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本編
クロッシング・オーバー〈1〉
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「出られねえってのはどういうわけだバカ野郎!」
荒れ狂う久我が座っていた席の机を蹴り倒しながら怒鳴る。
しかしその野蛮な行為は、ここへ集まっていた鬼島中学サッカー部員たちの心情の代弁でもあった。
「落ち着けクガっち。たしかにクソみたいな話だが、決まってしまったもんはどうにもならんだろうよ」
苦々しい思いを噛み殺し、いつもよりも低い声で暁平は吐き捨てた。
六月上旬、中学総体の市予選を三日後に控えていた鬼島中学サッカー部の全員が昼休みの特別教室へと集められていた。
全員といってもあくまで練習に参加しているメンバー、というただし書きがつく。暁平の上級生である二年生と三年生には幽霊部員しかいない。
鬼島中学は生徒全員が何らかの部活動に所属しなければならないのもあって、体育系の部のなかではサッカー部が腰掛けの集まりとして扱われていたのだ。だから鬼島少年少女蹴球団を巣立った有望な先輩たちは、姫ヶ瀬市にあるいくつかのクラブチーム、もしくは最近頭角を現してきた私立のバレンタイン学院に行くのが主なルートだった。
だが暁平たちはあえて鬼島中学でのサッカーを選んだ。お金の問題ももちろんあったが、それ以上に自信があった。
鬼島少年少女蹴球団史上、最強の世代。かつてプロ選手として活躍していたコーチのホセから、卒団の際にもらった称号だ。ひとつ下の松本要や五味裕之らの代も粒ぞろいだが、さすがに暁平たちほどではない。
そんな自分たちがサッカー部を変える。そう意気ごんで入部した暁平は早々に実権を掌握した。サッカーにおける圧倒的な実力、幽霊部員でも損はないことを証明する論理的な説得、部室を遊び場にしたいとごねる輩への強圧的な交渉。
加えて「あの榛名のところの」と認知されたことも大きかった。どうやら悠里は学校でも貴族的な態度で振る舞っていたらしい。
上級生たちにも不満はあったろうが、マフィアのごとき一枚岩の結束を誇る暁平たちと直接争うことはなく、こうして練習に邪魔な生徒を排除するのに成功したのだ。籍は残してあるのだから、暁平としてみれば落としどころには充分のはずだった。
「すまない。ぼくの力不足だ。君たちがどれほど真剣にサッカーに取り組んでいるかということを伝えきれなかった」
教卓の前で、この年から顧問になった貝原俊作が頭を深々と下げて謝罪する。
「何言ってんだ、先生は何も悪くねえって」
貝原のかなり広い富士額を真正面に見据えながら、暁平は率直な気持ちを述べた。外見とは裏腹にまだ三十前の貝原が、職員会議で孤立無援のなか自分たちの擁護をしてくれたであろうことは暁平にもわかっていた。
「あたし自ら奥さんをさがしてあげたいくらい、貝さんは誠実な教師だよ」
恋人のいない貝原を悠里はそう評していたが、後半部分は暁平も同感だった。
暁平にとってこの事態の責任が誰にあるのか、そこだけははっきりしている。
「これはおれの読み違いが招いた不手際だから」
歯ぎしりの音が聞こえそうなほど奥歯を噛み締めながら、暁平は自らの詰めの甘さを悔やんでいた。
鬼島中学サッカー部員による他校の生徒への恐喝、俗にいうカツアゲが発覚したのは昨日夕方のことだ。問題視した学校側によって今日の午前中に職員会議が開かれ、早くも昼前には中学校体育連盟に大会出場辞退の連絡が済まされたのだという。
この教室内に、その件に絡んだ者はいない。引き起こしたのは幽霊部員である二年生たち、中心人物の名前から通称衛田グループと呼ばれている一派だった。
衛田グループはこれまでにも似たような問題を何度か起こしていたが、今回ばかりは狙ってやったとしか思えないほど時期が悪すぎる。鬼島地区自体が姫ヶ瀬市内において冷遇されているうえ、その鬼島中学の中でもかつては素行不良の生徒たちの巣窟だったサッカー部は学校側の受けがよくなかった。出場辞退に至ったのは論理としては暁平にも理解できる。
だが頭で理解はできても、感情で納得できるわけではない。今、暁平たちが集まっている教室を支配していたのは怒りとやりきれなさだった。
たとえ一年生ばかりのチームでも、旋風を巻き起こせると信じていた。ホセのコネクションによって県外の強豪クラブとも試合を重ね、二ヶ月とちょっとの間とはいえきっちりと準備をしてきたつもりだ。
U―15のカテゴリーに所属するチームには、実力に応じてカテゴリー分けがなされたリーグ戦がある。最下位カテゴリーに所属している鬼島中学にとって、圧勝が目に見えているそんなリーグ戦はまるで眼中にない。トーナメントである総体予選を勝ち上がっていくことが当面の最大の目標だった。
目標をいともあっさりと失ってしまった部員たちが重苦しい空気に包まれているなか、立ったままだった久我が乾いた声をあげた。
「やってらんね。自分の教室に戻るわ、おれ」
そう投げやりに言い放ち、振り返りもせず久我はズボンのポケットに手を突っこんで出て行ってしまった。
彼の気分屋な性格を知っている一同は誰も止めようとはしない。「しょうがねえな」というのがみんなに共通した気分だっただろう。
このとき久我を無理やりにでも引き留めなかったのを、後々まで暁平は後悔することになる。
荒れ狂う久我が座っていた席の机を蹴り倒しながら怒鳴る。
しかしその野蛮な行為は、ここへ集まっていた鬼島中学サッカー部員たちの心情の代弁でもあった。
「落ち着けクガっち。たしかにクソみたいな話だが、決まってしまったもんはどうにもならんだろうよ」
苦々しい思いを噛み殺し、いつもよりも低い声で暁平は吐き捨てた。
六月上旬、中学総体の市予選を三日後に控えていた鬼島中学サッカー部の全員が昼休みの特別教室へと集められていた。
全員といってもあくまで練習に参加しているメンバー、というただし書きがつく。暁平の上級生である二年生と三年生には幽霊部員しかいない。
鬼島中学は生徒全員が何らかの部活動に所属しなければならないのもあって、体育系の部のなかではサッカー部が腰掛けの集まりとして扱われていたのだ。だから鬼島少年少女蹴球団を巣立った有望な先輩たちは、姫ヶ瀬市にあるいくつかのクラブチーム、もしくは最近頭角を現してきた私立のバレンタイン学院に行くのが主なルートだった。
だが暁平たちはあえて鬼島中学でのサッカーを選んだ。お金の問題ももちろんあったが、それ以上に自信があった。
鬼島少年少女蹴球団史上、最強の世代。かつてプロ選手として活躍していたコーチのホセから、卒団の際にもらった称号だ。ひとつ下の松本要や五味裕之らの代も粒ぞろいだが、さすがに暁平たちほどではない。
そんな自分たちがサッカー部を変える。そう意気ごんで入部した暁平は早々に実権を掌握した。サッカーにおける圧倒的な実力、幽霊部員でも損はないことを証明する論理的な説得、部室を遊び場にしたいとごねる輩への強圧的な交渉。
加えて「あの榛名のところの」と認知されたことも大きかった。どうやら悠里は学校でも貴族的な態度で振る舞っていたらしい。
上級生たちにも不満はあったろうが、マフィアのごとき一枚岩の結束を誇る暁平たちと直接争うことはなく、こうして練習に邪魔な生徒を排除するのに成功したのだ。籍は残してあるのだから、暁平としてみれば落としどころには充分のはずだった。
「すまない。ぼくの力不足だ。君たちがどれほど真剣にサッカーに取り組んでいるかということを伝えきれなかった」
教卓の前で、この年から顧問になった貝原俊作が頭を深々と下げて謝罪する。
「何言ってんだ、先生は何も悪くねえって」
貝原のかなり広い富士額を真正面に見据えながら、暁平は率直な気持ちを述べた。外見とは裏腹にまだ三十前の貝原が、職員会議で孤立無援のなか自分たちの擁護をしてくれたであろうことは暁平にもわかっていた。
「あたし自ら奥さんをさがしてあげたいくらい、貝さんは誠実な教師だよ」
恋人のいない貝原を悠里はそう評していたが、後半部分は暁平も同感だった。
暁平にとってこの事態の責任が誰にあるのか、そこだけははっきりしている。
「これはおれの読み違いが招いた不手際だから」
歯ぎしりの音が聞こえそうなほど奥歯を噛み締めながら、暁平は自らの詰めの甘さを悔やんでいた。
鬼島中学サッカー部員による他校の生徒への恐喝、俗にいうカツアゲが発覚したのは昨日夕方のことだ。問題視した学校側によって今日の午前中に職員会議が開かれ、早くも昼前には中学校体育連盟に大会出場辞退の連絡が済まされたのだという。
この教室内に、その件に絡んだ者はいない。引き起こしたのは幽霊部員である二年生たち、中心人物の名前から通称衛田グループと呼ばれている一派だった。
衛田グループはこれまでにも似たような問題を何度か起こしていたが、今回ばかりは狙ってやったとしか思えないほど時期が悪すぎる。鬼島地区自体が姫ヶ瀬市内において冷遇されているうえ、その鬼島中学の中でもかつては素行不良の生徒たちの巣窟だったサッカー部は学校側の受けがよくなかった。出場辞退に至ったのは論理としては暁平にも理解できる。
だが頭で理解はできても、感情で納得できるわけではない。今、暁平たちが集まっている教室を支配していたのは怒りとやりきれなさだった。
たとえ一年生ばかりのチームでも、旋風を巻き起こせると信じていた。ホセのコネクションによって県外の強豪クラブとも試合を重ね、二ヶ月とちょっとの間とはいえきっちりと準備をしてきたつもりだ。
U―15のカテゴリーに所属するチームには、実力に応じてカテゴリー分けがなされたリーグ戦がある。最下位カテゴリーに所属している鬼島中学にとって、圧勝が目に見えているそんなリーグ戦はまるで眼中にない。トーナメントである総体予選を勝ち上がっていくことが当面の最大の目標だった。
目標をいともあっさりと失ってしまった部員たちが重苦しい空気に包まれているなか、立ったままだった久我が乾いた声をあげた。
「やってらんね。自分の教室に戻るわ、おれ」
そう投げやりに言い放ち、振り返りもせず久我はズボンのポケットに手を突っこんで出て行ってしまった。
彼の気分屋な性格を知っている一同は誰も止めようとはしない。「しょうがねえな」というのがみんなに共通した気分だっただろう。
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