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エピローグ ~昭弘の気持ち~
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「ええ」
「中野京子です」
女が名乗ると同時に、電車がホームに着いた。
乗客が減り、中野の横も空く。
彼女は手でそこに座るよう、誘った。
本能は逃げろと言っていたが、昭弘は指定された場所へ腰を下ろした。
彼女からは甘い匂いがした。
「渋谷君、元気にしていますか?」
「元気ですよ」
「そうですか……」
電車が走り出す。
「蛍とは、どこで?」
「……小学校から高校まで、同じ学校に通っていました」
「小学校から……ですか」
「はい。何年も前ですから、わからないですよね」
中野はふわりと微笑み、
「でも、私は渋谷君のお父さんだって、すぐ、わかりましたよ。本当に、変わらないですね。やっぱり、イケメンです」
昭弘は愛想笑いをした。
相手はそれを気に留めた風もなく、首を戻した。
「渋谷君、今、何しているんですか?」
「……蛍とは、連絡を取られていないんですか?」
「……勇気が出なくて」
彼女は寂しそうに、瞼を下げた。
昭弘は顎を引き、鞄を抱きしめた。
ここから去りたい気持ちが増していく。
彼女は蛍を好いていたのかもしれない。
「渋谷君、ちゃんと、笑っていますか? 幸せでいてくれてますか?」
中野の声は小さく、か細かった。
「僕は本人じゃないので……」
「じゃあ、昭弘さんは?」
お父さんではなく、名前で呼ばれ、呼吸が止まる。
「渋谷君との毎日、幸せですか?」
幸せだと、言ってはいけない気がした。
幸せだと、言わなければいけない気もした。
「……そんなにも、人のことが気になりますか?」
「はい……」
彼女は小さく頷き、
「私達にとっては、他人事じゃないんです」
膝の上で指を組んだ。
「一年前、婚約者が、自ら死のうとしました。偶然、部屋を訪ねてくれた友人がいて、命は助けてもらえたんですけど」
中野は熱い息を吐き、口を覆った。
「なにかに悩んでいるみたいなんです。けど、私には言ってはくれなくって。……渋谷君に会わせてあげたい。でも、そうしたら、彼は、きっと、私を見てくれなくなる」
昭弘は歯を食いしばり、数分前の自分を詰った。
蛍を想っていたのが、女だと決めつけていた。
彼女の見ている風景は、昭弘が思い描いたものより、遥かに重かった。
「中野さんはどうしたいんですか?」
昭弘に首を向けた、女の瞳が涙で光る。
彼女はショルダーバックから白色の手帳を出し、ペンで何事かを書きこむと、そのページを破って丁寧に折り畳んだ。
「昭弘さんこそ、いいんですか?」
彼女は鼻の上を赤らめ、こちらを見つめた。
中野が予想するのは、蛍と彼女の婚約者が寄り添う未来だ。
「…………蛍が決めることです」
答えをはぐらかす。
女は紙を差し出してきた。
「赤城君の住所と連絡先です。よろしく、お願いします」
自分達の関係に、終止符を打たされるかもしれない、そんな爆弾を、昭弘は手帳に挟んだ。
「中野京子です」
女が名乗ると同時に、電車がホームに着いた。
乗客が減り、中野の横も空く。
彼女は手でそこに座るよう、誘った。
本能は逃げろと言っていたが、昭弘は指定された場所へ腰を下ろした。
彼女からは甘い匂いがした。
「渋谷君、元気にしていますか?」
「元気ですよ」
「そうですか……」
電車が走り出す。
「蛍とは、どこで?」
「……小学校から高校まで、同じ学校に通っていました」
「小学校から……ですか」
「はい。何年も前ですから、わからないですよね」
中野はふわりと微笑み、
「でも、私は渋谷君のお父さんだって、すぐ、わかりましたよ。本当に、変わらないですね。やっぱり、イケメンです」
昭弘は愛想笑いをした。
相手はそれを気に留めた風もなく、首を戻した。
「渋谷君、今、何しているんですか?」
「……蛍とは、連絡を取られていないんですか?」
「……勇気が出なくて」
彼女は寂しそうに、瞼を下げた。
昭弘は顎を引き、鞄を抱きしめた。
ここから去りたい気持ちが増していく。
彼女は蛍を好いていたのかもしれない。
「渋谷君、ちゃんと、笑っていますか? 幸せでいてくれてますか?」
中野の声は小さく、か細かった。
「僕は本人じゃないので……」
「じゃあ、昭弘さんは?」
お父さんではなく、名前で呼ばれ、呼吸が止まる。
「渋谷君との毎日、幸せですか?」
幸せだと、言ってはいけない気がした。
幸せだと、言わなければいけない気もした。
「……そんなにも、人のことが気になりますか?」
「はい……」
彼女は小さく頷き、
「私達にとっては、他人事じゃないんです」
膝の上で指を組んだ。
「一年前、婚約者が、自ら死のうとしました。偶然、部屋を訪ねてくれた友人がいて、命は助けてもらえたんですけど」
中野は熱い息を吐き、口を覆った。
「なにかに悩んでいるみたいなんです。けど、私には言ってはくれなくって。……渋谷君に会わせてあげたい。でも、そうしたら、彼は、きっと、私を見てくれなくなる」
昭弘は歯を食いしばり、数分前の自分を詰った。
蛍を想っていたのが、女だと決めつけていた。
彼女の見ている風景は、昭弘が思い描いたものより、遥かに重かった。
「中野さんはどうしたいんですか?」
昭弘に首を向けた、女の瞳が涙で光る。
彼女はショルダーバックから白色の手帳を出し、ペンで何事かを書きこむと、そのページを破って丁寧に折り畳んだ。
「昭弘さんこそ、いいんですか?」
彼女は鼻の上を赤らめ、こちらを見つめた。
中野が予想するのは、蛍と彼女の婚約者が寄り添う未来だ。
「…………蛍が決めることです」
答えをはぐらかす。
女は紙を差し出してきた。
「赤城君の住所と連絡先です。よろしく、お願いします」
自分達の関係に、終止符を打たされるかもしれない、そんな爆弾を、昭弘は手帳に挟んだ。
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