クローバー

上野たすく

文字の大きさ
41 / 120

41(一心視点)

しおりを挟む
 富嶽晃がB班の元へと部屋を出る十一時間前。
 午後七時半。
 月見里一心は救護班の班長である甦禰看千草そねみちぐさから手当を受けていた。
 甦禰看は二十台後半くらいで、目鼻立ちがくっきりした女性だ。顔の左側に、クローバー病の模様があり、茎の先に一つ葉をつけている。上下、紺色の服を着て、白地に赤い十字が描かれた腕章を左腕につけ、耳には戦闘員と同じ、イヤホン型の通信機があった。
 甦禰看は一人で部屋に来て、一心の血液検査をし、輸血のための針を腕に刺した。そして、一心の様子を窺いながら、野岸の治療に移った。
「あの」
「はい」
 一心が声をかけると、甦禰看は微笑み、振り向いた。
「F班のこと、なにか聞いていませんか?」
「あなたはF班の班員でしたね。富嶽君は軽傷です。夏目君は彼の部屋で、富嶽君たちに様子をみてもらっています」
 一心は唇を引き締め、眉を歪めた。
 甦禰看は野岸に、
「処置はこれで終わりです」
 と微笑み、一心へと歩いた。
「あなたは夏目君に生きてほしいのですね」
「あの人がいなければ、俺は朔に会えませんでした。感謝しています」
「本当に?」
「え?」
「本当に、夏目君は感謝をされる立場にあるでしょうか?」
 部屋にいた誰もが、甦禰看を見た。
「三代さんから話は聞きました。あなたは今日、初めて、地下へ連れてこられた。クローバー病にもかかっていません。夏目君があなたをオニキスに誘わなければ、クローバー病ではないあなたが傷つくことはなかったでしょう」
「俺が頼んだんです。朔に会いたいと望んだのは、俺です。夏目さんは、聞き入れてくれただけです」
「では、あなたは、もし、子どもが高い塀から飛び降りたいと言ったら、飛び降りても良いと応えるのが正解だと?」
「例えが無茶苦茶です」
「そうでしょうか? あなたは戦い方も、ろくに教わっていないのに、戦場へ連れて行かれ、結果、大怪我をしています」
 一心は俯き、両手を握りしめた。
 冷たい物を長時間、触っていたときのように、手の感覚がおかしい。
 平時ではならない状態だ。
 だけど、オニキスへ行ったことを後悔はしていない。
 それに、夏目は、初め、一心が施設に入ることを諦めさせようとしていた。
 ツナギをつけた刀で、大木が斬れなければ、一心は施設へは入れなかったのだ。
 一心が自分で、自分の身を守れる、と判断したから、夏目はオニキスへと連れて行ってくれた。
「俺は、施設に入る前に、夏目さんからの試験を受けました」
 一心が告げたとき、甦禰看の目が冷たく光った。
 だが、それに気づいたのは、朔だけであり、彼も確信にいたるには時間がかかった。
「試験というのは、どのような試験ですか?」
「ツナギを使えるかどうかの」
「誘導尋問だ! 応えなくていい!」
 朔は叫んだあと、項垂れた。
 甦禰看はくっきりと笑みを深めていた。
「夏目君があなたを連れて、オニキスへ入ったということは、あなたは試験に合格したということ。クローバー病にかかったことがないのに、あなたはツナギを使用できたのですね?」
 朔が刀の柄を握った。
 甦禰看は朔に対して微笑んだ。
「私の話は終わっていませんよ」
「一心に危害をくわえるなら、甦禰看さんは俺の敵だ」
 甦禰看が探ろうとしていることが、自分の今後を決める大きな判断材料になるのだろう。
 自分の未来が、自分ではない誰かの手の中にある感覚に、汗が噴き出た。
 それ以上に、人の未来を左右できる情報を、笑顔で聞き出そうとする甦禰看が、恐ろしかった。
 ただ、甦禰看には、まだ言い終えていないことがあるのだ。
「朔。俺は最後まで話を聴きたい」
「そうだな。そういう気持ちが大切だって、地上では子どもに教えるよな。だけど、ここは違う。その時間が命とりになることがあるんだ」
「地上と地下に違いがあることは認める。だとしても、人が人であることに、変わりはない」
「一心は人を誤解している。人が発展できたのは、探究心があるからだ。地上じゃ、倫理ってやつに邪魔されて、踏み込めない領域があるけど、ここは違う。クローバー病やイーバを言い訳に、平然と倫理を飛び越える。人が人であるっていうのは、そういうことだ」
 野岸が痛々しげに、朔を見つめた。
「俺は、ここで、できる限りのことをしようと思っている。それが今の俺の存在意義だ。けど、一心は違う。一心は自分のために生きるべきだ。それを邪魔するなら、誰であっても、許さない」
「俺は、そう思わなければいけないところまで、朔を追い詰めた人たちを、許さない。絶対に」
 朔が予想外のものを前にしたような目で、見つめてくる。
 一心は朔を怯えさせないよう、笑顔を作った。
「それに、朔だって自分のために生きるべきだ」
 朔は瞳を潤ませた。
「朔、俺さ、中学のときに、朔に出した手紙。本当は返信がなくてきつかった。新しい友だちができた朔には、俺なんて必要ないんじゃないかって。俺は、朔が必要だったから、もし、朔に必要ないって言われたらと思うと怖くて、電話もできなかった。だけど、飯島さんに、朔がクローバー病だって聴いて、どうして、朔と、ちゃんと話をしなかったんだって後悔した。俺に勇気があれば、今が変わっていたかもしれない。怖いからって、人の話を聴かずに自己完結するんじゃなくて、聴いてから、その人とのこれからを考えたい。だから、甦禰看さんの話を最後まで聴きたいんだ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

壁乳

リリーブルー
BL
ご来店ありがとうございます。ここは、壁越しに、触れ合える店。 最初は乳首から。指名を繰り返すと、徐々に、エリアが拡大していきます。 俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 じれじれラブコメディー。 4年ぶりに続きを書きました!更新していくのでよろしくお願いします。 (挿絵byリリーブルー)

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

水泳部合宿

RIKUTO
BL
とある田舎の高校にかよう目立たない男子高校生は、快活な水泳部員に半ば強引に合宿に参加する。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

処理中です...