あの、大きく紅い、心許なげな眼差しに、どうしようもなく胸が締め付けられる。この腕の中に閉じ込め、全身を使って安心させてやりたい。
だが、少女は逃げた。
訳が解らず、腹が立って、悔しくて、そして、悲しかった。
そんな省吾の渋い胸の内が手に取るように理解でき、勁捷はもう一度少年の骨張った背中を叩いてやった。
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