41 / 74
第2章 王都フレンテと魔王の影
幕間 ある治療士の後日談
しおりを挟む
飛竜襲撃騒動から早くも二ヶ月の時が経過した。
当時竜の攻撃を受けてそのどてっ腹に大きな風穴をあけられてしまった王城も、いつの間にかきれいに元通りになっていた。あんな状態から王政を崩すことなく今日までやってこられているのは素人目からでは到底わからないが、噂によれば国王がちょうどその時王城をお出になっていたため崩御されるような最悪の展開にはならず、それゆえに安定した内政が執れたそうだ。
そんな復興の波はややゆっくりではあったものの確実に王都中に広がっていった。くたびれた白い上着を着る男、少年から青年になったばかりぐらいの年齢の彼の目の前にも、倒壊した過去など存在しないかのように真新しい白い建物が秋の早朝の涼しげな朝日を浴びながら鎮座している。
青年、もといトレトは目を瞑って大きく深呼吸をすると、新たに建て替えられた治療院の扉を開いて中へ足を踏み入れた。明日から業務を再開する予定なので中にはもちろん誰もおらず、等間隔に壁に配置された魔石灯だけが寂しげに淡い光を放っている。
静かな廊下を通り一つの部屋の前に立ち止まるとポケットから取り出した鍵を使って中に入った。かつて彼が使っていた部屋は彼の私物やら資料やらでごった返していたが、今ではその面影は全くなく、簡素な机と椅子、そして診療に使う器具くらいしか置かれていない。大きくため息を一つ吐き出して治療士用の椅子に深く座り込むと背もたれに寄りかかって目を閉じた。
今日までの二か月間はかつてないほどに濃密だった。そういえばあいつは今どうしているだろうか。確かソウマ、とかいう名前だったか。結局治療院でも王都の中央部へ避難した先の集会所でもあいつに助けられてしまった。それまで利己的な集団と嫌っていたマナーゼンであるはずのあいつに。
ぐるぐると思考を巡らせていると突然ぽんぽんと肩を叩かれた。慌てて椅子から飛び起きたトレトの目の前には見慣れた壮年の女性が立っていた。
「なんだリーチュさんか、びっくりした……。再開は明日からですよ」
「なんだってなによ~! それにトレト先生だって来てるじゃない。今日は何をしに来たの?」
彼女はトレトが治療士になる以前から幼いころに亡くした母親に変わっていろいろ世話を焼いてくれた治療士のリーチュ。トレトと同じように彼女もまた治療院を訪れていたのだ。
「まあ、あしたから再開なんで下見でもしとくか~って感じです。リーチュさんもそんな感じ?」
「そうね、そんなところよ。まったく、飛竜もわざわざここに飛んでくることなかったのにねえ」
リーチュがしみじみと窓の外を見やる。現在ではきれいに整備されてはいるものの、ほんの一か月前までは瓦礫があちこちに散乱していたのだ。治療士は傷ついた人間を助けるのが仕事ゆえに人間の脆弱性については身にしみて感じているが、案外人間というものはたくましく創られているのかもしれない。
「ねえ、こんなことを聞くのもあれだけど、今回の一件があって、マナーゼンに対する気持ちは変わった?」
唐突にリーチュがそんな質問を投げかける。リーチュがトレトに関わった原因でもある死別した彼の母親は当時マナーゼンであり、幼いトレトと夫を残して仕事中に命を落としてしまったのだ。それゆえにトレトはマナーゼンという仕事に対して強い嫌悪感、拒否感を覚えるようになった。重傷を負ったマナーゼンが治療院に運び込まれてくるたびに亡き母を思い出して怒りをにじませていた。
いつもは無気力な顔に複雑そうな、悩んでいるような表情を作った後、ゆっくりと彼は語り出した。
「正直今でもマナーゼンは嫌いです。あんな自分の命を削って金を稼ぐようなやり方、俺は絶対に賛成できない」
そこで一旦言葉を切る。深呼吸をするとトレトは再び口を開いた。
「でも、今回の騒動でやり方が違えど奴らの根底にあるのは俺らと同じ、人を助けることだってことは分かりました。それで、最近考えて新しい夢が出来たんです」
トレトの目には先ほどまでの迷いを帯びた色は消え去り、今は強い意志の光がこもっている。まるであの時マナーゼンの少年が見せた力強く輝く瞳のように。
「俺は俺のやり方で王都中の人を救って見せる。マナーゼンたちが傷つかなくてもいいような仕組みを作って見せる!」
気高く、そして険しい道を進むことを宣言したトレトの姿を、リーチュは眩しそうに見つめていた。
当時竜の攻撃を受けてそのどてっ腹に大きな風穴をあけられてしまった王城も、いつの間にかきれいに元通りになっていた。あんな状態から王政を崩すことなく今日までやってこられているのは素人目からでは到底わからないが、噂によれば国王がちょうどその時王城をお出になっていたため崩御されるような最悪の展開にはならず、それゆえに安定した内政が執れたそうだ。
そんな復興の波はややゆっくりではあったものの確実に王都中に広がっていった。くたびれた白い上着を着る男、少年から青年になったばかりぐらいの年齢の彼の目の前にも、倒壊した過去など存在しないかのように真新しい白い建物が秋の早朝の涼しげな朝日を浴びながら鎮座している。
青年、もといトレトは目を瞑って大きく深呼吸をすると、新たに建て替えられた治療院の扉を開いて中へ足を踏み入れた。明日から業務を再開する予定なので中にはもちろん誰もおらず、等間隔に壁に配置された魔石灯だけが寂しげに淡い光を放っている。
静かな廊下を通り一つの部屋の前に立ち止まるとポケットから取り出した鍵を使って中に入った。かつて彼が使っていた部屋は彼の私物やら資料やらでごった返していたが、今ではその面影は全くなく、簡素な机と椅子、そして診療に使う器具くらいしか置かれていない。大きくため息を一つ吐き出して治療士用の椅子に深く座り込むと背もたれに寄りかかって目を閉じた。
今日までの二か月間はかつてないほどに濃密だった。そういえばあいつは今どうしているだろうか。確かソウマ、とかいう名前だったか。結局治療院でも王都の中央部へ避難した先の集会所でもあいつに助けられてしまった。それまで利己的な集団と嫌っていたマナーゼンであるはずのあいつに。
ぐるぐると思考を巡らせていると突然ぽんぽんと肩を叩かれた。慌てて椅子から飛び起きたトレトの目の前には見慣れた壮年の女性が立っていた。
「なんだリーチュさんか、びっくりした……。再開は明日からですよ」
「なんだってなによ~! それにトレト先生だって来てるじゃない。今日は何をしに来たの?」
彼女はトレトが治療士になる以前から幼いころに亡くした母親に変わっていろいろ世話を焼いてくれた治療士のリーチュ。トレトと同じように彼女もまた治療院を訪れていたのだ。
「まあ、あしたから再開なんで下見でもしとくか~って感じです。リーチュさんもそんな感じ?」
「そうね、そんなところよ。まったく、飛竜もわざわざここに飛んでくることなかったのにねえ」
リーチュがしみじみと窓の外を見やる。現在ではきれいに整備されてはいるものの、ほんの一か月前までは瓦礫があちこちに散乱していたのだ。治療士は傷ついた人間を助けるのが仕事ゆえに人間の脆弱性については身にしみて感じているが、案外人間というものはたくましく創られているのかもしれない。
「ねえ、こんなことを聞くのもあれだけど、今回の一件があって、マナーゼンに対する気持ちは変わった?」
唐突にリーチュがそんな質問を投げかける。リーチュがトレトに関わった原因でもある死別した彼の母親は当時マナーゼンであり、幼いトレトと夫を残して仕事中に命を落としてしまったのだ。それゆえにトレトはマナーゼンという仕事に対して強い嫌悪感、拒否感を覚えるようになった。重傷を負ったマナーゼンが治療院に運び込まれてくるたびに亡き母を思い出して怒りをにじませていた。
いつもは無気力な顔に複雑そうな、悩んでいるような表情を作った後、ゆっくりと彼は語り出した。
「正直今でもマナーゼンは嫌いです。あんな自分の命を削って金を稼ぐようなやり方、俺は絶対に賛成できない」
そこで一旦言葉を切る。深呼吸をするとトレトは再び口を開いた。
「でも、今回の騒動でやり方が違えど奴らの根底にあるのは俺らと同じ、人を助けることだってことは分かりました。それで、最近考えて新しい夢が出来たんです」
トレトの目には先ほどまでの迷いを帯びた色は消え去り、今は強い意志の光がこもっている。まるであの時マナーゼンの少年が見せた力強く輝く瞳のように。
「俺は俺のやり方で王都中の人を救って見せる。マナーゼンたちが傷つかなくてもいいような仕組みを作って見せる!」
気高く、そして険しい道を進むことを宣言したトレトの姿を、リーチュは眩しそうに見つめていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
世界最強の七賢者がお世話係の俺にだけはデレデレすぎる件
Y.
恋愛
国の頂点に君臨し、神にも等しい力を持つ『七賢者』。
火・水・風・土・光・闇・氷の属性を極めた彼女たちは、畏怖の対象として国民から崇められていた。
――だが、その「聖域」の扉を一枚隔てた先では、とんでもない光景が広がっていた。
「アルトぉ、この服脱がせてー。熱いから魔法で燃やしちゃった」
「……アルトが隣にいないと、私、一生布団から出ないから」
「いいじゃない、減るもんじゃないし。さあ、私と混ざり合いましょう?」
彼女たちの正体は、私生活が壊滅的にポンコツで、特定の一人に依存しきったデレデレな美少女たちだった!
魔法の才能ゼロの雑用係・アルトは、世界で唯一「彼女たちの暴走魔力に耐えられる」という理由で、24時間体制の身の回りのお世話をすることに。
着替え、食事の介助、添い寝(!?)まで……。
世界最強の7人に取り合われ、振り回され、いじり倒される。
胃袋と心根をガッチリ掴んだお世話係と、愛が重すぎる最強ヒロインたちによる、至福の異世界ハーレムラブコメ、開幕!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
初
ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。
これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
氷河期世代のおじさん異世界に降り立つ!
本条蒼依
ファンタジー
氷河期世代の大野将臣(おおのまさおみ)は昭和から令和の時代を細々と生きていた。しかし、工場でいつも一人残業を頑張っていたがとうとう過労死でこの世を去る。
死んだ大野将臣は、真っ白な空間を彷徨い神様と会い、その神様の世界に誘われ色々なチート能力を貰い異世界に降り立つ。
大野将臣は異世界シンアースで将臣の将の字を取りショウと名乗る。そして、その能力の錬金術を使い今度の人生は組織や権力者の言いなりにならず、ある時は権力者に立ち向かい、又ある時は闇ギルド五竜(ウーロン)に立ち向かい、そして、神様が護衛としてつけてくれたホムンクルスを最強の戦士に成長させ、昭和の堅物オジサンが自分の人生を楽しむ物語。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる