鮮やかなもの

上野たすく

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「冗談ですよ。いくら先生より劣るとはいえ、僕も一応、講師ですから。生徒に失礼のないよう、仕事はしますよ。ご心配なく」
 こちらの意思に関係なく、答案用紙が半分以上とられる。
「これは俺の勉強分です。最近、生徒の解答の分析をしているんです。どこで引っかかるのか、とか。資料はたくさんあったほうがいいですから、助かります」
 爽やかに、だが、有無を言わさない態度で、白石は、とっとと自分のデスクへ戻っていく。
 やっぱり仲がいい、と浜ちゃんが歯を見せて笑った。
「だから、そうじゃないって……」
 目を瞑り、溜息を漏らす。
 ベッドで、俺を慰めてくれた頃の白石が、瞼の裏にちらついた。
 俺に触れていた指が、俺とは違う肌を撫でる。
 ……心臓いてぇ。
 本当、持ち主の気持ちをくんでくれねぇ体だな。
 俺は、白石への期待やら思い出やら、その他諸々を忘れたいんだ。
 踏みにじられるってわかりきってる感情なんざ、いらねぇんだよ。
「カウンセリング室、行ってくる」
「はい」
 浜ちゃんの、はつらつとした笑顔に元気を貰おうとし、視界の隅にいる白石に気づく。
 なんで、こっち見てんだよ。俺に関わりたくなかったんじゃねぇのかよ。
 浜ちゃんが言う通り、αの世界はαの世界で、大変なのかもしんねぇけど、恋人がいるんなら、負担もニブンノイチになるんじゃねぇの? お前は新しい未来を歩いてんだ。Ωな幼馴染みなんか、相手にすんじゃねぇよ。
 て、αな幼馴染みに囚われてんのは、今も昔も俺の方か。
 心臓が燻る。
 三年間、同じ職場にいたっつうのに、今日初めて、白石が中学んときのことを引きずってるって知った。俺が過去から抜け出せねぇからって、白石まで巻き添えにする利益ってなに? 
 今しかない。俺がここまで白石のことを考えている今しか、白石が俺をここまで見てくれている今しか、俺達のあの日を終わりにできる瞬間は!
「白石先生」
 普通の大きさで話しかけたはずなのに、俺の声は職員室によく響いた。
「ありがとう。もう充分です」
 笑え。そして、泣くな。
 白石から何か言われるのが怖くて、俺は返事を待たずに、その場から足をどけた。
 駆け込むように入ったカウンセリング室には、誰もいなかった。
 相談事が漏れるといけないからという理由で、ここは防音設備が整っている。
 見たかよ?
 白石の野郎、フリーズしてたぜ。
 俺の寛大さに感謝しろってぇの。
「ふ……。くっ」
 ドアに背をつけたまま、溢れてくる涙を拭う。
 これでいい。
 あの日に残されるのは、俺だけでいい……。
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