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本編
016 捨てるっスからね
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オリエルが声を掛けるよりも先に、アルティナが問いかけた。
「何しにここに?」
「っ……」
この言葉はオリエルの心に刺さる。会いたくないと言われたらどうしようと冷やりとしていれば、アルティナから出て来たのは冷静な言葉だった。
「まだこの間捕まえた盗賊達の尋問からの追及が終わっていないはずよね?」
「っ……あの盗賊……っ、そうか、この手紙っ」
オリエルは懐に入れていた巾着を取り出す。彼はまるでそれが御守りであるかのように、そっと手に乗せて見せた。
「この中にあった金貨と手紙はアルティナ嬢、君の……」
「ええ。遠征のお駄賃くらいはと思って」
「そ、そうか……っ」
小さく折り畳まれた手紙が中に入っている。その美しい文字を思い出し、内容は報告書のようなものだが、オリエルには冷めた体が一気に熱を持つ感覚を覚えた。
アルティナの本性を知ってから初めてもらった手紙だ。それまでの手紙は、婚約者になる者としての、お手本のようなありきたりな内容のものしかない。それを考えると、アルティナの本当の思いの、考えの詰まった手紙だ。それがオリエルには無性に嬉しかったのだ。
そうして巾着を見つめていれば、これを受け取った時の衝撃を思い出した。
「……っ、あ、あの森の神は……っ」
「友達みたいなものよ。小さい頃から遊んでもらったの」
「……遊んでもらった……? 森の神に?」
そこで、その話が聞こえたらしい若い男が吹き出しながら告げた。
「あははっ。まあ、信じられねえよな~。けど、セイグラル家の関係者には当たり前みたいになってる話だぜ? 十才の頃には、銀の君と取っ組み合いの喧嘩をしたとか」
「ラナン。煩い。連れて来てやったんだから、いつもより手をしっかり動かしなさいな。連絡役だけにするわよ」
「っ、お、お嬢っ、そんな事言わんでくださいよ~っ。ちゃんと働きます!」
「ならさっさと終わらせて」
「はい!! さっさと縛り上げ終わります!」
ラナンと呼ばれた青年は、愛想良くしながらもキリっと背筋を伸ばすと、気絶した盗賊を縛り上げるのに駆け出していった。
またオリエルとアルティナだけになる。
「で? 何? お駄賃、納得いかなかった?」
「っ、い、いやっ。そ、それは別にっ……それよりもその……先日の夜会の時の……」
そこまで言って、再び懐を探るオリエル。そこには、契約書が入っている。すぐにでもこれは無かったことにしてもらおうと、覚悟を決めていたのだが、それを出す前に、新たな報告が来た。
「報告します! 二番隊から六番隊まで、予定通り捕縛まで完了しました。これより、第二作戦に移行するとのことです!」
「意外と早かったわね。なら、こちらも次に行くわよ」
「はっ!」
慌ただしくガディーラの者達が動き出す。
「回収班到着まで、後十五分です!」
そんな声が響くと、バッカスが張りのある声を響かせる。
「第三班は引き渡しまで待機!」
「「了解!」」
「第二は先に次の作戦開始場所まで出発!」
「はい!」
「第四班! 回収した馬を待機場所まで移動! 作戦終了まで周辺の警戒をしながら待機!」
「はっ!」
六人ずつで一つの班になっており。第二班と第四班は移動していく。しかし、馬を移動する第四班が出発する前に、オリエルとアルティナの方へと第四班の若い男が声をかけて来た。
「あの。クイルさんはどうします?」
「え? ああ……」
オリエルが答えようとする所で、クイルが近付いてくると、アルティナへと擦り寄る。
「あ、まとめてくれるの?」
《フシュ》
「助かるわ。クイルは他の馬達をまとめてくれるそうよ。一緒に行って」
「分かりました! では、クイルさん。こちらに!」
《フシュ》
「え……?」
オリエルだけが動揺していた。相棒であるはずのクイルまでもが、オリエルを蚊帳の外に置いていた。
「っ、クイル?」
《ブルルッ》
声を掛けるオリエルに、クイルは少し顔を向けるが、そのまま尻尾を振って第四班と共に森の中に消えた。
「……クイル……」
「よく今までやって来られたわね。アレは、王の相棒にもなれる気高い女王よ?」
「女王……確かに、中々懐かなくて……苦労した時期もあった……」
「でしょうね。みっともなく縋るような事はしないことね。相棒として相応しくあるように努力して見せないと、あっさり捨てられるわよ」
「……」
オリエルにそれだけ言って、アルティナはバッカスの方へと向かった。呆然とするオリエルに小声で声をかけたのはラナンだ。
「アレ、ウチのお嬢にも言える事っスからね」
「っ……」
「あんたへの態度からすると、ヤバいっスよ? 恋愛結婚推奨のセイグラル家が、この状態で未だに破棄しないってことは、領民や国のために必要ってことっしょ」
ラナンは面白くなさそうに近くの木にもたれかかり、頭の後ろで手を組んでいた。そんな彼にオリエルは動揺しながら顔だけを向ける。
「この場合、お嬢が気に入らないなら婚姻までに、あんたに代わる扱いやすい奴を見つけて来るっスよ。お嬢は、要らないと思ったらあっさり捨てるっスからね」
「捨てる……代わり……っ」
「あっ、けど、俺ら部下は失敗すると、その後一度は挽回する機会を与えてくれるんで、すぐ捨てられるって事はないんスけどね~」
「……っ」
ならば婚約者はどうなのか。オリエルの中の焦燥感は増していく。
「因みに俺は、怒られて~、挽回して~、怒られて~、挽回して、なんとか堪えてるっス。いや~、もう今更お嬢から離れるとかナイっスわ」
「……」
「叱られんのとか、お仕置きに手加減しないところとか、綺麗で可愛いのにめっぽう強いのとか、その辺の男より頼りになるのとか、マジでうっとりするッスからね!」
「……っ」
思い出しているのか、ラナンは恍惚とした顔をしていた。オリエルが少し身を引いたのは怖かったからだ。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
「何しにここに?」
「っ……」
この言葉はオリエルの心に刺さる。会いたくないと言われたらどうしようと冷やりとしていれば、アルティナから出て来たのは冷静な言葉だった。
「まだこの間捕まえた盗賊達の尋問からの追及が終わっていないはずよね?」
「っ……あの盗賊……っ、そうか、この手紙っ」
オリエルは懐に入れていた巾着を取り出す。彼はまるでそれが御守りであるかのように、そっと手に乗せて見せた。
「この中にあった金貨と手紙はアルティナ嬢、君の……」
「ええ。遠征のお駄賃くらいはと思って」
「そ、そうか……っ」
小さく折り畳まれた手紙が中に入っている。その美しい文字を思い出し、内容は報告書のようなものだが、オリエルには冷めた体が一気に熱を持つ感覚を覚えた。
アルティナの本性を知ってから初めてもらった手紙だ。それまでの手紙は、婚約者になる者としての、お手本のようなありきたりな内容のものしかない。それを考えると、アルティナの本当の思いの、考えの詰まった手紙だ。それがオリエルには無性に嬉しかったのだ。
そうして巾着を見つめていれば、これを受け取った時の衝撃を思い出した。
「……っ、あ、あの森の神は……っ」
「友達みたいなものよ。小さい頃から遊んでもらったの」
「……遊んでもらった……? 森の神に?」
そこで、その話が聞こえたらしい若い男が吹き出しながら告げた。
「あははっ。まあ、信じられねえよな~。けど、セイグラル家の関係者には当たり前みたいになってる話だぜ? 十才の頃には、銀の君と取っ組み合いの喧嘩をしたとか」
「ラナン。煩い。連れて来てやったんだから、いつもより手をしっかり動かしなさいな。連絡役だけにするわよ」
「っ、お、お嬢っ、そんな事言わんでくださいよ~っ。ちゃんと働きます!」
「ならさっさと終わらせて」
「はい!! さっさと縛り上げ終わります!」
ラナンと呼ばれた青年は、愛想良くしながらもキリっと背筋を伸ばすと、気絶した盗賊を縛り上げるのに駆け出していった。
またオリエルとアルティナだけになる。
「で? 何? お駄賃、納得いかなかった?」
「っ、い、いやっ。そ、それは別にっ……それよりもその……先日の夜会の時の……」
そこまで言って、再び懐を探るオリエル。そこには、契約書が入っている。すぐにでもこれは無かったことにしてもらおうと、覚悟を決めていたのだが、それを出す前に、新たな報告が来た。
「報告します! 二番隊から六番隊まで、予定通り捕縛まで完了しました。これより、第二作戦に移行するとのことです!」
「意外と早かったわね。なら、こちらも次に行くわよ」
「はっ!」
慌ただしくガディーラの者達が動き出す。
「回収班到着まで、後十五分です!」
そんな声が響くと、バッカスが張りのある声を響かせる。
「第三班は引き渡しまで待機!」
「「了解!」」
「第二は先に次の作戦開始場所まで出発!」
「はい!」
「第四班! 回収した馬を待機場所まで移動! 作戦終了まで周辺の警戒をしながら待機!」
「はっ!」
六人ずつで一つの班になっており。第二班と第四班は移動していく。しかし、馬を移動する第四班が出発する前に、オリエルとアルティナの方へと第四班の若い男が声をかけて来た。
「あの。クイルさんはどうします?」
「え? ああ……」
オリエルが答えようとする所で、クイルが近付いてくると、アルティナへと擦り寄る。
「あ、まとめてくれるの?」
《フシュ》
「助かるわ。クイルは他の馬達をまとめてくれるそうよ。一緒に行って」
「分かりました! では、クイルさん。こちらに!」
《フシュ》
「え……?」
オリエルだけが動揺していた。相棒であるはずのクイルまでもが、オリエルを蚊帳の外に置いていた。
「っ、クイル?」
《ブルルッ》
声を掛けるオリエルに、クイルは少し顔を向けるが、そのまま尻尾を振って第四班と共に森の中に消えた。
「……クイル……」
「よく今までやって来られたわね。アレは、王の相棒にもなれる気高い女王よ?」
「女王……確かに、中々懐かなくて……苦労した時期もあった……」
「でしょうね。みっともなく縋るような事はしないことね。相棒として相応しくあるように努力して見せないと、あっさり捨てられるわよ」
「……」
オリエルにそれだけ言って、アルティナはバッカスの方へと向かった。呆然とするオリエルに小声で声をかけたのはラナンだ。
「アレ、ウチのお嬢にも言える事っスからね」
「っ……」
「あんたへの態度からすると、ヤバいっスよ? 恋愛結婚推奨のセイグラル家が、この状態で未だに破棄しないってことは、領民や国のために必要ってことっしょ」
ラナンは面白くなさそうに近くの木にもたれかかり、頭の後ろで手を組んでいた。そんな彼にオリエルは動揺しながら顔だけを向ける。
「この場合、お嬢が気に入らないなら婚姻までに、あんたに代わる扱いやすい奴を見つけて来るっスよ。お嬢は、要らないと思ったらあっさり捨てるっスからね」
「捨てる……代わり……っ」
「あっ、けど、俺ら部下は失敗すると、その後一度は挽回する機会を与えてくれるんで、すぐ捨てられるって事はないんスけどね~」
「……っ」
ならば婚約者はどうなのか。オリエルの中の焦燥感は増していく。
「因みに俺は、怒られて~、挽回して~、怒られて~、挽回して、なんとか堪えてるっス。いや~、もう今更お嬢から離れるとかナイっスわ」
「……」
「叱られんのとか、お仕置きに手加減しないところとか、綺麗で可愛いのにめっぽう強いのとか、その辺の男より頼りになるのとか、マジでうっとりするッスからね!」
「……っ」
思い出しているのか、ラナンは恍惚とした顔をしていた。オリエルが少し身を引いたのは怖かったからだ。
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