第三王子のお守り騎士団

しろっくま

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第1章

1話

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  ん~、まっぶしい~。少し寝過ぎたかなぁ。
 昨夜はニコラスが無謀なこと頼んでくるんだもの……

『姉上、あと二日の休暇が終わったら、私の代わりに第六騎士団に行ってもらえませんか?   私の人生がかかってるんですっ!』

 あのバカ、ホント何考えてるんだか……
 いくら顔や背格好が似てるからってねぇ、しょせん男と女、入れ替わりなんてできるワケがない。
 全く……寝言は寝てから言うものよっ!

 ベッドで大きく伸びをして呼び鈴でサーラをよぶ。
「ニコラス様、お呼びでしょうか?」
「サーラ、何言ってるの?  私はニコラスじゃないわ、ニコルよ?」
「いいえ、あなた様は本日よりニコラス様になるはず……いえ、既にニコラス様です」
「へ?   サーラ、あんた何言っちゃってんの?私が男になる訳が……」

 言いかけてハッと思い出した。
 昨夜のニコラスの話しにお母様が悪ノリして……

 お母様が囁いた悪魔の言葉を自分の中で反芻する。

『ニコル、隠していたけど、実は私、魔法使いなの。目覚めたらあなたはニコラスに変わっているから。さあ、このお薬をゆっくりと飲み干しなさい。おやすみ、ニコル』

 いやいや、まさかシンデレラの魔法使いじゃあるまいし、いきなり私が別人になる、何てこと、ある訳ない……と思い、た、いが……

 慌てて自分の夜着の中を覗き込む。
 む、む、胸が……

「なーーいーーーーっ!」

 ペタンコだ。ヒクヒクしながらサーラを見る。彼女も神妙な顔をして無言のままコクリと頷く。
 も、もしかして、下にはあの、男性特有のブツがついてるのか?
 私についてるのか?

 大事なとこなんで、二回繰り返します。

 私は恐る恐る夜着を更に大きく開けて、ズズ、ズイッと奥を覗き込んだ。

「なーーいーーーーっ!」

 ん?   あれ?   男の人って、確か付いてるよね? 例のアレ。下にぷらぷらしてる独特のカタチしたヤツ。
 なんで? 私、変身したんだったよね?
 理解できなくて、サーラに聞いた。

「サーラ、私の体、下にあるべき例のモノがない。何で?」
「あったり前でしょ、ニコル様に、あ、今はニコラス様でしたっけ、そんなモンが付いてたら、このサーラが卒倒しますよ、お嫁に行けないじゃないですか」

 ん?   んんん?   訳わからん。
 夜着を摘んだまま、首だけサーラに向けて不思議顔をすれば、呆れたように返してくれた。

「ニコル様、いえ、ニコラス様……あー面倒臭い、この屋敷に居る時は普通にニコル様に戻しときますね。ニコルお嬢様の胸がペタンコなのはいつものことですから、今更びっくりされても困ります。ついでに、下のプラプラしてるのが付いてないってのも、あの薬はただの美容の飲み薬ですから、そんなんで性転換するわけないでしょ?」

 あ、そうだったんだ。なら安心だね。よかったよかった……

「って、良くないーーーーっ」

 騙されたんだ。
 全くお母様ってば何考えてアホなこと言ったかなぁ。私を身がわりに騎士団に送り込んで、得することなんて一つもないでしょうが。
 とにかく、お母様には文句の一つも言っておかなければ気が済まないわ。
 手早く身支度を整え、足早に家族がいる食堂へと向かった。

 バンッ!
 勢いよく食堂に続く扉を開いた。

「なぁに?    ニコラス、家の扉が壊れちゃうじゃない。まあ、男の子だったらそのくらい元気な方が……」
「お母様!   私はニコラスじゃありませんっ。ちなみに性転換もしてませんから。サーラから聞きました、あれはただの美容の飲み薬だって」
「えーっ、バレちゃったのー?   ざーんねん。ニコルは何でも信じちゃうから本気にしたかと思ってたのにぃ」

 飲みかけの紅茶をテーブルに置き、クスクスと笑いながら私のところまでやってきた。
 じっくりと顔を眺められ、少しタジタジとしてしまう頃、ため息をつきながら呟かれた。

「あなたも本当に男の子だったらよかったのに。剣術だって算術だってニコルの方が断然できたもの。でもね。ちょうど移動でニコラスの知り合いもほとんど会わないし、しかも配属先があの『第三王子のお守り騎士団』でしょ? ちょっとだけ外の世界を覗いて見て来る程度の感覚で紛れこんでみれば?」
「お母様、何言ってるの?    ニコラスの職場ですよ?   他人が、しかも女性が紛れて働くなんて、上司や周りを騙すことになるんですからね。バレたら処罰されるのは必至、このテイラード家がお取り潰しってことにもなりかねないんですよ!」

 再びため息をついたお母様は、私の肩に手をかけて悪魔のごとく言葉を重ねる。

「バレれば大変ってことは、ニコラスが戻るまでバレなきゃいいわけでしょ?   ほんの少しの期間の入れ替わり、しかも、普段のニコラスを知らない人たちの職場なんだから、ほぼバレずに終わるわよ」

 甘い誘惑が気持ちを刺激する。

 ニコラスが初めて騎士団の制服に袖を通した時のことを思い出した。誇らしげに私にその制服をみせ、皆に祝福されながら初出勤して行ったあの姿。
 燦然と輝く徽章を羨ましく思わない訳がなかった。私も男の子だったらその制服に身を包み、馬に乗って颯爽と駆け回るのに、と。

 あの時諦めていた夢が今、目の前にぶら下がっているのだ。
 ゴクリと喉を鳴らし、揺れる気持ちに軽く胸を抑える。
 ああほら、目の前に大きな天秤が浮かびあがってきた。
 自分の中で囁く悪魔の言葉と天使の言葉、それらはどちらに傾いていくのか……

 ああ、ダメだ。私の心は既に決まってしまっているじゃないか。この甘い蜜のような誘惑に誰が勝てようか?

「……わかりました。一週間だけですからね。それ以上は私の良心が許しませんから」
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