泡影の異世界勇者《アウトサイダー》

吉銅ガト

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第3章 蒼き海原と氷雪の砦

71話 因縁との再会

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「カイナ! 怪我がひどくなるから走っちゃだめだ!」
 そんな俺の制止を聞き入れずカイナは今できる全力疾走で駆け寄って俺の体に抱き着いた。軽いが確かな質量の衝突に各所に痛みがぶり返してぐえっとうめき声を漏らしつつも、俺は何とか持ちこたえてカイナの体を抱きとめた。
 治療士に礼を言って見送ると目の前の少年の方に向き直る。場所も違えば抱き着いてきた人物も違うが前にもこんな状況に見舞われたことがあったなあと他人事のように思い出しつつ、俺はひとまず関節を入れた治したばかりの左手でカイナを優しく引き剥がして正面から彼の顔を見据えた。その顔は絶望と焦燥、そして少なからず罪悪感に染まっているのが見て取れる。その瞳は暗雲の立ち込める空のように暗い灰色に染まり薄く涙を浮かべていた。この少年を元気づけるための言葉を探して俺がもごもごとやっているうちに先にカイナが口を開く。
「ソーマ、もういいよ。これ以上自分を犠牲にしないで……。逃げよう?」
「カイナ……」
 カイナの掠れた震え声で紡がれたのは先刻も聞いた逃走の勧誘だった。彼の心情を推測するならば、恐らく彼をここまで追いつめ苦しめているのは、アレウエの脅威というよりはむしろ戦いの前に俺との間で結んだ約束なのではないだろうか。あそこでは戦友同士の軽口の叩き合いという感じだったが、予想の数段上をいくような苦戦を強いられた上にカイナを庇った拍子に俺の右腕は吹っ飛んでいってしまったのだ。直接的な手を下していないとはいえそれなりに責任を感じるのも理解できる。
 そして奮闘の甲斐あって今はマナーゼンが町を解放せんとアレウエを戦ってくれている。客観的に見れば重傷の俺は今すぐにでも戦線から離脱すべきではあるのだろう。しかし先刻感じたあの直観は無視するにはあまりにも巨大すぎる不安要素だ。あれは今そのことを知っている俺が何とかするのが暫定アレウエへ割く戦力を減らさないためにも最善策といえるだろう。まあ明確な作戦というのは今の俺の頭の中には全くと言っていいほどないのだが。
 俺から離した両手を胸の前できつく握りしめたまま俯くカイナの前に俺は膝を突いた。俺がどうなろうとも、目の前のまだ幼さの残る少年だけはこの氷の監獄から救い出してみせる。腹をくくると同時にどくん、と心臓が心喰いの呪いの始動を告げる音を鳴らし、左腕から黒い火の粉が舞い散り始めた。そんな左手でカイナの両手を優しく包むと俺は今できる最大限の笑顔を彼に向けた。カイナの濡れた瞳が大きく見開かれる。
「大丈夫、俺は死なないよ。カイナを一人前にするまで俺は死ねないからな。俺の右腕なんて気にするな。これだけで弟子を守れたのなら安いもんだよ」
「で、でもっわたしは──」
「戦うための力なら俺の心の中に宿ってる。もちろんカイナにもな。前に進むために必要なのは、あとほんの少しの勇気だけだよ」
 多分俺を引き留めるための言葉を俺にかけようと口を開いたままのカイナの頭をぽんと撫でて、俺は海の方へ駆けだした。応急処置のおかげか呪いのおかげか、あるいは他の何かのおかげか、不思議なことに体の痛みはほとんど感じなくなっていた。

 氷の消失した石畳の道を俺は疾駆する。凍結から解き放たれた町の人々はすでにマナーゼンたちやギルドのスタッフたちの手によって避難が進められており、前とは違った意味で人の気配がない。代わりに遠方、二方向から戦闘音と人々の声が響いてきていた。
 己の命を賭した努力が報われたことに嬉しさを噛みしめつつ細道の角を曲がった俺の目に、しかし不意に予想だにしない光景が映り込んできた。一番最初に見えたのは道端に散らばる硬貨を拾い上げてにやりと笑うカエル頭の人物。そしてその背後から急速に迫る氷のゴーレム。ゴーレムがつるはし型の腕をカエルの脳天目がけて振り上げた時には俺は叫びながら纏いで疾走し始めていた。
「全力で屈めええッ!!」
 カエル頭が俺の声にびくりと反応して姿勢を低くした直後、ゴーレムの振り上げられた腕が一瞬前まで頭があった空間を通過していった。俺は数メートル手前で思い切り地面を踏みしめると体を縮めて前へ跳躍、二度目の纏いを発動してゴーレムの胴体に向かってドロップキックを放った。黒い火炎を巻き上げながら矢のように飛び出した足はゴーレムの硬質な氷の体にクレーターとともに放射状のひびを作り出し、その超重量を後方の家屋の壁に叩きつけた。
 砂埃の立ち込める中、立ち上がった俺は後ろに跪くカエル人間にちらりと視線を向けてからゴーレムの方に向き直った。核となる魔石を破壊ないしは摘出していない以上恐らくあのゴーレムはまだ機能停止していない。だがそれが分かっているのならアレウエよりもはるかに鈍重なゴーレムに対処することは今となっては難しくない。粉塵の中に仄かに発光する金色の目に向かって俺は黒炎のちらつく左手を伸ばした。
テネロ闇よショトゥ射出せよルーン魔法実行
 掲げた左腕の先に魔法陣が展開、黒い矢が超速で飛翔し砂煙の中に吸い込まれる。一拍間を置いて氷を砕く音とは異なる繊細な破砕音が鳴り響いた後、黄金色の眼光は緩やかに消灯した。ゴーレムの破壊が完遂したことを示唆するように辺りに静寂が訪れる。
 突然の襲撃者を打倒した俺は全身の強張りを解くように大きく息を吐く。脱力感から思わず膝に手を突くと、呪いの急速な活性化によるものか再びの黒い鼻血がぽたぽたと地面に染みを作った。呪いの発動に摩耗し続ける俺の体のタイムリミットは刻一刻と迫っているらしい。
 背後に忍び寄る冷たい感覚を追い出すように奥歯を噛みしめると鼻を拭って後ろを振り返った。そしてこそこそと逃走を図ろうと試みている様子のカエル人間の肩を強めに掴むと、恐る恐るといった具合にこちらを振り返る彼に向かって全力の悪い顔を作った。
「よう。久しぶりだな、グミャ。命の恩人に礼も言わずに逃げ出すなんていい度胸だな?」
「ぐえぇっ!?」
 俺の顔を見たカエル頭、もといグミャは、嫌な予感の四文字がでかでかと頭上に浮かんできそうな顔で、実にカエルらしい驚きの声を漏らした。

「……というわけで、お前には俺の不安要素をつぶすのに協力してほしい」
「なんで拙者がそんな危険なことを……」
「今何か言ったか?」
「なな、何でもないでござる!」
 偶然の再会を果たした因縁の盗賊グミャとともに俺は再びクジラらしきものが潜む海の方へと走っている。いつかの俺から大金を強奪していったり、さっきのように火事場泥棒をしたりといったさもしい行為に関してはやたらと豪胆なのに反して、クジラ討伐作戦にはいかにも臆病者という反応を見せているのだからよく分からないやつだ。
 ボロボロのブーツが石畳を打つ硬い足音と静かな摩擦音を思わせる足音の二つが路地裏に響き、ふいに視界が大きく開けた。灰色の空と暗青色の大海、そしてくすんだ石の堤防が三段重ねに並ぶ景色は俺が初めて訪れたころ、秋口のきれいな青空の時は息をのむ絶景だったが、今のこの光景はむしろ気分が落ち込みそうだ。
 上空から見たクジラは確か岸壁すれすれにいたはずだ。堤防に上って眼下をのぞき込もうと細道から足を踏み出したその時、俺の行動を妨げるように乱入者が現れた。
「なっ……!」
「ど、どうするでござるぅ!?」
 一体どこから湧いて出てきたのか、海沿いの道に立つ俺とグミャを包囲するように夥しい数のゴーレムたちが押し寄せ各々の得物である鎌を振り上げている。勇猛果敢なマナーゼンの男たちとの共闘中に遭遇した、今の状況と酷似する状況が頭の中に蘇り、冷たい恐怖と怒りが這い上ってくるのが分かった。
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みんなの感想(2件)

スパークノークス

おもしろい!
お気に入りに登録しました~

2021.08.27 吉銅ガト

わあ〜! お気に入り登録ありがとうございます……!!
拙い作品ですが、今後もご贔屓にしていただけると嬉しいです!何卒よろしくお願いします……!

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2021.08.24 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

2021.08.24 吉銅ガト

お気に入り登録ありがとうございます!初めてのことだったので若干手が震えております……。
まだまだ若輩者ゆえ未熟なところも多いですが、何卒よろしくお願いします……!!

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