異世界行って黒ネコに変身してしまった私の話。

しろっくま

文字の大きさ
192 / 249
王宮編

97の1.アンタ誰っ!

しおりを挟む
 あの時、ヤツは女だった。

 学生に紛れ込んで、誰一人として彼女の存在を疑わなかった。あの時と同じ。たぶんここら一帯の人はみんな洗脳されているのかもしれない。

 前回はハルの友人、フィリーズ・コークスの報告書と私の証言から、かろうじて信じてもらえたが、今回はどうだろう。

 私自身、あの赤い男に変わる前の王太子を知らないし、療養でしばらく王宮を離れていたため、ここ最近の様子を知る人も少ないはず。

 一番変化に気づくであろう存在の妻三人をまとめて処分してしまえば、誰が彼を偽物だと言うことができるのだろうか。

 ヤツの企みが王宮の占拠や、この国を乗っ取るなどであるならば、私はこの身を犠牲にしてでも対峙しなければならない。
 それが、この国にお世話になった恩返しだと思う。

 気持ちを確たるものにして、ヤツに対してギッとキツく睨みを利かせた。
 その気配がヤツにも届いたのか、私の方に顔を向け、視線が交差した。

 ヤツは、こちらに足を一歩動かすと、その場に踏み止まり、ハルに向かって何やら囁きかける。それを受けてハルは、一度私の方をみて、小さく手を振ってから赤い髪の男へ囁き返す。

 二人で王様に挨拶すると、それが合図となったのから親子の時間はお開きとなったようだ。警備の武官が王様を護衛し、一般の人々にも立ち去るように指示出しを始める。

 バラバラと蜘蛛の子を散らすように人が履けていき、残った人がまばらになってきた頃、足並みを揃えて王太子もどきとハルが仲良く語り合いながら、こちらに向かってやってきた。

「サーラ、こちらが一番上の兄上、アンドリュー王太子だ。素敵だろ?   俺の自慢の兄上だ」

 胸を張って誇らしげに紹介するハルは、隣にいるのが全くの別人だとは思いもせずに、ただ目を輝かせている。

、サーラ嬢。カシアスが世話になったと聞いた。君がカシアスの恋人かと思っていたのだがな、違ったのだな。なら遠慮はするまい。いずれ君とはじっくり話し合いたいものだ」

 言いながら、王太子もどきはグイッと私に顔を近づけてきた。表情に笑顔を貼り付けてはいるが、その目は……

 遠目からみると赤い髪と同様、赤い目をしていたはず。なのに至近距離からみると、私にはその目は真っ黒に見えた。白目も何もない、ただの黒。いや、空洞と言った方が正解なのかもしれない。

 ヤバい、これを見続けていると吸い込まれる。周りの光をどんどん吸い取っていくような二つの穴に、恐れおののいて、半歩下がって体を固くする。
 すでにカタカタと震えが小刻みにきていて、声を出すことすら厳しい。

「お嬢さん?   私がどうかしたかい?   別にとって食おうと言うわけじゃない。安心して」

 そう言ってニイッと笑う口元は、ゆっくりと口角をあげて半月のような形でピタリと止まる。

 ヤツの口から出てくる言葉は、普通の会話の一片だ。なのになんでだろう、見えない触手で全身を撫でられているかのように不快感が増してくる。

「んひぃ……」
「サーラ、何?   緊張してんの?   兄上は優しいから平気だよ。あ、あと兄上?   私のことは昔みたいに『カーシュ』でいいですよ。お疲れでしょうから、後日にしますが、またいろいろとお話ししてください」

 ビビって掠れた声しか出てこない私に、クスクスと笑うハル。かなりご機嫌で、今まで会えなかった時間を埋めようと王太子もどきに話しかける。

「カーシュか。そうだね、。私はこれで失礼するよ。ふふふ…」

 表面上は王太子として振る舞っているヤツに対して、失礼に当たらない程度で無言の挨拶をした。頭を下げて、ヤツの足音が遠くに消えていくまでその態勢を崩せなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

【短編】子猫をもふもふしませんか?〜転生したら、子猫でした。私が国を救う!

碧井 汐桜香
ファンタジー
子猫の私は、おかあさんと兄弟たちと“かいぬし”に怯えながら、過ごしている。ところが、「柄が悪い」という理由で捨てられ、絶体絶命の大ピンチ。そんなときに、陛下と呼ばれる人間たちに助けられた。連れていかれた先は、王城だった!? 「伝わって! よく見てこれ! 後ろから攻められたら終わるでしょ!?」前世の知識を使って、私は国を救う。 そんなとき、“かいぬし”が猫グッズを売りにきた。絶対に許さないにゃ! 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。

不遇スキル『動物親和EX』で手に入れたのは、最強もふもふ聖霊獣とのほっこり異世界スローライフでした

☆ほしい
ファンタジー
ブラック企業で過労死した俺が異世界エルドラで授かったのは『動物親和EX』という一見地味なスキルだった。 日銭を稼ぐので精一杯の不遇な日々を送っていたある日、森で傷ついた謎の白い生き物「フェン」と出会う。 フェンは言葉を話し、実は強力な力を持つ聖霊獣だったのだ! フェンの驚異的な素材発見能力や戦闘補助のおかげで、俺の生活は一変。 美味しいものを食べ、新しい家に住み、絆を深めていく二人。 しかし、フェンの力を悪用しようとする者たちも現れる。フェンを守り、より深い絆を結ぶため、二人は聖霊獣との正式な『契約の儀式』を行うことができるという「守り人の一族」を探す旅に出る。 最強もふもふとの心温まる異世界冒険譚、ここに開幕!

『辺境伯一家の領地繁栄記』スキル育成記~最強双子、成長中~

鈴白理人
ファンタジー
ラザナキア王国の国民は【スキルツリー】という女神の加護を持つ。 そんな国の北に住むアクアオッジ辺境伯一家も例外ではなく、父は【掴みスキル】母は【育成スキル】の持ち主。 母のスキルのせいか、一家の子供たちは生まれたころから、派生スキルがポコポコ枝分かれし、スキルレベルもぐんぐん上がっていった。 双子で生まれた末っ子、兄のウィルフレッドの【精霊スキル】、妹のメリルの【魔法スキル】も例外なくレベルアップし、十五歳となった今、学園入学の秒読み段階を迎えていた── 前作→『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

社畜おっさんは巻き込まれて異世界!? とにかく生きねばなりません!

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はユアサ マモル 14連勤を終えて家に帰ろうと思ったら少女とぶつかってしまった とても人柄のいい奥さんに謝っていると一瞬で周りの景色が変わり 奥さんも少女もいなくなっていた 若者の間で、はやっている話を聞いていた私はすぐに気持ちを切り替えて生きていくことにしました いや~自炊をしていてよかったです

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

処理中です...