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第2章 王都フレンテと魔王の影
28話 継承
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「で、できたのか……?」
マナーゼンの秘技にして体術と魔法の合わせ技、”纏い”。体内のマナを消費して人体のみでは不可能な加速を発生させるその技を、数えきれないほどの試行回数の後、俺はついに成功させたのだった。
ひとまず俺は投擲した石が直撃したと思われる標的の魔物の元まで向かった。一応まだ抵抗してくる可能性を加味して剣を鞘から抜いて構えて進むと、そこにあったのはすでに灰になってしまった魔物の残骸だった。どうやら投石がきれいに件の魔物ホッペンの命を刈り取ってしまったらしい。灰の中をさらってビー玉ほどの小ぶりな魔石を回収すると俺はそばの岩に座り込んだ。
いつもは剣で切って魔物を殺しているために、軽減されてきたとはいえある程度の罪悪感というか命を奪っている感覚があるが、今回はその感覚が弱かった。いや、本質的に命を奪っている行為であるという事実に相違は何一つとしてないが、心情的な問題として見るならばこの方法の方がまだ抵抗感が少ないように感じる。それも所詮人間のエゴに過ぎないということには呆れてしまうが。
そこはかとなく複雑な心境になりながら先ほどの現象を振り返ってみる。ローガンさんが俺に手本を見せてくれた時には、彼の繰り出した蹴りに追従する青い光はさほど多くなかったように思う。しかし、さっきの俺の腕からは花火か何かだとでもいうように盛大に紫色の光が迸っていた。推測するにまだまだ俺のマナの変換能力が甘く、推進力に変換される効率が悪いために起こった現象なのだろう。まだまだ奥は深いんだなあと他人事のように感じて、再び俺は狩りに戻ることにした。
その後の狩りでも何度か纏いを発動して分かったことだが、この技はかなり燃費が悪い。魔法というのは詠唱によって何らかの仕組みに沿ってマナが消費されていくため、マナの変換効率はそこそこ良い。一方、纏いというのはいわば強引に詠唱というステップを省略した技術と言えるので、マナの変換は完全にこちらの技量に委ねられ、ゆえに身につけたばかりの俺は変換効率がひどく悪いのだ。解決策を何か考えるか、あるいは奥の手として取っておくかの二択に絞ることを課題にして、マナの残りが心許なくなった俺はここで狩りをやめて王都への帰路に就いた。
翌日。
ランニング後に公園に向かうと今日は杖を持ってローガンさんが待っていた。
「おはようございます、ソーマさん。纏いはできるようになりましたかな?」
「おはようございます。昨日狩りの中でなんとなくですができるようになりましたよ!」
纏いが出来るようになった嬉しさから思わず元気よく反応してしまい時少し恥ずかしいが、そんなことは気にせずローガンさんはおお! と嬉しそうに笑った。
「さすがソーマさん、飲み込みが早いですな。やはりワシの目に間違いはありませんでしたな。それでは一度纏いをワシに見せていただけますかの?」
ローガンさんからの申し出に頷くと、俺は昨日のローガンさんに倣って右足にマナを集中させ始めた。マナが十分に集まったのを確認して、俺は上段蹴りを繰り出した。イメージするのは足を向かう方向への落下。意識が収束していき加速した視界の中で、水平ほどになった足先から紫色の光が溢れ出した。その途端さらなる推進力を得て蹴り上げた足は紫の尾を引きながら空を切り裂く。風切り音を周囲に響かせながら上段に到達したのち、幾分少なくなった光の粒子を振り払うようにして元の位置に足を戻す。相変わらず馬鹿みたいに光が出てしまうが、果たしてローガンさんの評価はどうだろうか。
少し心配になりながらローガンさんの顔を伺うと、その懸念は杞憂だったようで、我が事のように笑顔になっているローガンさんの姿がそこにはあった。
「素晴らしい! たった一日でそこまでものにするとは、いやはやいつワシも追い抜かれてしまうのかひやひやしてしまいますな」
「ローガンさんがやった時と違ってものすごく光が出るんですけど大丈夫なんですかね……?」
「最初はそんなもんです。慣れてくればもっとうまく力に変えられるようになりましょう」
ローガンさんの言葉で引っ掛かっていた疑問が解消されて少し安心できた。どれほど練習すればローガンさんの域までたどり着くことが出来るのかてんで分からないが、元の世界に戻るには長期間を要しそうだし、まあ気長にやっていくとしよう。
俺が纏いを披露したのち、ローガンさんが徐に口を開いた。
「今回ソーマさんに稽古をつけるのを決めたのは、実は纏いを習得してもらうためだったのです。昔、ワシがまだ若い頃はほとんどのマナーゼンが纏いをすることができていました。しかし時間が経つにつれ、纏いという技術を使うことが出来るマナーゼンはどんどんいなくなっていき、今ではワシらのような老いぼれぐらいしか使わない技となってしまったんです」
ゆっくりと言葉を紡いでいくローガンさんの目にはマナーゼンの現状を憂う悲しげな光が灯っていた。纏いのような手札となりうる技術が廃れていくのはなぜなのだろうか。
「それは、纏いが習得難易度の高い技術だから……ですか?」
俺の推測にローガンさんは頷くと静かに続きを話し始める。
「ソーマさんの言う通り、纏いの難しさも大きな原因なのでしょうな。そもそも魔法の心得がないとマナを操作するというのは難しいでしょうし、それをさらに体術と組み合わせるとなると誰も進んでやりたがらないですな。そして、纏いを成功させたソーマさんならわかるでしょうが、纏いというのは燃費の悪い技です。ゆえに纏いで瞬間的な火力を得るよりも、魔法のような安定かつ高燃費の手段を選ぶようになってしまったのです」
ひとしきり話し終えて、ローガンさんは大きくため息をついた。出会って一週間ほどしか徹底内俺が言うのもなんだが、こんなに悲しそうなローガンさんは初めて見た。
「だから、俺に纏いを習得させようとしたんですか」
「そうですな。あなたの目には何かを追い求める輝きがある。その道を切り開くために、纏いという技がきっと役に立つと確信してのことなのです」
なるほど。このまま纏いを廃れさせるよりは、異邦者である俺にその技を説いて継承していくほうが良いと判断したのだろう。そう実感した途端、歴代の纏いの使い手のマナーゼンたちの思いを背負っている気がして、なんとなく引き締まるような気分になった。
「俺が、きっと纏いを役立てて見せます」
思わず口を突いて出た言葉だったが、間違いなくそれは俺の本心だった。俺の言葉を聞いてローガンさんが目を見開く。そして若干震える手で俺の手を握った。
「ソーマさん、ありがとうございます……。これで稽古を終わりですが、ソーマさんが追い求めることが達成されることをワシは心より祈っておりますぞ。きっとオーベルセルムにも打ち勝てましょう!」
強く握手した俺たちをまぶしい朝日が照らしていた。
「では纏いを託すお礼として、ソーマさんに新しい剣を差し上げましょう。いつまでも借り物ではいけませんしな」
公園を後にした俺たちは、ローガンさんの提案で王都南東部にある商店街を訪れることになった。お言葉に甘えて俺はローガンさんに新たな得物を買ってもらえることになり、以前胸当てやらを買った防具屋の隣にある武器屋に入った。
店内には丁寧に磨き上げられた剣や戦斧などがずらりと並び、まさにファンタジーというような雰囲気を醸し出している。
「ソーマさんは重い攻撃というよりは素早さを生かした戦い方が得意ですから……、いやしかしなかなか荒々しい使い方をしなさるので丈夫なものがよろしいでしょうな」
「あ、あはは……。丁寧に使いたいのはやまやまなんですけど、ついつい荒っぽくなっちゃうんですよね」
ローガンさんににやりと笑われて苦笑いしかできない俺を、武器屋の店主のおっさんまでもが愉快そうに笑っていた。まあ剣を雑に扱う嫌な奴だと嫌われなかっただけでも御の字だとしておこう。
「ふむ、ではこちらがよろしいでしょうな。どれ、ソーマさん、持ってみてくださいな」
ローガンさんが選んだのは、俺がへし折ってしまったグアルドの剣よりも少し幅広い長剣だった。刀身が滑らかに鍔につながるようなデザインになっており、刃の腹部分は濡れたように黒く加工が施されている。しかし装飾的なものはそれくらいで、それ以外は何とも地味、というか無骨な剣だった。
ローガンさんにそんな剣を手渡され、とりあえず柄を握りこんだ。……軽い。前の長剣よりも体積は大きくなっているはずなのに、重量はほとんど変わっていない。俺が驚きを隠せない顔で剣を持っていると、いつの間に現れたのか武器屋の店主が待ってましたとばかりに解説をし始めた。
「そいつぁほんの少しだが魔法銀が入っていてな、だから丈夫で軽いっつう夢みてえな剣なんだ。……まあ多少値は張るが、そんなすげえ剣が手に入るなら安いもんだぜ」
魔法銀なる物質が何なのかはよくわからないが、とにかく丈夫で軽量というのは確かに俺にとってはとても扱いやすい剣だ。実際に剣を振って感触を確かめてみたいが店の中でぶんぶん振り回すわけにもいかないよなあときょろきょろ辺りを見回していると、それに気づいた店主が店の奥を指さす。
「カウンターの横に扉があるのが見えるだろ。そこから裏に出られるから少し振ってきたらどうだ?」
「いいんですか!? ありがとうございます!」
俺は剣をほかの商品たちにぶつけないように慎重に運んで扉の先へ進む。そこにあったのは柵で仕切られた屋外だった。柵で仕切られているとはいっても武器を振り回す分には十分な広さがある。剣を正面に構えて振り下ろし、手首を返して斜め上に切り上げてからの袈裟切り、そして左後方に溜めて横薙ぎ。まるで剣先まで自分の体の一部であるように取り回しが正確にできる。重量もグアルドの剣とほぼ変わらないので違和感はない。それから何度か剣を振って感覚を確かめてから、この剣にすることを伝えるために再び店内に戻った。
「またひいきにしてくれよ!」
店主の野太い声に送られながら俺たちは武器屋を後にした。結局選んだのはローガンさんに推薦してもらった例の剣で、鞘までつけて総額二万四千レカ。パエーゼは一個六十レカなので、一気に四百個買えるほどの大金になってしまう。値段を聞いてやっぱりもう少し安いものにします! と言おうとしたときにはすでにローガンさんは店主に金貨二枚と銀貨四枚を支払っていたため、今更撤回することもできず壊れた機械のようにローガンさんに頭を下げまくった。
「金なんてものは使わなければ意味がありませんからの。そして使うのもこんな老いぼれよりも若い者のために、ですな。まあ気になるのならいつか大物になって返しに来てくださいな、ほっほ」
そんないつもの涼しげな調子で笑うと、ローガンさんは俺に剣を手渡した。さっきは軽く感じた剣が少し重くなったように感じる。もう一度深く礼をして俺たちはここで解散することになった。
そして、ローガンさんから剣をもらった日から数日経ったとある日。
ローガンさんとの修行が終わったために午前中からマナーゼンのギルドを訪れた俺に、カウンターでギルドの職員であるエナセラさんが不安げな面持ちで話しかけてきた。
「ソウマ様、今日も狩りに向かわれるご予定ですか?」
「え? ああ、はい。今日も行く予定ですけど……」
いつもはそんなことなんて聞いてこないのに一体どうしたのだろうか。エナセラさんの様子の原因を探ろうとして辺りを見回した俺の視界にまさにその原因だと思われるものが飛び込んできた。壁に駆けられた天候の予測する魔道具。その装置は大雨を予報する紫色に淡く光っていた。
「今日は雨が降るから俺を気遣っていただいたんですね」
「……はい。前回あんなことが起こった以上、このような雨の日に狩りに行くことは推奨できません。無礼を承知で申し上げます、雨の日の行動はもっと経験を積んでからがよろしいかと思われます」
確かにローガンさんの下で修業を積んだ今でも確実に大ガニの魔物オーベルセルムに勝てるかはわからないだろう。しかし、そんな理性的・合理的な判断を上回るように何か熱い意志が俺の心には宿っていた。なぜ危険を冒してまでオーベルセルムにリベンジしたいのか、自分でもよく分からなかった。だがその赤熱した意志が、ただ前へ前へと俺を突き動かしていたのだった。
「心配していただいてありがとうございます。……でも、俺は行きます。そうしないと駄目な気がするんです」
そう言ってエナセラさんの反対を半ば強引に押し切ると、俺は次第に曇りつつある空の下を街の外へ向かった。
南の森の中で仇敵を探し求める俺の視界には、なぜだか紫の光がちらついているように見えた。
そして、運命の瞬間は唐突に訪れた。晴れた日よりも幾分少ない魔物を狩りながら森を進んでいく俺の背後から聞き覚えのある地鳴り音が響いてきた。地面を踏み鳴らす振動だけではない、びりびりという独特の緊張感を肌で感じながら俺はゆっくりと振り返る。
目線の先にあるのは見覚えのある暗緑色の巨大な鎧。片方の眼球には俺が投擲した短剣が突き刺さったままだが、失ったはずの一対の鋏はきれいに元通りの大きさにまで再生している。
まさか再び同一個体と遭遇しようとは、単なる偶然か、あるいは神の思し召しか。心の底にこびりついた恐怖心をこそぎ落とすように深呼吸をすると、俺は勢いよく剣を引き抜いて気合の雄たけびを上げる。
「リベンジマッチだッ!! かかってこいッ!!」
俺の叫びに応えるように、大ガニの化け物オーベルセルムも目玉をぎょろりと動かして、鋏を掲げて見せた。雨の森の血戦、第二ラウンドの火蓋がついに切られた。
マナーゼンの秘技にして体術と魔法の合わせ技、”纏い”。体内のマナを消費して人体のみでは不可能な加速を発生させるその技を、数えきれないほどの試行回数の後、俺はついに成功させたのだった。
ひとまず俺は投擲した石が直撃したと思われる標的の魔物の元まで向かった。一応まだ抵抗してくる可能性を加味して剣を鞘から抜いて構えて進むと、そこにあったのはすでに灰になってしまった魔物の残骸だった。どうやら投石がきれいに件の魔物ホッペンの命を刈り取ってしまったらしい。灰の中をさらってビー玉ほどの小ぶりな魔石を回収すると俺はそばの岩に座り込んだ。
いつもは剣で切って魔物を殺しているために、軽減されてきたとはいえある程度の罪悪感というか命を奪っている感覚があるが、今回はその感覚が弱かった。いや、本質的に命を奪っている行為であるという事実に相違は何一つとしてないが、心情的な問題として見るならばこの方法の方がまだ抵抗感が少ないように感じる。それも所詮人間のエゴに過ぎないということには呆れてしまうが。
そこはかとなく複雑な心境になりながら先ほどの現象を振り返ってみる。ローガンさんが俺に手本を見せてくれた時には、彼の繰り出した蹴りに追従する青い光はさほど多くなかったように思う。しかし、さっきの俺の腕からは花火か何かだとでもいうように盛大に紫色の光が迸っていた。推測するにまだまだ俺のマナの変換能力が甘く、推進力に変換される効率が悪いために起こった現象なのだろう。まだまだ奥は深いんだなあと他人事のように感じて、再び俺は狩りに戻ることにした。
その後の狩りでも何度か纏いを発動して分かったことだが、この技はかなり燃費が悪い。魔法というのは詠唱によって何らかの仕組みに沿ってマナが消費されていくため、マナの変換効率はそこそこ良い。一方、纏いというのはいわば強引に詠唱というステップを省略した技術と言えるので、マナの変換は完全にこちらの技量に委ねられ、ゆえに身につけたばかりの俺は変換効率がひどく悪いのだ。解決策を何か考えるか、あるいは奥の手として取っておくかの二択に絞ることを課題にして、マナの残りが心許なくなった俺はここで狩りをやめて王都への帰路に就いた。
翌日。
ランニング後に公園に向かうと今日は杖を持ってローガンさんが待っていた。
「おはようございます、ソーマさん。纏いはできるようになりましたかな?」
「おはようございます。昨日狩りの中でなんとなくですができるようになりましたよ!」
纏いが出来るようになった嬉しさから思わず元気よく反応してしまい時少し恥ずかしいが、そんなことは気にせずローガンさんはおお! と嬉しそうに笑った。
「さすがソーマさん、飲み込みが早いですな。やはりワシの目に間違いはありませんでしたな。それでは一度纏いをワシに見せていただけますかの?」
ローガンさんからの申し出に頷くと、俺は昨日のローガンさんに倣って右足にマナを集中させ始めた。マナが十分に集まったのを確認して、俺は上段蹴りを繰り出した。イメージするのは足を向かう方向への落下。意識が収束していき加速した視界の中で、水平ほどになった足先から紫色の光が溢れ出した。その途端さらなる推進力を得て蹴り上げた足は紫の尾を引きながら空を切り裂く。風切り音を周囲に響かせながら上段に到達したのち、幾分少なくなった光の粒子を振り払うようにして元の位置に足を戻す。相変わらず馬鹿みたいに光が出てしまうが、果たしてローガンさんの評価はどうだろうか。
少し心配になりながらローガンさんの顔を伺うと、その懸念は杞憂だったようで、我が事のように笑顔になっているローガンさんの姿がそこにはあった。
「素晴らしい! たった一日でそこまでものにするとは、いやはやいつワシも追い抜かれてしまうのかひやひやしてしまいますな」
「ローガンさんがやった時と違ってものすごく光が出るんですけど大丈夫なんですかね……?」
「最初はそんなもんです。慣れてくればもっとうまく力に変えられるようになりましょう」
ローガンさんの言葉で引っ掛かっていた疑問が解消されて少し安心できた。どれほど練習すればローガンさんの域までたどり着くことが出来るのかてんで分からないが、元の世界に戻るには長期間を要しそうだし、まあ気長にやっていくとしよう。
俺が纏いを披露したのち、ローガンさんが徐に口を開いた。
「今回ソーマさんに稽古をつけるのを決めたのは、実は纏いを習得してもらうためだったのです。昔、ワシがまだ若い頃はほとんどのマナーゼンが纏いをすることができていました。しかし時間が経つにつれ、纏いという技術を使うことが出来るマナーゼンはどんどんいなくなっていき、今ではワシらのような老いぼれぐらいしか使わない技となってしまったんです」
ゆっくりと言葉を紡いでいくローガンさんの目にはマナーゼンの現状を憂う悲しげな光が灯っていた。纏いのような手札となりうる技術が廃れていくのはなぜなのだろうか。
「それは、纏いが習得難易度の高い技術だから……ですか?」
俺の推測にローガンさんは頷くと静かに続きを話し始める。
「ソーマさんの言う通り、纏いの難しさも大きな原因なのでしょうな。そもそも魔法の心得がないとマナを操作するというのは難しいでしょうし、それをさらに体術と組み合わせるとなると誰も進んでやりたがらないですな。そして、纏いを成功させたソーマさんならわかるでしょうが、纏いというのは燃費の悪い技です。ゆえに纏いで瞬間的な火力を得るよりも、魔法のような安定かつ高燃費の手段を選ぶようになってしまったのです」
ひとしきり話し終えて、ローガンさんは大きくため息をついた。出会って一週間ほどしか徹底内俺が言うのもなんだが、こんなに悲しそうなローガンさんは初めて見た。
「だから、俺に纏いを習得させようとしたんですか」
「そうですな。あなたの目には何かを追い求める輝きがある。その道を切り開くために、纏いという技がきっと役に立つと確信してのことなのです」
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「俺が、きっと纏いを役立てて見せます」
思わず口を突いて出た言葉だったが、間違いなくそれは俺の本心だった。俺の言葉を聞いてローガンさんが目を見開く。そして若干震える手で俺の手を握った。
「ソーマさん、ありがとうございます……。これで稽古を終わりですが、ソーマさんが追い求めることが達成されることをワシは心より祈っておりますぞ。きっとオーベルセルムにも打ち勝てましょう!」
強く握手した俺たちをまぶしい朝日が照らしていた。
「では纏いを託すお礼として、ソーマさんに新しい剣を差し上げましょう。いつまでも借り物ではいけませんしな」
公園を後にした俺たちは、ローガンさんの提案で王都南東部にある商店街を訪れることになった。お言葉に甘えて俺はローガンさんに新たな得物を買ってもらえることになり、以前胸当てやらを買った防具屋の隣にある武器屋に入った。
店内には丁寧に磨き上げられた剣や戦斧などがずらりと並び、まさにファンタジーというような雰囲気を醸し出している。
「ソーマさんは重い攻撃というよりは素早さを生かした戦い方が得意ですから……、いやしかしなかなか荒々しい使い方をしなさるので丈夫なものがよろしいでしょうな」
「あ、あはは……。丁寧に使いたいのはやまやまなんですけど、ついつい荒っぽくなっちゃうんですよね」
ローガンさんににやりと笑われて苦笑いしかできない俺を、武器屋の店主のおっさんまでもが愉快そうに笑っていた。まあ剣を雑に扱う嫌な奴だと嫌われなかっただけでも御の字だとしておこう。
「ふむ、ではこちらがよろしいでしょうな。どれ、ソーマさん、持ってみてくださいな」
ローガンさんが選んだのは、俺がへし折ってしまったグアルドの剣よりも少し幅広い長剣だった。刀身が滑らかに鍔につながるようなデザインになっており、刃の腹部分は濡れたように黒く加工が施されている。しかし装飾的なものはそれくらいで、それ以外は何とも地味、というか無骨な剣だった。
ローガンさんにそんな剣を手渡され、とりあえず柄を握りこんだ。……軽い。前の長剣よりも体積は大きくなっているはずなのに、重量はほとんど変わっていない。俺が驚きを隠せない顔で剣を持っていると、いつの間に現れたのか武器屋の店主が待ってましたとばかりに解説をし始めた。
「そいつぁほんの少しだが魔法銀が入っていてな、だから丈夫で軽いっつう夢みてえな剣なんだ。……まあ多少値は張るが、そんなすげえ剣が手に入るなら安いもんだぜ」
魔法銀なる物質が何なのかはよくわからないが、とにかく丈夫で軽量というのは確かに俺にとってはとても扱いやすい剣だ。実際に剣を振って感触を確かめてみたいが店の中でぶんぶん振り回すわけにもいかないよなあときょろきょろ辺りを見回していると、それに気づいた店主が店の奥を指さす。
「カウンターの横に扉があるのが見えるだろ。そこから裏に出られるから少し振ってきたらどうだ?」
「いいんですか!? ありがとうございます!」
俺は剣をほかの商品たちにぶつけないように慎重に運んで扉の先へ進む。そこにあったのは柵で仕切られた屋外だった。柵で仕切られているとはいっても武器を振り回す分には十分な広さがある。剣を正面に構えて振り下ろし、手首を返して斜め上に切り上げてからの袈裟切り、そして左後方に溜めて横薙ぎ。まるで剣先まで自分の体の一部であるように取り回しが正確にできる。重量もグアルドの剣とほぼ変わらないので違和感はない。それから何度か剣を振って感覚を確かめてから、この剣にすることを伝えるために再び店内に戻った。
「またひいきにしてくれよ!」
店主の野太い声に送られながら俺たちは武器屋を後にした。結局選んだのはローガンさんに推薦してもらった例の剣で、鞘までつけて総額二万四千レカ。パエーゼは一個六十レカなので、一気に四百個買えるほどの大金になってしまう。値段を聞いてやっぱりもう少し安いものにします! と言おうとしたときにはすでにローガンさんは店主に金貨二枚と銀貨四枚を支払っていたため、今更撤回することもできず壊れた機械のようにローガンさんに頭を下げまくった。
「金なんてものは使わなければ意味がありませんからの。そして使うのもこんな老いぼれよりも若い者のために、ですな。まあ気になるのならいつか大物になって返しに来てくださいな、ほっほ」
そんないつもの涼しげな調子で笑うと、ローガンさんは俺に剣を手渡した。さっきは軽く感じた剣が少し重くなったように感じる。もう一度深く礼をして俺たちはここで解散することになった。
そして、ローガンさんから剣をもらった日から数日経ったとある日。
ローガンさんとの修行が終わったために午前中からマナーゼンのギルドを訪れた俺に、カウンターでギルドの職員であるエナセラさんが不安げな面持ちで話しかけてきた。
「ソウマ様、今日も狩りに向かわれるご予定ですか?」
「え? ああ、はい。今日も行く予定ですけど……」
いつもはそんなことなんて聞いてこないのに一体どうしたのだろうか。エナセラさんの様子の原因を探ろうとして辺りを見回した俺の視界にまさにその原因だと思われるものが飛び込んできた。壁に駆けられた天候の予測する魔道具。その装置は大雨を予報する紫色に淡く光っていた。
「今日は雨が降るから俺を気遣っていただいたんですね」
「……はい。前回あんなことが起こった以上、このような雨の日に狩りに行くことは推奨できません。無礼を承知で申し上げます、雨の日の行動はもっと経験を積んでからがよろしいかと思われます」
確かにローガンさんの下で修業を積んだ今でも確実に大ガニの魔物オーベルセルムに勝てるかはわからないだろう。しかし、そんな理性的・合理的な判断を上回るように何か熱い意志が俺の心には宿っていた。なぜ危険を冒してまでオーベルセルムにリベンジしたいのか、自分でもよく分からなかった。だがその赤熱した意志が、ただ前へ前へと俺を突き動かしていたのだった。
「心配していただいてありがとうございます。……でも、俺は行きます。そうしないと駄目な気がするんです」
そう言ってエナセラさんの反対を半ば強引に押し切ると、俺は次第に曇りつつある空の下を街の外へ向かった。
南の森の中で仇敵を探し求める俺の視界には、なぜだか紫の光がちらついているように見えた。
そして、運命の瞬間は唐突に訪れた。晴れた日よりも幾分少ない魔物を狩りながら森を進んでいく俺の背後から聞き覚えのある地鳴り音が響いてきた。地面を踏み鳴らす振動だけではない、びりびりという独特の緊張感を肌で感じながら俺はゆっくりと振り返る。
目線の先にあるのは見覚えのある暗緑色の巨大な鎧。片方の眼球には俺が投擲した短剣が突き刺さったままだが、失ったはずの一対の鋏はきれいに元通りの大きさにまで再生している。
まさか再び同一個体と遭遇しようとは、単なる偶然か、あるいは神の思し召しか。心の底にこびりついた恐怖心をこそぎ落とすように深呼吸をすると、俺は勢いよく剣を引き抜いて気合の雄たけびを上げる。
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これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
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