クローバー

上野たすく

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「その人から離れろ!!」
 一心は刀をイーバに向け、全力で投げた。
 刀がイーバに突き刺さるイメージだけが、一心の思考を支配していた。
 一振りの刀が平常の飛行距離を逸脱し、数キロメートル先のイーバをとらえる。
 イーバは富嶽を解放し、仰向けで落下した。
 富嶽は太刀風をイーバに向けて放ち、高さを増した。
 目で追うことができなくなり、一心は地平線へと視線を向けた。
 イーバの断末魔と、それをかき消すほどの大きな雨音。
 雨水にブーツが浸る。
 雨量が凄まじく、屋上に水がはっていた。
 見渡す限り、暗闇で、だけど、この雨が希望なのだ。
「まるで、戦争だ」
 それも、娯楽ではなく、命がけの。
 朔はずっと、ここで刀を振るっていたのだ。
 誰かの役に立たなければいけない、と彼は言っていた。
 自分を犠牲にしてでも守りたい人が、名前もわからない「誰か」。
 そう思ったとき、胸に大きな穴があいたような感覚に襲われた。
 自分が愛する人が、そんな「誰か」のために、命をかけていることが悲しかった。誇りだとか、感心とかではなく、どうして、朔がそんなことをしなければいけないのか、と。名前もわからない「誰か」の命を守るために、朔の命が使役されているようにさえ思った。
 一心は朔が大事だ。
 だから、朔にも、自分を大切にしてほしい。
 朔の気持ちは異なるのかもしれない。
 だから、これはエゴだ。
 そう思っても、感情はいではくれなかった。 
「叢雲より雷光らいこうが放たれます! 全戦闘員、目を閉じてください!」
 三代がイヤホン越しに指示を出す。
 一心は右目を瞑った。
 瞼の先に、強烈な光を見た。
 左目がジリジリと焼けるようだった。
 耐えきれず、激痛に左目を押さえ、膝をついた。
 左目から神経を通って何かが来る。
 痛みと一緒に、何かが。
 光が穏やかになっても、右目すら開くことができない。
 イヤホンに雑音が入った。
 三代が何かを叫んでいる。
 指示だ。
 聞かなければ。
「指令班です! 現在、攻撃を受けています! オニキスのイーバの殲滅を確認しだい、全戦闘員をこちらへ戻します!」
 息を飲むと、痛みが微細な電流に変わり、スムーズに脳を走った。
 右目を開け、立ち上がる。
 空は晴れわたり、イーバの呻き声も聞こえない。
 おい、とイヤホンから富嶽の声がした。
「無事か?」
「はい」
 答えてすぐ、一心、と今度は夏目からの通信が入った。
「おおきに。……富嶽のこと、本間に……、本間に、おおきに……」
 途切れ途切れの声に、夏目の疲労をおしはかれた。
 それだけでなく、涙を含んだような声は、富嶽への夏目の心を透かしているようだった。
「今すぐ、そっちへ行くから……、ちょっとだけ、待っとってな……」
 夏目との通信が乱れ、人々の悲鳴が鼓膜を震わせた。
「指令班より、全戦闘員へ。オニキス内のイーバ、殲滅完了。戦闘フィールドから離脱させます! 離脱後、遭遇したイーバと戦闘し、ネオ・シード及び、施設の住人の保護をお願いします!」
 直後、体が分解されるような感覚がし、気づくと、先ほどとは違う町に立っていた。
 乗り物酔いに似た吐き気はあった。
 しかし、それよりも、目に映る光景が悲惨過ぎて、一心は呆然とした。
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