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「はい! 休憩終了です!」

 ガラス越しに西山の声がする。
 マイクを通した、それだ。

「やべえ、もうかよ。急げ。行かないと棄権扱いに」

 体を起こそうとする俺の唇に、向井の唇がのった。

「さあ、ついに最終ラウンドです。最終ラウンドは、頑張っても無駄なこと、つまり、今までの知識や経験しか役に立ちません! ズバリ『告白大作戦』です! 言葉や金、どんなものを使っても構いません! 向井君にあなたの気持ちをぶつけてください!」

 西山の声が鼓膜を打つ。
 だけど、脳を揺さぶるのは、向井からされるキスの音だけ。

「もう、すでに競技は始まっていますよ。向井君には、先に隠れてもらっています。彼を見つけて、思いを告げてください! そして、彼があなたを許したのならば、あなたが優勝者です!」

 西山の叫びの中、向井の腕が首に巻きついてくる。

「我々は選手と向井君の関係に、野暮なことはしたくないので、このまま帰宅させていただきます! フィナーレは自分で飾ってくださいね! ってことで、刑事沙汰だけにはなってくれるな! 司会は西山昇でした!」

 俺は向井の背を抱きしめ、口を開けた。
 向井が舌で唇を舐めてくる。

「いいのか?」

 俺で。俺なんかで。

「俺は男だぜ?」

 卑怯なのは俺だ。
 肯定を前提に、こんなことを聞いてしまう、弱い俺だ。

「俺は」

 俺の親父はやくざなんだ。

「俺は」

 死ぬかもしれない。
 お前を傷つけるかもしれない。
 俺は。
 向井の唇が近づいてくる。
 与えられた圧迫感に酔った。
 向井は苦笑した。

「林は自意識過剰だ」
「てめぇ、人の気も知らないで」
「隠し事は、林だけの専売特許じゃない」

 静かな、それでいて有無を言わさない声に、ギクリとした。
 向井が目を伏せる。

「それでも、俺は林と取引をした。自分が生きるうえで、一番必要なものを、賭けたつもりだ」

 相手がしなだれかかってくる。
 受け止め、頬で向井の頭を撫でた。

「どうした? 向、井?」

 突然、腹部が鈍く痛み、意識に靄がかかる。
 熱を帯びた箇所に触れると、硬い物体が突き刺さっていた。
 ぬるりと冷たい液が、体から溢れ出る。

「は?」

 何かが押しあがってきたかと思った瞬間、吐血した。

「何……で?」

 咳をするたびに、血が外へと押し流れていく。

「あんたの父親は、統合も解散も拒んだ」

 神経がスパークするか、と思うほどの衝撃が、駆け抜ける。

「俺は」

 向井が体を離す。

「永岡組だ」
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