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 大会当日。
 夜どうし続いた箸の特訓で、俺は極度の寝不足だった。
 朝食に、と向井が作った、こげた目玉焼きとソーセージで、胃も悶絶状態だ。
 そんな俺に、花火の音は毒だった。
 向井と二人で着いた学校は、まさにお祭騒ぎで、屋台まである。
 綿飴に射撃、輪投げに金魚掬い。
 チョコバナナとりんご飴。
 どの屋台も、生活がかかっていますって威勢で、宣伝をしている。
 そう、売っているのは生徒じゃなく、本業の人達だ。
 学校外にアプローチしたのか……。
 大会のギャラリーになりうる連中は、学ランにブレザー、セーラー服に子連れや老夫婦と、幅が広い。
 地区を上げての一大イベント化?
 向井が人形焼の前で立ち止まる。
 鉢巻をした鶏冠頭の中年男が、かわいらしいキャラクターの型を器用に裁いている。
 春とは言え、肌寒いのに、半袖のアロハシャツだ。
 怪しい。
 向井が腹に手を当てる。

「食べたいのか?」
「誰があんな女みたいな菓子」

 食い物に性別をつけるのは、ドイツ語圏の人間であって、日本人にはない感覚なんだがな。

「でも、林が食べたいなら、俺は止めない」
「お前なあ」

 俺はお前の分まで、焦げた朝食を食べて、腹満タンなんだよ。

「何だ?」
「別に」

 俺は懐から財布を出し、怪しい男の店へと向かった。
 大と小、二種類の袋が売られている。

「小を」
「へい」

 無駄にハスキーボイス。
 アロハシャツが、キャラクターの人形焼を、袋詰めしてくれる。

「二百五十円になりやす」

 俺は代金を払おうと手を伸ばし、男が袋を前に出す。
 取引は無事に終わるはずだった。
 少なくとも、男の眼光が、俺の目を射るまでは。
 男が小さく告げる。

「あの男が動き出す。狼煙を上げたのは、お前だ」

 背後で、西山と脇田の声がする。
 向井にちょっかいを出しているようだ。

「狼煙? 何の話だ?」

 俺は肩越しに、向井達を振り返る。
 学ランの親友達が、こちらに手を上げる。
 首肯して、それに応えた。
 向井が見つめてくる。
 俺は視線をそのままに、口だけを動かす。

「あの男って誰のことだ? 俺が何をした?」

 返事はない。

「おい。聞いてるのか? あんたはいったい」

 男へと首を戻した俺に、ゴリラが右手を振って挨拶をする。
 驚愕する俺。

「アロハシャツは?!」
海里かいりなら小便だって言ってたよ」

 ゴリラが日本語を!
 いや、よく見ろ。
 ゴリラはゴリラでも、こいつは人形のゴリラじゃねえか。
 ゴリラの顔が横にずれ、黒髪の少女が現れる。
 七歳くらいだろうか。
 着物を着ている。

「それでね、小春、海里からこれを渡すように言われて」

 小春と名乗る少女が、人形焼の入った袋を、俺の胸に押し付ける。

「ああ、どうも」

 俺は小春に代金を渡した。

「お兄ちゃんは優しいね」

 小春がゴリラの人形に頬をつける。

「でも、小春、知ってるよ」

 なんか、ガキっぽくねえな、こいつ。

「優しい人は、大切な人を殺しちゃうんだってこと」
「予言のつもりか? チビなのに上等な特技があるんだな」

 小春が口角を上げる。

「小春、知ってるもん。お兄ちゃんがたくさんの命を守る代わりに、一番、大好きな人を見殺しにしちゃうこと」
「はい?」
「小春、知ってるよ。お兄ちゃんの大好きな人も」

 小春の目線が俺から外れる。
 その先を追い、俺は脇田と西山に話しかけられる向井に辿りつく。
 ゾクリと背筋が凍った。

「ゴリさんも知ってるもんね?」

 小春がゴリラの人形に笑いかける。
 さっきのアロハシャツといい、このチビといい、俺に恨みでもあるのか?

「林、早く来い! 大会に出るって言ったのを、反故にする気か!」

 向井が叫ぶ。
 誰が誰を見殺しにするって?

「今、行く!」

 俺はあいつの人生も抱えるって決めたんだ。

「ゴリさん、知ってる? 誰にでも優しいっていうのは、誰にも優しくないって言うのと、同じなんだよ」

 小春がゴリラに首を傾げる。
 俺はその幼い声に曇りを感じ、小春を振り返った。
 小春はゴリラの手足を動かし、遊んでいた。

「一、二、一、二」
「林!」

 向井の怒鳴り声が耳元で聞える。
 すぐ傍に向井がいた。

「五分前だぞ」
「分かってる」

 向井が俺の腕を引く。

「分かってない」

 向井の怒気に、小春がくすりと笑う。

「分かってない。小春以外、誰も分かってない。明日は分からないって言う。明日は今日の続きだってことを、分かってないの」

 小春以外、みんな、分かってないの。
 分かっている振りなんて、格好悪いだけだってこと。
 愛があるから、人は殺し合いをするってこと。

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