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王宮編

72の1.やめてよっ!

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「な、なんでそんなこと言えるのよっ。サモナール男爵令嬢があのローブの男を雇って、私の襲撃に失敗。罪の意識に苛まれた彼女は魔術師を殺して自分も死んだ。そう考えるのが普通じゃない?」

 さっきの蜂の試験管をみた時にでた、自分なりの答えを口にして同意を得ようとした。
 あんな恐い思いはもうしたくないし、終わったことだと思いたい。
 用心しなければ、と心に決めた割に、いざ『これからもあなたは狙われます』などと宣言されると、ビビりまくって逃げ出したくなる。

「残念だが、これで終わりだとは考えにくい。覚えているか?   以前ミリアル嬢に接触した魔術師のことを」
「あ……あれも赤銅色のローブ……」

 ラッセルが無言で頷いてから話しを続ける。

「あの時から既に始まっている。敵はカシアス殿下を殺すまで手を緩めないだろう。対象は君もだ」
「そんなぁ、ヤだよ、ホントやめてよね」
「サモナール男爵令嬢は、誰かに雇われたか脅されていたと考えられます。彼女に指示していた人物がわかれば……」

 ロイズ隊長のその言葉を聞いて、ギクリと体が固くなった。頭をよぎったのはエラン伯爵令嬢だ。

 あのお茶会……私が襲われた時のお茶会で彼女はサモナール男爵令嬢とやりとりをしていた。その時の二人の表情と行動、あれには何か理由があるのではないか。

 不安にかられながら、その時のことはラッセルに伝えておいた方がいいと判断し、軽く目を閉じてから口を開いた。

 目を閉じると、あの時彼女たちを見ていた状況が浮かんでくる。その時思ったことなども一緒に詳しく伝え、喋り終わった時にはグッタリとして体から力が抜けていくように感じた。

 話しを聞いたラッセルとロイズ隊長は、同時に難しい表情を作り、黙り込んでしまう。

 少しして、すぐにこの気まずい雰囲気を察したロイズ隊長から、退出の挨拶をもらって今回の話し合いは終了した。

 あまりの疲れに、そのままベッドに倒れこんだ。いろんな情報をもらいすぎて、交わされた言葉がぐるぐると渦を巻いているみたい。

 こんな時は目からの情報を遮断することが良かったはず。目を閉じて頭の中だけで情報を整理しよう。
 目の上に片腕を乗せて視界を塞いでしばらくその状態でいたら、いつの間にか軽い眠りに落ちていたようだった。

 おう、これはまた。お馴染みの実家近くの公園のお花畑……ではないな。これはラッセルとお昼御飯を食べてる場所近くの丘だよ、たぶん。

 でもさ、これって夢?   それともリアル?
 私ってば、ついさっきまでラッセルたちの訪問受けてたじゃない?
 んで疲れちゃって寝っ転んだじゃん?
 そん次に頭ン中整理するために……ホンキ寝しちゃったワケよね。

 ……てことは、やっぱ夢だな。うん、決定。
 一人で納得してから周りを見渡した。
 今まで二人でいることに舞い上がっちゃって、周りのことなんか見てるようで見てなかった気がする。
 どんだけ浮かれてんだよ、私。今さらながら軽く反省だわ。

 しっかし、改めて見回してもやっぱりよく似ている気がする。小さな小道から池などの配置。休憩室がないだけで、植え込みの種類もなんとなく似てる。

 そう言えば、私が日本に帰れないってわかった時に、彼が連れ出してくれたのも、この丘にある花畑だった気がする。
 あの時、花かんむりや葉っぱのオブジェを作ったりしたのって、公園で遊んだ記憶が絡んでたのね。
 でも、あそこで散々遊んだから復活したようなモンだし、あの場所に行かなかったら、きっと今でも半ベソかいてたんだろうな。

 ラッセルにはホント感謝だわ。
 あそこは彼の心の拠り所だったかもしれないが、懐かしさを感じさせてくれる分、私の心の拠り所とも言えるかも。

 気持ちの良い空気を胸いっぱいに吸い込んで、花畑の中で大の字に寝転がり、空を仰ぐ。
 ん?   あれ?   空が……ない?

 ガバリと身を起こし、上を見上げても、のっぺりとした一面の白が広がっているだけだ。くもり空かと周りを確認したが、薄っすらとした雲の重なりも大気の移動も見られない。

 どういうこと?
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