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第2章 王都フレンテと魔王の影
19話 始まりの剣
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パエーゼなる食べ物を買った俺は、店を出てひとまずご飯を食べられそうな場所をぶらぶら歩きながら目指すことにした。
人ごみの中を歩いてみてわかったのだが、この街の人は十人十色な見た目をしている。皆統一して民族チックな服装であることに変わりはないが、職業の違いなのかはたまた身分の違いなのか意匠やアクセサリーに違いがある上に、髪の毛の色まで様々だった。グレン村ではそれほどまでの違いはなかったように思われるので、やはりここフレンテのような大きな街には多種多様な人がいるのだなと自分のことを棚に上げて考える。
そうしてぼんやりと考え事をしながら歩いているうちに、気づけば俺は噴水の見える大きな公園にたどり着いていた。昼頃のゆったりとした時間の流れる公園内には小さな子供たちやベンチに座って世間話に花を咲かせるご老人たちの姿がちらほら見える。
とりあえずはここで昼食をとることにしよう。俺は空いているベンチに座り込むと、紙袋を開いて先ほど買ったパエーゼを取り出した。楕円形のパンのような食べ物は勝手から十分ほどたった今でも確かな温かみを俺の手に伝導している。中に何かとんでもないものが入っていないことを祈りつつパエーゼにかぶりつくと、馴染みのあるパンよりもいくらかずっしりとした食感に続いて柔らかい肉の食感が伝わり、噛みしめた途端にスパイスのきいた肉の味が口内に広がった。この世界に迷い込んで以来のガツンとしたジャンクな味に思わず唸る。なるほど、パエーゼは肉の包み焼きだったのか。昔、イタリアンのレストランでこんな感じの料理を食べた覚えがする。名前は確かカルツォーネだったか。グレン村での一件がトラウマになって、フレンテまでの旅路では干し肉すら食べられなかったが、ついに克服したからか、あるいは単に空腹だったからか、はたまたスパイスで味付けされているからか不思議と体が肉を嚥下することを拒まなかった。
おいしいのはいいのだが、この肉は何の肉なのだろうか。鶏肉のようなたんぱくさと牛肉のような赤身感を両方とも感じさせるような奇妙な肉は間違いなく食べたことのないものだ。ちらりと頭の中にペウルスやらキャルーやらのトカゲ連中がちらついたが考えなかったことにしよう。
久しぶりのなじみのある味付けに俺は夢中で頬張り続け、あっという間にパエーゼは俺の胃に収まってしまった。またあの店の近くを訪れることがあったら必ず買って食べよう。俺が心に決めつつベンチで休憩していると、俺の元に一人の老人が近づいてきた。そのままにこにこと笑って俺の隣に腰かける。
「旅のお方ですかな?」
「ええ、まあそんなところです」
俺の立場としては旅をしているというよりは帰ろうとしているという方が正しいかもしれないが、いちいち自分の境遇を長々述べるのもどうかと思うので俺は旅人という身分を名乗っている。
「おお、それならば始まりの剣を見に行かれるのがよいですぞ。あれがこの街の一番の名物ですからな」
「始まりの剣ですか……初耳ですね」
始まりの剣……。何の始まりを意味しているのか、というかそもそもなぜ県にそのよう名前がついているのか全く見当もつかない。
「旅のお方は聞いたことがないかもしれませんが、この国は大昔に一人の英雄によって建てられたのです。人に仇なす魔物の蔓延っていたこの土地を、その英雄は一振りの剣のみで切り拓き、後のフレンテとなる地にその剣を建国の証として突き立てたという逸話があり、ここフレンテの中心に岩に突き刺さったまさにその剣が抜かれないままにあるのですぞ。ゆえにフレントーラ王国の”始まりの剣”というわけですな」
「なるほど……。なかなかとんでもない方ですね、その英雄は」
「そうですな。英雄、つまり初代国王は人と魔物両方の血が流れていたともいわれるくらいの剛勇の士だったそうですからの。そんな王にあやかろうと、今でも各地から騎士やら兵士やらが始まりの剣を拝みに来るというわけですな」
「そうなんですね。興味が湧いてきたので見に行ってみようと思います。教えてくださってありがとうございます」
俺がそういうと、老人はよい旅を、旅のお方! と快活に俺に激励の言葉を送ってまた仲間の方へ去っていった。グレン村でも感じたのだが、この世界の人は元の世界の人よりも親切な人が多いように感じる。人に危害を加える魔物の存在があるからこそ自然と人々の間で団結感が生まれるのだろうと推察してみるが、この世界に来たばかりの俺にはそんな議論は甚だ早計というものだろう。
親切な人たちに心の中で頭を下げつつ、俺は老人の推薦に従って街の中心部に向かうことにした。
「すごい人ごみだな……」
独り言ちる俺の眼前に広がるのはおびただしい人、人、人……。その人々が皆目を向ける先に、細かな装飾の刻まれた台座に突き刺さる無骨な剣があった。
老人と出会った公園から歩くこと三十分。次第に緩やかな丘の上に立つ城が見え始めたところで段々と人の密度が増していき、城への道から西に逸れた道を少し進むと件の剣の刺さった台座とそれを囲う人ごみがあったのだ。
前方約二十メートル先に少し高くなったステージとその上に台座があり、台座のそばに人が近寄りすぎないように見張っている二人の兵士の姿が見える。彼らも門番の彼よろしく、全身鎧に身を包んでおり相当に暑そうだ。お疲れ様です、と心の中で彼らをねぎらいながら俺はとりあえず周囲を歩いてみることにした。
台座を中心としておおよそ直径五十メートルほどの円形の広場であるここは、外周に沿って出店が立ち並び、あたかも夏祭りでもやっているのかというような雰囲気に包まれている。始まりの剣のレプリカやら、剣を模した串が刺さった肉やら、果たして本当に初代国王に敬意を払っているのかいささか疑問が残るものを売る出店も見える。この世界の商人たちの商売根性に感心しながら歩いていく。
半周ほど広場を回ったところで、一見無秩序にあふれる人ごみの中に長い列が出来ていることに気が付いた。列の最後尾には「さいご」と書かれた看板を持った女性が立っている。別に列に並ぶのが好きというわけではない、というかテーマパークなどでアトラクションを待つのは嫌いだが、好奇心に駆られて俺はその女性に聞いてみることにした。
「すみません、この行列って何のために並んでいるんですか?」
俺の質問に彼女は完璧な営業スマイルを崩さずに返答する。
「こちらは始まりの剣を引き抜く挑戦をされる方の列です」
「そ、そうなんですか……。でもそれって初代国王様になんというか無礼ではないんですかね……?」
元の世界に置き換えるならば、会社の定礎を創始者に無断で持ち去ろうとしているようなものではないか。いや、それがこの世界においては当然のことという説もありうる。この世界の常識について自分はまだまだ理解が足りないだけなのかもしれない。
「とんでもない、これは夏の一月の間この剣を引き抜くことが出来る者を探し、その者をその代の国王の近衛騎士として登用するという制度でして。初代国王のご意向に従ってこれまで二百年もの間この制度は続けられているんですよ。まあ、今ではその登用も強制ではなくなってしまったのでこの催しはただの力試しと化していますが……」
なるほど、ご本人きっての要望なのだからモラル的には大丈夫なのか……。ひとまずこの世界の常識が常軌を逸するほどではないことに安心した。
剣を抜くという話はアーサー王伝説にも似た話があった気がするが、あの伝説では確か剣を引き抜いてアーサーが王になったはずだ。冷静になって考えてみれば、一般人を突然王にするのは政治的に大丈夫なのかという疑問が残るので、近衛騎士というのがどれほどの権力を持つのか定かではないにしろ、まだフレントーラ王国の制度の方がましかもしれない。しかし、蛮勇な初代国王のことだから力あるものを王にしてしまいそうなものだが、部下にでも止められたのだろうか。
答えの分からない不毛な推察は置いておくとして、今も始まりの剣が抜かれていないということはこれまでの歴史の中で一度も剣が抜かれたことがないのだろうか。いや、抜いた剣をもう一度刺しこんでいるという説もあるか……?
「今までの歴史の中でこの剣が抜かれたことは一度もありません。抜かれた剣は抜いた本人に譲渡されるとも伝えられていますしね」
質問を投げかけるとお姉さんが丁寧に答えてくれた。しかしそうなると初代国王は一体どれだけの力で、かつどれだけ固い岩に剣を突き刺したのか謎が深まる。これは自分でも触って確かめてみたい。
「えっと、じゃあ、俺も参加していいですか?」
「もちろん! ではこちらに並んでお待ちください。あと少しで始まりますので」
俺の立候補に彼女はにこやかに頷いて、俺を列の最後尾に導いた。元の世界への帰り方を探すという本来の目的とは逸れるが、まあ少しくらいはいいだろう。広場の空気に飲まれた俺はそう呑気に考えながら屈強な男の後方に並んだ。
俺が列に並んでからさらに数人が列に加わった。列に並んでいるのは皆筋骨隆々の男たちで、典型的もやし人間である俺が無謀にもここに並んでいることが申し訳なってくるが、もう並んでしまったのだ。ここでやめます! と尻尾を巻いて逃げ出すのはここまでの時間の無駄になってしまうし、なによりこんな男なら誰しも憧れるような体験を逃すのは男が廃るというものだ。
そわそわしながら待っていると、突如列の前から大きな声が響いた。何かの騒ぎかと前方を見やると中央のステージの上に一人の男が立っている。
「お待たせいたしました! それではこれより始まりの剣の力試しを開催いたします! この剣を抜く建国以来の猛者は果たして現れるのか、ぜひぜひ最後までご覧ください! それでは最初の挑戦者です!!」
男の宣言とともに観衆から割れんばかりの大歓声が轟き、列の最初に並んでいた男がステージへの階段を上っていった。ここからでも分かるほどにその男は筋骨隆々。観衆の前に立ちその筋肉を見せつけるようにポージングをして歓声を受け取ると、男は台座の前に立ち、剣の柄を両手で握りしめた。深呼吸を一息入れた直後、唸り声とともに剣を引き抜こうとする。周囲から、頑張れ! やら、もっと気合い入れろ! やらの声が上がっているが、相当踏ん張っているはずの男は剣を引き抜く体勢のまま動かない。男が滝のような汗を流しながら剣を引っ張るも、剣はピクリとも動かなかった。そのまま制限時間となり、司会の男の終了宣言で挑戦者は剣を手放して倒れこんだ。周りから挑戦者の敢闘を称賛するように拍手が送られる。
見た感じ男が手を抜いているようには到底見えなかったので、いよいよ始まりの剣の伝説が真実味を増してきた。あんなマッチョが挑んでも抜けないということは、もしかすると魔法的な何かで剣が固定されているのかもしれない。あるいは剣が錨のような形をしているとか……いや、ないか。
そんな調子で力試しは進んでいき、ついに俺の番がやって来た。つまり俺の前の挑戦者たちは剣を引き抜けなかったわけなのだが、だからと言って俺が剣を抜けるなどとは全く思えなかったので、まあ思い出程度に……くらいのテンションでステージに上った。開始から上がり続けている観衆のボルテージに思わず気圧されそうになるが、思い出作り、思い出作り……と心を落ち着けて白銀色の剣がそびえる台座の前に立った。夏の陽光を受けて、今まさに磨き上げられたばかりのように錆一つなく輝いている姿が始まりの剣の特異性を訴えている。これまでの挑戦者に倣って大きく深呼吸をすると、俺はちょうど胸当たりの高さにある柄を握りしめた。革とも木ともつかない不思議な感触が手のひらに伝わってくる。
「せー、のッ!!」
掛け声とともに剣を思い切り上に引っ張った。その瞬間、始まりの剣はするりと台座がから引き抜かれた! ……という王道的ヒロイックファンタジーが展開されるわけもなく、俺の体は引き抜こうとした動きから全く動いていない。ぐぬぬ、と呻き声を上げながらどうにか引き抜こうと試みたが、結局その努力もむなしく時間切れとなってしまった。心なしか乾いて聞こえる拍手に見送られてステージを降りると、イベントスタッフなのであろう女性が参加賞です! お疲れさまでした! と言って俺に紙切れを手渡した。どうやら先ほど出店で見た串焼きの半額券らしい。この広場の中で何が何でも金を落とさせようという強い意志を感じさせられるなあとエネルギー切れの脳でぼんやりと考える。まあ面白い体験もできたことだし、それくらいの出費ならいいだろう。出店に行って串焼きを買うと俺は広場を後にした。この串焼きもパエーゼよろしく拒否反応を起こすことなく食べられた。グレン村での惨状を目にして、いくつもの命を奪ってもなお平気で肉を食べられるようになってしまった俺の精神性に、なんとなく気持ち悪さを覚えた。
広場を出てしばらく当てもなく歩いているうち、俺は重大なことを忘れていることに気が付いた。
「今日、どこに泊まるんだ……?」
そう気づいたときには太陽はすでに大きく傾いていた。
人ごみの中を歩いてみてわかったのだが、この街の人は十人十色な見た目をしている。皆統一して民族チックな服装であることに変わりはないが、職業の違いなのかはたまた身分の違いなのか意匠やアクセサリーに違いがある上に、髪の毛の色まで様々だった。グレン村ではそれほどまでの違いはなかったように思われるので、やはりここフレンテのような大きな街には多種多様な人がいるのだなと自分のことを棚に上げて考える。
そうしてぼんやりと考え事をしながら歩いているうちに、気づけば俺は噴水の見える大きな公園にたどり着いていた。昼頃のゆったりとした時間の流れる公園内には小さな子供たちやベンチに座って世間話に花を咲かせるご老人たちの姿がちらほら見える。
とりあえずはここで昼食をとることにしよう。俺は空いているベンチに座り込むと、紙袋を開いて先ほど買ったパエーゼを取り出した。楕円形のパンのような食べ物は勝手から十分ほどたった今でも確かな温かみを俺の手に伝導している。中に何かとんでもないものが入っていないことを祈りつつパエーゼにかぶりつくと、馴染みのあるパンよりもいくらかずっしりとした食感に続いて柔らかい肉の食感が伝わり、噛みしめた途端にスパイスのきいた肉の味が口内に広がった。この世界に迷い込んで以来のガツンとしたジャンクな味に思わず唸る。なるほど、パエーゼは肉の包み焼きだったのか。昔、イタリアンのレストランでこんな感じの料理を食べた覚えがする。名前は確かカルツォーネだったか。グレン村での一件がトラウマになって、フレンテまでの旅路では干し肉すら食べられなかったが、ついに克服したからか、あるいは単に空腹だったからか、はたまたスパイスで味付けされているからか不思議と体が肉を嚥下することを拒まなかった。
おいしいのはいいのだが、この肉は何の肉なのだろうか。鶏肉のようなたんぱくさと牛肉のような赤身感を両方とも感じさせるような奇妙な肉は間違いなく食べたことのないものだ。ちらりと頭の中にペウルスやらキャルーやらのトカゲ連中がちらついたが考えなかったことにしよう。
久しぶりのなじみのある味付けに俺は夢中で頬張り続け、あっという間にパエーゼは俺の胃に収まってしまった。またあの店の近くを訪れることがあったら必ず買って食べよう。俺が心に決めつつベンチで休憩していると、俺の元に一人の老人が近づいてきた。そのままにこにこと笑って俺の隣に腰かける。
「旅のお方ですかな?」
「ええ、まあそんなところです」
俺の立場としては旅をしているというよりは帰ろうとしているという方が正しいかもしれないが、いちいち自分の境遇を長々述べるのもどうかと思うので俺は旅人という身分を名乗っている。
「おお、それならば始まりの剣を見に行かれるのがよいですぞ。あれがこの街の一番の名物ですからな」
「始まりの剣ですか……初耳ですね」
始まりの剣……。何の始まりを意味しているのか、というかそもそもなぜ県にそのよう名前がついているのか全く見当もつかない。
「旅のお方は聞いたことがないかもしれませんが、この国は大昔に一人の英雄によって建てられたのです。人に仇なす魔物の蔓延っていたこの土地を、その英雄は一振りの剣のみで切り拓き、後のフレンテとなる地にその剣を建国の証として突き立てたという逸話があり、ここフレンテの中心に岩に突き刺さったまさにその剣が抜かれないままにあるのですぞ。ゆえにフレントーラ王国の”始まりの剣”というわけですな」
「なるほど……。なかなかとんでもない方ですね、その英雄は」
「そうですな。英雄、つまり初代国王は人と魔物両方の血が流れていたともいわれるくらいの剛勇の士だったそうですからの。そんな王にあやかろうと、今でも各地から騎士やら兵士やらが始まりの剣を拝みに来るというわけですな」
「そうなんですね。興味が湧いてきたので見に行ってみようと思います。教えてくださってありがとうございます」
俺がそういうと、老人はよい旅を、旅のお方! と快活に俺に激励の言葉を送ってまた仲間の方へ去っていった。グレン村でも感じたのだが、この世界の人は元の世界の人よりも親切な人が多いように感じる。人に危害を加える魔物の存在があるからこそ自然と人々の間で団結感が生まれるのだろうと推察してみるが、この世界に来たばかりの俺にはそんな議論は甚だ早計というものだろう。
親切な人たちに心の中で頭を下げつつ、俺は老人の推薦に従って街の中心部に向かうことにした。
「すごい人ごみだな……」
独り言ちる俺の眼前に広がるのはおびただしい人、人、人……。その人々が皆目を向ける先に、細かな装飾の刻まれた台座に突き刺さる無骨な剣があった。
老人と出会った公園から歩くこと三十分。次第に緩やかな丘の上に立つ城が見え始めたところで段々と人の密度が増していき、城への道から西に逸れた道を少し進むと件の剣の刺さった台座とそれを囲う人ごみがあったのだ。
前方約二十メートル先に少し高くなったステージとその上に台座があり、台座のそばに人が近寄りすぎないように見張っている二人の兵士の姿が見える。彼らも門番の彼よろしく、全身鎧に身を包んでおり相当に暑そうだ。お疲れ様です、と心の中で彼らをねぎらいながら俺はとりあえず周囲を歩いてみることにした。
台座を中心としておおよそ直径五十メートルほどの円形の広場であるここは、外周に沿って出店が立ち並び、あたかも夏祭りでもやっているのかというような雰囲気に包まれている。始まりの剣のレプリカやら、剣を模した串が刺さった肉やら、果たして本当に初代国王に敬意を払っているのかいささか疑問が残るものを売る出店も見える。この世界の商人たちの商売根性に感心しながら歩いていく。
半周ほど広場を回ったところで、一見無秩序にあふれる人ごみの中に長い列が出来ていることに気が付いた。列の最後尾には「さいご」と書かれた看板を持った女性が立っている。別に列に並ぶのが好きというわけではない、というかテーマパークなどでアトラクションを待つのは嫌いだが、好奇心に駆られて俺はその女性に聞いてみることにした。
「すみません、この行列って何のために並んでいるんですか?」
俺の質問に彼女は完璧な営業スマイルを崩さずに返答する。
「こちらは始まりの剣を引き抜く挑戦をされる方の列です」
「そ、そうなんですか……。でもそれって初代国王様になんというか無礼ではないんですかね……?」
元の世界に置き換えるならば、会社の定礎を創始者に無断で持ち去ろうとしているようなものではないか。いや、それがこの世界においては当然のことという説もありうる。この世界の常識について自分はまだまだ理解が足りないだけなのかもしれない。
「とんでもない、これは夏の一月の間この剣を引き抜くことが出来る者を探し、その者をその代の国王の近衛騎士として登用するという制度でして。初代国王のご意向に従ってこれまで二百年もの間この制度は続けられているんですよ。まあ、今ではその登用も強制ではなくなってしまったのでこの催しはただの力試しと化していますが……」
なるほど、ご本人きっての要望なのだからモラル的には大丈夫なのか……。ひとまずこの世界の常識が常軌を逸するほどではないことに安心した。
剣を抜くという話はアーサー王伝説にも似た話があった気がするが、あの伝説では確か剣を引き抜いてアーサーが王になったはずだ。冷静になって考えてみれば、一般人を突然王にするのは政治的に大丈夫なのかという疑問が残るので、近衛騎士というのがどれほどの権力を持つのか定かではないにしろ、まだフレントーラ王国の制度の方がましかもしれない。しかし、蛮勇な初代国王のことだから力あるものを王にしてしまいそうなものだが、部下にでも止められたのだろうか。
答えの分からない不毛な推察は置いておくとして、今も始まりの剣が抜かれていないということはこれまでの歴史の中で一度も剣が抜かれたことがないのだろうか。いや、抜いた剣をもう一度刺しこんでいるという説もあるか……?
「今までの歴史の中でこの剣が抜かれたことは一度もありません。抜かれた剣は抜いた本人に譲渡されるとも伝えられていますしね」
質問を投げかけるとお姉さんが丁寧に答えてくれた。しかしそうなると初代国王は一体どれだけの力で、かつどれだけ固い岩に剣を突き刺したのか謎が深まる。これは自分でも触って確かめてみたい。
「えっと、じゃあ、俺も参加していいですか?」
「もちろん! ではこちらに並んでお待ちください。あと少しで始まりますので」
俺の立候補に彼女はにこやかに頷いて、俺を列の最後尾に導いた。元の世界への帰り方を探すという本来の目的とは逸れるが、まあ少しくらいはいいだろう。広場の空気に飲まれた俺はそう呑気に考えながら屈強な男の後方に並んだ。
俺が列に並んでからさらに数人が列に加わった。列に並んでいるのは皆筋骨隆々の男たちで、典型的もやし人間である俺が無謀にもここに並んでいることが申し訳なってくるが、もう並んでしまったのだ。ここでやめます! と尻尾を巻いて逃げ出すのはここまでの時間の無駄になってしまうし、なによりこんな男なら誰しも憧れるような体験を逃すのは男が廃るというものだ。
そわそわしながら待っていると、突如列の前から大きな声が響いた。何かの騒ぎかと前方を見やると中央のステージの上に一人の男が立っている。
「お待たせいたしました! それではこれより始まりの剣の力試しを開催いたします! この剣を抜く建国以来の猛者は果たして現れるのか、ぜひぜひ最後までご覧ください! それでは最初の挑戦者です!!」
男の宣言とともに観衆から割れんばかりの大歓声が轟き、列の最初に並んでいた男がステージへの階段を上っていった。ここからでも分かるほどにその男は筋骨隆々。観衆の前に立ちその筋肉を見せつけるようにポージングをして歓声を受け取ると、男は台座の前に立ち、剣の柄を両手で握りしめた。深呼吸を一息入れた直後、唸り声とともに剣を引き抜こうとする。周囲から、頑張れ! やら、もっと気合い入れろ! やらの声が上がっているが、相当踏ん張っているはずの男は剣を引き抜く体勢のまま動かない。男が滝のような汗を流しながら剣を引っ張るも、剣はピクリとも動かなかった。そのまま制限時間となり、司会の男の終了宣言で挑戦者は剣を手放して倒れこんだ。周りから挑戦者の敢闘を称賛するように拍手が送られる。
見た感じ男が手を抜いているようには到底見えなかったので、いよいよ始まりの剣の伝説が真実味を増してきた。あんなマッチョが挑んでも抜けないということは、もしかすると魔法的な何かで剣が固定されているのかもしれない。あるいは剣が錨のような形をしているとか……いや、ないか。
そんな調子で力試しは進んでいき、ついに俺の番がやって来た。つまり俺の前の挑戦者たちは剣を引き抜けなかったわけなのだが、だからと言って俺が剣を抜けるなどとは全く思えなかったので、まあ思い出程度に……くらいのテンションでステージに上った。開始から上がり続けている観衆のボルテージに思わず気圧されそうになるが、思い出作り、思い出作り……と心を落ち着けて白銀色の剣がそびえる台座の前に立った。夏の陽光を受けて、今まさに磨き上げられたばかりのように錆一つなく輝いている姿が始まりの剣の特異性を訴えている。これまでの挑戦者に倣って大きく深呼吸をすると、俺はちょうど胸当たりの高さにある柄を握りしめた。革とも木ともつかない不思議な感触が手のひらに伝わってくる。
「せー、のッ!!」
掛け声とともに剣を思い切り上に引っ張った。その瞬間、始まりの剣はするりと台座がから引き抜かれた! ……という王道的ヒロイックファンタジーが展開されるわけもなく、俺の体は引き抜こうとした動きから全く動いていない。ぐぬぬ、と呻き声を上げながらどうにか引き抜こうと試みたが、結局その努力もむなしく時間切れとなってしまった。心なしか乾いて聞こえる拍手に見送られてステージを降りると、イベントスタッフなのであろう女性が参加賞です! お疲れさまでした! と言って俺に紙切れを手渡した。どうやら先ほど出店で見た串焼きの半額券らしい。この広場の中で何が何でも金を落とさせようという強い意志を感じさせられるなあとエネルギー切れの脳でぼんやりと考える。まあ面白い体験もできたことだし、それくらいの出費ならいいだろう。出店に行って串焼きを買うと俺は広場を後にした。この串焼きもパエーゼよろしく拒否反応を起こすことなく食べられた。グレン村での惨状を目にして、いくつもの命を奪ってもなお平気で肉を食べられるようになってしまった俺の精神性に、なんとなく気持ち悪さを覚えた。
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