泡影の異世界勇者《アウトサイダー》

吉銅ガト

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第3章 蒼き海原と氷雪の砦

58話 氷の刺客

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「避けろおッ!!」
 男の叫び声に従うままに右手に飛び込んだ瞬間、それまで俺のいた場所に正体不明の巨体が突っ込んだ。先ほども耳にしたギャリギャリという不快な騒音をまき散らしながらそのまま地面を滑走していくと後方の家屋に制止することなく派手に衝突した。轟音と振動、そして氷のつぶてが飛んでくる中で俺は状況をようやく呑み込んだ。
「あれがゴーレム……なのか」
 直前の驚異の速度での突進とは裏腹にやたらとゆっくりとした動作で立ち上がったのは、俺の記憶の中にあった石像の化け物とはやや、というよりかなり異なった異形だった。ゴーレムといえば泥や岩石で構成されているというイメージがあったが、今目の先にあるのは全身が氷でできているのだ。全長は二メートル近く、寸胴鍋のような円柱の胴体からは半球状の頭部らしきパーツと地面につくほどの長さのピッケルのような一対の腕が生えており、それらを支える脚部は頭部と似た形状の球体が三つ、胴体の底面に埋め込まれているという奇天烈極まりない姿をしている。地面に積もった雪がその場で押しつぶされてるということは三つ足は胴体に固定されているのではなく、単にはめ込まれているだけなのだろう。そして青く透き通る体のいたるところで奴の体を動かしていると思われる魔法陣が仄かに光を放っているのが見て取れた。
 家の瓦礫から完全に起き上がったゴーレムはその独特な形の脚と腕を器用に使ってくるりと半回転するとこちらに向き直った。遅れて回転する頭部の中にある、恐らく視覚を担っているであろう黄色く発光する魔法陣が一際光った途端、一斉に全身の魔法陣が同じように輝く。
「来るぞ! 構えろ!」
 マナーゼンの誰かの短い言葉で全員が次なる突進に備えて体を強張らせた直後、ゴーレムは両腕のピッケルをぐるぐると高速回転させ始めた。なるほど最初の突進で耳にした謎の騒音の正体はゴーレムがあの腕で地面を削りながら滑走する音だったのかと今更のように理解したのもつかの間、俺は奴の突進の軌道から離れるために今度は左に飛んで躱す。直後、ゴーレムの体が俺たちの立っていた位置のど真ん中を猛然と風を切りながらすっ飛んでいき、最初に奴がやって来た道の方へ滑っていった。どうやら急な方向転換はあまり得意ではないようだ。しかしそんなゴーレムの苦手が分かったところで俺たちが有利になったとは到底言い難い。あの猛スピードで絶え間なく突進してこられてはこちらの攻撃を当てるのは困難だ。
「アンナのどうやって倒すんですか!?」
 ゴーレムから目を離さないようにしながらマナーゼンの男に尋ねると、しかし男はにやりと獰猛な笑みを浮かべて吠えた。
「あの手の魔物なら経験済みだ。手本を見せてやる、行くぞてめえらッ!!」
「おう!!」
 リーダーの呼び声に猛々しい大声で答えた男たちは武器を手に道の雪を蹴散らしながらゴーレムに突っ込んでいく。当然ゴーレムも応戦しようと両腕を持ち上げるが、その腕を振り下ろすよりも早くゴーレムに接近した二人の曲剣使いがすれ違いざまに斬撃を浴びせ前に振り下ろすはずだった腕を後方に撥ね飛ばした。地面に当たって氷の腕が砕けた甲高い破砕音が響き渡った直後に先ほどの門よろしく両腕の再生が始めるも、その隙をついた筋骨隆々の槍使いが胴体ど真ん中目がけて物干し竿のような長槍を投げつける。槍使いの男が纏いを使った様子は微塵もないにも拘わらず金属の槍は吸い込まれるようにゴーレムの胴体に飛び込み、ガツンッ! という衝撃音とともに深くまで突き刺さった。
「いよっしゃあ! 槍刺さったぞお!」
 槍使いが野太い声で叫ぶと続いて両手斧使いが前衛に飛び出す。しかしそこで槍の衝撃で固まっていたゴーレムが再び動き始める。復活した両腕を高速回転させるあの動きは突進攻撃の合図だ。くるくると獲物を求めて回転する頭、そしてその中の魔法陣が標的として指したのは投擲によって自らの武器を失った槍使い。壊れた機械のように腕を振り回しながら滑走するゴーレムが今にも槍使いに衝突しようというその瞬間、リーダーの男がゴーレム以上のスピードで脇から飛び出し回転する腕のちょうど軸辺りに飛び蹴りを敢行した。ただでさえバランスの悪そうな体躯に横から強烈な外力を加えられたゴーレムはあっけなくその突進の進路を歪め、槍使いに衝突することなく斜めに彼を通り過ぎて奥の建物を砕きながら突っ込んでいった。なお槍を体に突き刺したまま向き直ったゴーレムに斧使いが走り込みバットのスイングのように両手斧を横薙ぎに振り抜いた。刃ではなく斧腹を向けて放たれた一撃は突き刺さった槍のポメルに直撃し、鈍重な金属音をまき散らしながら槍をさらにゴーレムの体に深く埋め込んだ。次の瞬間、ピシッ! という硬い音を何度も発しながらゴーレムの体は縦に真っ二つに割れ、さっきまでの暴れっぷりが嘘のようにピクリとも動かなくなった。
「……とまあ、こんなもんだ。覚えたか、坊主」
 息を切らしながらにやりと笑ってみせる男たちに俺は驚愕で声を出せずにいた。一糸乱れぬ攻防、すさまじい個のポテンシャル、そして以心伝心の極みというべき仲間との連携。俺もそこそこ魔物狩りをしてきて多少の自信を持っていたが、こうしてベテランの生の戦いを見せつけられるとそんな自信は愚かな過信だったのだと心底思い知らされる。
 戦いを終えた男たちがゴーレムの残骸から動力であった真っ二つに割れた魔石を回収していたその時、彼らとは別チームの偵察に向かっていた男たちが戦闘前に見たようなパニック顔でこちらに走ってきた。
「ゴーレムだ! 今度は一体だけじゃな──」
 言葉が終わるよりも早く新たに出現したゴーレムが男の体を吹き飛ばした。大質量の突進で空を舞った男はぐしゃりという身の毛もよだつ音を響かせながら硬質な氷に叩きつけられ動かなくなった。まさか、死んだのか? あの一瞬で、あれほどあっけなく? しかしそんな男の死など意にも介さない様子で数十ものゴーレムたちは道いっぱいにぞろぞろと俺たちの元に滑走してくる。慌てて反対側の道に目をやればそちらにも同様にゴーレムの群れ。要するに俺たちは絶体絶命、袋の鼠というわけだ。
「さっきのは俺たちを引き付けておくための罠……?」
 頭をよぎった最悪の予想が思わず口から洩れる。あくまで推測だが、俺たちがちょうど最初のゴーレムを撃破したころにこの数のゴーレムが押し寄せたことには何か作為的なものを感じざるを得ない。カイナと背中合わせになって道の両側を警戒しながら打開の糸口を探るがまるでいい案が浮かんでこない。決死の状況に絶望しかけたその時、マナーゼンの男から力強い、どこか覚悟を感じさせるような声が聞こえてきた。
「なあ坊主、俺らマナーゼンにとって一番大切なことは何だ?」
 突然男から浴びせられた問いに俺は一瞬固まる。一番大切なこと。より多くの魔石を手に入れて金を稼ぐことではない。まして悪い魔物を殺すことでもない。俺の中に息づく答えはたった一つだけだ。
「生きて帰ること、ですか?」
「へへ、よく分かってんじゃねえか!」
 俺の返答に男は満足げににやりと笑ってみせると、ゴーレムの群れに向かって一歩前に踏み出した。彼に続いて仲間たちも俺たちを庇うように前進する。
「これから俺らがあいつらを蹴散らす。敵の本丸は大灯台だ。今なら手薄になっているに違いねえ。そこをお前らが叩け。そうすれば全員生きて帰れる」
 武器を構えてゴーレムを睥睨しながら男は俺とカイナに背中越しに作戦を伝える。正直いくら手練れだとは言えこの数のゴーレムを全滅させるのは不可能に近いはずだが、しかしだからと言ってそれ以外にこの状況を打破しうる方法が見つからなかった故の判断なのだろう。それに彼らはすでに覚悟を決めているのだ。ここでその覚悟を無駄にするような真似は決してできない。俺たちにできることはただ一つ、彼らに託された任務を遂行して全員で生き残ることだけだ。
 怖気づいて震える手をきつく握りしめると俺はカイナに振り返った。フードと長い前髪越しには彼の表情を子細に推察することはできないが、それでも俺と同じように責務を全うしようという意志の籠った瞳だけは俺でも見て取れた。
「分かりました。皆さんもご無事で!」
「お前らもな! ……よし、行くぞおッ!!」
 リーダーの掛け声を合図に全員が鬨の声を上げて道の両側のゴーレムたちに向かって飛び出した。俺もカイナに並んで灯台方向の一団の後ろに追従しながら両足にマナを込める。チャンスは一度きり、コンマ一秒早くとも遅くともこの作戦は成功しない。限界まで集中して目に映る映像がスローになっていくのを感じながらぎりぎりまでその時がやって来るのを待つ。そしてマナーゼンたちの初撃がゴーレムにかち合ったその瞬間、俺はカイナの後ろに回り込むと強引に横抱きに抱えた。
「行くぞカイナ! 掴まれッ!」
 直後、踏み込んだ右足のマナを爆発させ纏いを発動すると俺は地面を蹴り割りながら前方斜め四十五度に向かって飛び出した。とてつもない推進力に耐えながらそのまま紫の光の尾を引きゴーレムの一群を飛び越し、道の曲がり角に着地するや否や着地した左足で九十度ターンして纏いを発動。今度は地上を爆速で灯台目指して駆け抜ける。強烈な向かい風で閉じそうになる瞼の隙間から何とか視界を確保して軌道を調整しつつ俺たちはそのままのスピードで細道を走っていった。

 およそ一分後、断続的に纏いを発動させてすさまじい速度を維持しながら駆け抜けた俺たちはなんとか敵の本丸と思しき大灯台の前までやって来た。やはりマナーゼンのリーダーの男が予測したように周囲にはゴーレムのような敵の影はない。不気味なほど静まり返っているために遠くで戦闘を繰り広げる衝撃音と叫び声がかすかにここにまで聞こえてきていた。どうやらまだ善戦しているらしいが、この状況がいつまでも持つとは到底思えない。俺は荒い息を押しとどめながらカイナを地面に下ろすと大灯台を睨みつけた。背後に凍り付いた蒼い海原を抱いた白い氷の塔は、まるで俺たちを中に招き入れるかのように白い靄を巨大な扉の隙間から吐き出していた。
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