泡影の異世界勇者《アウトサイダー》

吉銅ガト

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第2章 王都フレンテと魔王の影

32話 ドラゴンスレイヤー

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「うおああぁぁぁぁぁああああッ!!」
 突如として現れたドラゴンとの戦いにおいて、俺は上空のドラゴンの腕を切り飛ばした後に落下を始めていた。いくら纏いという超常的な能力で空高く舞い上がったとて、俺自身の体の構造や耐久性には何ら変化はないわけなので、二十メートルはあろうかというこの高さから転落すれば当然のように死ぬだろう。
 何か方法はないか。纏いを発動させるという案も浮かびはしたが、マナを一点に集中させるという性質上あれは局所的な部分での発動しかできないので、最悪の場合、落下速度を殺さないどころか変な回転までかかってしまいそうだ。加速度的に地面が近づいてくる中で高速で頭を回転させて助かる方法を考えていると、視界の端に俺が切り飛ばした腕が付随する皮膜に風を浴びながら落ちていくのが目に入った。……そうか、確かにその方法ならいけるかもしれない。俺は天頂に向かって空いている左手を掲げると、風切り音に負けないくらいの声量で叫んだ。
テネロ闇よエンボード具現化せよコルーム円柱を生成ラド:テトル半径:四ヘウ:ピントゼルフェウ高さ:〇・〇五リキド状態を液体にルーン魔法実行!」
 最後の式句を唱えた瞬間に魔法陣から黒い渦巻きが飛び出し、俺の真上に半透明の円盤を作り出した。粘度の高い液体で構成された即席パラシュートは、若干たわんだり歪んだりしつつもなんとか上向きの抗力を発生させて俺の落下速度を減少させている。
 魔法のパラシュートで滑空しながら瓦礫に転がり込んだ俺は、ぶつけた体の痛みを我慢して恐らくドラゴンが落下したと思われる後方を振り返って剣を抜いた。俺と同じ高度から落下したと言えども相手は巨大な化け物なので、俺ほどにはダメージを受けてはいないのではないだろうかと思いつつ瓦礫を乗り越えドラゴンの元へ向かって行くと、案の定未だに戦意を失っていないドラゴンの姿がそこにあった。そうは言ってもかなり体力は失っているようで、こちらに気づいても積極的に襲い掛かろうとはしてこないようだった。今がチャンスだと飛び出そうとした俺とドラゴンとの間あたりで、突然瓦礫の下から何かが這い出てきた。土埃やらで薄汚れてい入るものの、あれは恐らく人間だ。
「ゴアアアアッ!!」
 先ほどまで冷静だったかのように見えたドラゴンがいきなり咆哮を上げて件の人間に向かって飛びかかる。散々俺に狩りを妨害されて怒り心頭な様子のドラゴンにはもはや標的など何でもよいのだろう。俺も彼、ないしは彼女を守るために全力で走り出したが、いかんせん奴の加速度が大きすぎる。纏いで加速しても辛うじて間に合うかどうかといったところだ。しかし、こういう場面で助けられずに見殺しにしてしまった悔しさを俺は痛いほどに分かっているつもりだ。さすがに余裕のなくなってきたマナを右足に集中させると、足場になりうる頑丈そうな瓦礫を思い切り踏みつけた。
「届、けえええッ!!」
 雄たけびを迸らせながら足に纏いを発動して瓦礫を吹き飛ばす勢いで加速し、俺は三者の交差するポイントまでぎりぎりのタイミングでたどり着く。迫りくるドラゴンの左手を無傷で受ける手段はもはやない。俺は倒れた人を背にして立ちはだかると、森の中で大ガニの魔物オーベルセルムと戦った時もその頑健さで俺を守ってくれた左腕の籠手を正面に構えてドラゴンの爪撃を受け止めた。腕が吹き飛んだのではないかと思えるほどの途方もない衝撃と轟音が俺を襲い、体と一緒に意識が吹き飛びそうになる。纏いで下方向に力を加えることで足をくぎ付けにして持ちこたえると唐突に左肩に鋭い痛みが走った。どうやら籠手で受け止め損ねた爪が左肩を掠めたらしい。じわりじわりと押され始めた俺に向かってドラゴンの頭部が近づいてくる。サバイバルナイフのような黄ばんだ歯がずらりと並ぶ口が大きく開かれ、蛇のような舌の先にある小さな穴から赤い光が漏れだした。なるほど、火花かと思っていた火炎の直前の赤い光は火花などではなく火属性魔法の光であり、舌先の小さな穴から高圧の可燃性ガスを放出しているのかとやたらゆっくりとした視界の中で考えながらも、俺はこの状況をひっくり返すための行動を始めていた。そう、このために俺は敢えて右手を使わずにドラゴンの攻撃を受け止めたのだ。
「あの日の俺から変わるんだッ!」
 俺は剣の柄を握りなおすとドラゴンの顎の裏に向かって刃を突き立てた。こいつが一般的な生物と同じような骨格をしているのなら、あごの骨に囲まれたエリア、つまり下のちょうどしたというのは骨のない部位のはず。ほぼ直角に顎下から差し込まれた剣は大した抵抗感を与えることもなくすんなり肉を割って入っていき、俺の視界から開いた口の中に剣の切っ先が見えるほどまで突き刺さった。耳をつんざく叫びと一緒に夥しい血と炎を口からまき散らしながら暴れるドラゴンを左腕と体幹で抑え込みながら、俺は右腕に残りすべてのマナを集中させる。
「止めだあああああッ!!!」
 体をひねりながらの突きに纏いの爆発的な推進力を乗せて放った俺の渾身の一撃は口蓋をぶち抜きそのままドラゴンの頭を貫通した。強引に剣を突き通したことで顎は閉じられ、逃げ場を失った火炎が剣が穿った頭頂部から噴き出す。一瞬の静寂の後、強張っていたドラゴンの体躯が脱力しゆっくりと地面に崩れ落ちた。重たくのしかかって俺にドラゴンの死を伝えているドラゴンの頭から血まみれの剣を引き抜いて鞘に納めると、俺は後ろのけが人に向き直った。
「大丈夫ですか。まだ動けますか。危険ですからすぐにここを離れましょう」
「あ、ああ、私は何とか大丈夫だが、その……君の方こそ大丈夫なのかね?」
 そう助けた男に尋ねられたところでようやく俺は自分の状態に気がついた。左腕は自分の血で真っ赤、そして右腕もドラゴンの血で真っ赤に染まっている。傍から見ればとんでもない重症を負っているように見える、というかげんに追っているのかもしれないが、いまはまだ戦闘の余韻で痛みはない。
 男に心配ないと伝えて男を背負ってその場を離れようとすると、避難していたはずのトレトさんがこちらに向かってきていた。聞いたところによると俺がドラゴンと戦っている間ずっと治療院の倒壊に巻き込まれた人を助け出していたらしい。それなのに俺はドラゴンを地面に叩き落としみたりなんだりと大変な迷惑をかけている気がしないでもないが、さすがにご勘弁いただこう。

 ひとまず治療院跡地から緊急の避難先となっている都市中央部の集会所へ向かった俺たちは、トレトさんをはじめとする数人の治療士たちに手当てを受けた。またトレトさんにキレられるかと思っていたが、不思議と彼は何も口にすることなく俺の手当てを終えて去っていった。
 聞いた話では、俺たちの元へドラゴンが現れたのとほぼ同時にほかの主要な施設にもドラゴンが現れたらしく、このように住民たちは避難、マナーゼンたちはドラゴン退治に駆り出されているとのことらしい。しかしドラゴン退治に向かうようなマナーゼンは当然かなりの腕の立つ歴戦の戦士たちのようで、俺がドラゴンを仕留めるころにはすでにほかのポイントでは討伐されていたらしい。まったくあんな化け物をそこまで簡単に仕留めてしまうとは、なんというかマナーゼンたちの方がむしろ化け物に見えてくる。

 治療士に手当てをしてもらって再び包帯まみれになった俺は、窓際の椅子に座って窓の外を見ていた。
 窓の外には、小雨の中、塔のようにそびえたつ王城の姿が見える。結局、突如として出現したドラゴンの狙いは何だったのだろうか。この王都に襲撃をするなら普通、王城を狙うものではないのだろうか。さらには今回のように点々と現れては戦力が分散されてドラゴン側としても不利になるはずだし、グレン村の時のように何か後発の襲撃でも狙わない限りは効率的ではないのではないか。
 そんなことを考えていた時だった。唐突に窓ガラスがガタガタと揺れ始めた。どんどんとその振動は強まっていき、ついには立て続けにガラスが破砕していく。どよどよとざわめく集会場の中で俺はぞくりとするような気配を感じていた。纏いでマナを扱うようになってから魔物の気配をより鮮明に感じられるようになったが、さっきのドラゴンでもここまでの気配は感じなかった。何かとんでもなく恐ろしい存在が今ここに向かってきているということだけははっきりと分かる。
 早鐘のようにうるさく打ち続ける心臓に呼応するように、俺たちの頭上の方から雷鳴のような声が響いてきた。その鳴き声、そしてこの独特の金縛り感、その迫力は桁違いではあるものの、同様のものを俺はさっきまで間近で聞いていたのだ。
「まさか……!」
 最悪のシナリオが頭をよぎったまさにその瞬間だった。窓の外から世界が崩壊したかのような大音響の破砕音が響き渡り、強風が集会所の中に吹き付けられる。雨が降っているにも関わらず立ち込める砂煙がゆっくりと晴れていくに従って、俺の目にも大音響の正体、そして尋常ではない気配の持ち主が見えてきた。
「な、なんだよあれ……」
 俺の口から思わず掠れた声が零れる。王城の前に現れたのは、さっき戦ったドラゴンの五倍はあろうかという体躯を黄金色の鱗に包んだ竜だった。

 金色の巨竜は地響きを鳴らしながら悠然と王城の元へ接近していく。迸る威圧感に動くこともできず固まって様子を見ている俺やほかの人々を尻目に、黄金の竜はその細みな口をがばりと大きく開いた。ドラゴンがあのようなモーションを取るときにはたいてい炎を吐くので、この竜もまさか王城に向かって火炎を吐こうというのかと思いつつ目を離せないでいると、奴の口端から体色とよく似た金色の光が漏れた。……待て、可燃性ガスを引火させるときには火属性由来の赤い光が出るのではないのか。何かがおかしい……。背中から這い上る嫌な予感を振り払うこともできずに固まっている俺の視界は次の瞬間真っ白に染まっていた。
「グルルロアアアアアアアアアアッッ!!!!」
 黒いドラゴンとは比べ物にならないほどの咆哮が全身を叩き、激しい耳鳴りが襲う。突然すさまじい光に充てられて死力を一時的に失った俺には何が起こっているのか全く分からないが、耳鳴りの奥で確かに何かが崩壊する音が聞こえた。
 紙に水が滲むようにじわじわと回復していく俺の目に映ったのは、なお窓の外に佇む黄金の巨竜と、大穴を穿たれた王城の姿だった。
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