父の男

上野たすく

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星に願いを

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 午後六時。
 昭弘はホールケーキを土産に帰ってきた。

「なんで?」
「食べたかったから」

 心の中で首を傾げる。
 昭弘と目が合わない。

「仕事、どうだった?」
「書類、通ったよ」
「よかったな。ややこしい案件だったんだろ?」
「うん」

 新居の件を、引きずっているのだろうか。
 ナスの味噌汁をよそい、テーブルへ並べる。

「あのさ、マンションだけど」

 昭弘の動きが止まる。

「俺、川名とか」
「ごめん。その話は忘れてくれ」

 早口に言って、彼はその所業を笑顔で繕った。

「無理やり誘って悪かった。お前の言う通り、ここも、まだまだ住めるもんな。金は大事に使わないと」

 顔を洗ってくる、と洗面所へと歩を進めた、相手の手首を、きつく掴んだ。

「なにがあった?」
「……なにも……」

 昭弘の声が掠れる。

「言わなきゃ、わからない」

 男は項垂れ、背広の内ポケットから、なにかを取り出した。

「中野京子さんって、知っているか?」
「……ああ」

 紙切れを向けられる。
 受け取り、懐かしい、女の文字に目を走らせた。
 そこには住所と簡単な地図、そして、赤城庄次の携帯番号が載っていった。

「どういうこと?」
「彼、一年前、自殺未遂を犯したらしい」
「え?」

 昭弘の言葉に、頭がガンガンと痛みだす。

「中野さんは、お前と会えば、なにかが変えられると思って」
「どうして、俺?」
「彼がお前のことを、好きだからじゃないか?」
「だけど、あいつは中野と結婚するって」
「俺も、中野さんも、お前と赤城君が望むなら、身を引くつもりだ」
「……マジで言ってんの?」

 指が、くしゃりと、紙に皺を入れる。

「……ああ」

 苦心して笑ってみせた相手から視線を外した。

「わかった。赤城には会いに行く。でも、夜だし、今日はここにいるよ。飯、食べよ。ケーキ、腐っちまうぞ」
「悪い、疲れていて。今日はもう寝たいんだ」

 嘘だと思った。
 だけど、蛍はそれを追及しなかった。責めもしなかった。
 昭弘が着替えをし、床に就いたあと、夕食とケーキを冷蔵庫に仕舞い、携帯電話と財布をワンショルダーバックにつめ、外へ出て、アパートの階段を駆け下りた。
 赤城は実家から離れ、N大医学部近くに、一人暮らしをしているらしかった。
 地下鉄に乗り、中野のメモを、じっと見つめる。
 ぽた、ぽた、と何かが落ち、紙を握りしめた拳で、蛍は顔を隠した。

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