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本編
017 貯金箱……
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アルティナも別にオリエルに意地悪している訳ではない。何より、特別嫌ってもいない。
「オリエル殿の事、どう思っているんです?」
心配だし付いて行くと言ったオリエルに対して、邪魔するなよとアルティナに返されたのを見たバッカスや他のメンバー達は、あまりにもオリエルが不憫過ぎてそんな質問をした。
「将来の共同経営者? 的な? ほら、相手がおっさんでも子どもでも、キレイなお姉さんでも別に同じっていうか?」
「……っ……」
「……そ、そうですか……」
残念ながら、望んだ答えは返って来ず、更にオリエルが胸を痛める結果になった。質問はもうないねと言って、アルティナはさっさと歩みを早めた。そんな様子を見ていて、あまり空気を重くしないように気を遣ったとも言える若者達の言葉がこれだ。
「お嬢。マジで興味ないっスね~。政略結婚ってやっぱ、冷たいっスわ」
「寧ろ温度も感じなくない?」
「いや、でも分かるわ。共同経営者ねえ。子どもも作る気なかったりして」
「あ~……お嬢の子ども……ヤバいの出てきそうっスね!」
「これはアレだ。旦那に掛かってる! どんなのが生まれるかによって、隣国が滅ぼされるわ」
「いやいや。お嬢の手でいつかやるっしょ」
「っ……!?」
オリエルが、話の分かりそうなバッカスに目で訴える。これはどういう意味かと。
因みに、アルティナは暴れん坊な自覚があるため、こうした話は聞いていても『あるかもね』と寧ろ納得するだけだ。
少し先行しているアルティナは、警戒を怠っていなかった。彼女が先頭に立っているからこその、この少し緩んだ状態なのだ。信頼していると言える。
緊張し続けるのは精神的な消耗がある。よって、ガディーラの者は、作戦中でも適当に手を抜き、気を抜くことができる。寧ろそれを推奨していた。それが上手に出来ると一人前と認められるのだ。
バッカスは苦笑しながらふっと息を吐き、オリエルに説明する。
「お嬢は、子どもの頃からヤンチャで、セイグラル領の者達はお転婆姫とか呼んでます。着飾って、黙ってれば深層の令嬢ですけどね」
「彼女が……お転婆……一体何を……」
「セイグラルには海があります。海の魔物は大きいのも多い。その海を守ってきたのは、あの地の漁師達です。ですが、それを間引き、穏やかな海にすることで、今度は海賊や隣国からの賊が入って来るようになりました」
「っ、あ、隣国と接していましたね……そこと関係する功績で陞爵を繰り返して来た家だと……」
「そうです」
商家でありながら、その地を守るために力を尽くして来た家だったと、オリエルは正しく理解していた。成り上がりだとバカにする貴族達の方こそ、愚かだと腹を立ててもいる。
これらは、アルティナの本性を知ったことの衝撃から立ち直るためにもと、再度調べて頭に入れたことだった。
「その賊どもを退治していたのが、お嬢の母親である現伯爵夫人のリスティア様です。商家として、行商の折には護衛を雇います。その護衛に憧れて、武技を磨く子があの一族には一人か二人生まれるらしくて」
「……まさか……」
「ええ。リスティア様もですが、お嬢の幼い頃からのおもちゃは、その賊どもでした。そして、お嬢から言わせると、その賊どもは貯金箱らしくて……」
「貯金箱……お金の……?」
「はい……リスティア様は宝箱の番人だと言っていました」
「宝箱……」
そう変わらない気がするというのが、オリエルの正直な感想だ。
「お嬢曰く、宝箱は箱を置いてくるが、貯金箱は箱ごと受け取るのが当然とか……」
「それは……まさか、船ごと……」
「……はい。お陰で造船所が儲かってますね。改修して売りつけていたりしますから」
「……」
「まあ、売るのは商船や漁船としてですけどね。残りは隣国への威圧も兼ねて、そろそろ大艦隊が出来ますよ……お嬢も、嫁に行くぐらいなら、その大艦隊の提督になると少し前まで仰っていました」
「……」
オリエルの中で、少しずつ、確実にアルティナという人物像が変化して行く。
「……結婚は……嫌……なのでしょうか……」
「そうですねえ……いえ、寧ろあのお嬢を追いかけられる相手というのが難しいと我々は思っていましたから……」
これに、近付いてきたラナンが割り込む。
「そうそうっ。お嬢の夫になるなら、隣に立てるとは思わない方が良いっスよ。大人しく隣を歩いてくれる訳ないっスもん」
「あ……だから、追いかける……」
「追い付いてもすぐ駆け出すっスよ。きっと。それでも諦めずについて行けるかどうか。その覚悟あるっスか?」
「っ……」
オリエルは、その時ラナンの真剣な目が向けられたことでドキリとする。覚悟と言われなければ、きっと気付かなかっただろう。
既に、この婚約を無しにするという考えはオリエルにはなかった。だが、その覚悟だけではダメだったのだと気付かされた。
「俺らはついて行くっスけどね~。結婚したところで、お嬢はあの地を離れる気はなさそうだし。夫は別の地に残してってことも有り得るっスわ。これ、別居婚って言うんじゃないかな~」
「……っ」
「今の、あんたにほぼ無関心なお嬢ならやるっスよ。それで良いと納得して終わりだろうな~」
「っ、そ、そんな……けど、騎士団から離れたら……アルティナ嬢の言う結婚の意味がなくなる……っ」
アルティナがオリエルとの結婚を決めた理由は、騎士団への支援をするためだ。オリエルが王都の騎士団から去ることになればその意味はなくなる。
「あんたは王都。お嬢はセイグラル。見事な別居っスね」
「っ……わ、私は……っ」
ここで気付いたのだ。オリエルはアルティナと結婚することを望んでいた。はっきりと拒否され、突き放されたあの夜会の日に、オリエルはもうアルティナから離れるという考えは無くなっていたのだ。あれで強烈に興味を惹かれていたのだから。
真っ赤になって想いを自覚したオリエル。その視線が向かった先は、前を進むアルティナの小さな背中だった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
「オリエル殿の事、どう思っているんです?」
心配だし付いて行くと言ったオリエルに対して、邪魔するなよとアルティナに返されたのを見たバッカスや他のメンバー達は、あまりにもオリエルが不憫過ぎてそんな質問をした。
「将来の共同経営者? 的な? ほら、相手がおっさんでも子どもでも、キレイなお姉さんでも別に同じっていうか?」
「……っ……」
「……そ、そうですか……」
残念ながら、望んだ答えは返って来ず、更にオリエルが胸を痛める結果になった。質問はもうないねと言って、アルティナはさっさと歩みを早めた。そんな様子を見ていて、あまり空気を重くしないように気を遣ったとも言える若者達の言葉がこれだ。
「お嬢。マジで興味ないっスね~。政略結婚ってやっぱ、冷たいっスわ」
「寧ろ温度も感じなくない?」
「いや、でも分かるわ。共同経営者ねえ。子どもも作る気なかったりして」
「あ~……お嬢の子ども……ヤバいの出てきそうっスね!」
「これはアレだ。旦那に掛かってる! どんなのが生まれるかによって、隣国が滅ぼされるわ」
「いやいや。お嬢の手でいつかやるっしょ」
「っ……!?」
オリエルが、話の分かりそうなバッカスに目で訴える。これはどういう意味かと。
因みに、アルティナは暴れん坊な自覚があるため、こうした話は聞いていても『あるかもね』と寧ろ納得するだけだ。
少し先行しているアルティナは、警戒を怠っていなかった。彼女が先頭に立っているからこその、この少し緩んだ状態なのだ。信頼していると言える。
緊張し続けるのは精神的な消耗がある。よって、ガディーラの者は、作戦中でも適当に手を抜き、気を抜くことができる。寧ろそれを推奨していた。それが上手に出来ると一人前と認められるのだ。
バッカスは苦笑しながらふっと息を吐き、オリエルに説明する。
「お嬢は、子どもの頃からヤンチャで、セイグラル領の者達はお転婆姫とか呼んでます。着飾って、黙ってれば深層の令嬢ですけどね」
「彼女が……お転婆……一体何を……」
「セイグラルには海があります。海の魔物は大きいのも多い。その海を守ってきたのは、あの地の漁師達です。ですが、それを間引き、穏やかな海にすることで、今度は海賊や隣国からの賊が入って来るようになりました」
「っ、あ、隣国と接していましたね……そこと関係する功績で陞爵を繰り返して来た家だと……」
「そうです」
商家でありながら、その地を守るために力を尽くして来た家だったと、オリエルは正しく理解していた。成り上がりだとバカにする貴族達の方こそ、愚かだと腹を立ててもいる。
これらは、アルティナの本性を知ったことの衝撃から立ち直るためにもと、再度調べて頭に入れたことだった。
「その賊どもを退治していたのが、お嬢の母親である現伯爵夫人のリスティア様です。商家として、行商の折には護衛を雇います。その護衛に憧れて、武技を磨く子があの一族には一人か二人生まれるらしくて」
「……まさか……」
「ええ。リスティア様もですが、お嬢の幼い頃からのおもちゃは、その賊どもでした。そして、お嬢から言わせると、その賊どもは貯金箱らしくて……」
「貯金箱……お金の……?」
「はい……リスティア様は宝箱の番人だと言っていました」
「宝箱……」
そう変わらない気がするというのが、オリエルの正直な感想だ。
「お嬢曰く、宝箱は箱を置いてくるが、貯金箱は箱ごと受け取るのが当然とか……」
「それは……まさか、船ごと……」
「……はい。お陰で造船所が儲かってますね。改修して売りつけていたりしますから」
「……」
「まあ、売るのは商船や漁船としてですけどね。残りは隣国への威圧も兼ねて、そろそろ大艦隊が出来ますよ……お嬢も、嫁に行くぐらいなら、その大艦隊の提督になると少し前まで仰っていました」
「……」
オリエルの中で、少しずつ、確実にアルティナという人物像が変化して行く。
「……結婚は……嫌……なのでしょうか……」
「そうですねえ……いえ、寧ろあのお嬢を追いかけられる相手というのが難しいと我々は思っていましたから……」
これに、近付いてきたラナンが割り込む。
「そうそうっ。お嬢の夫になるなら、隣に立てるとは思わない方が良いっスよ。大人しく隣を歩いてくれる訳ないっスもん」
「あ……だから、追いかける……」
「追い付いてもすぐ駆け出すっスよ。きっと。それでも諦めずについて行けるかどうか。その覚悟あるっスか?」
「っ……」
オリエルは、その時ラナンの真剣な目が向けられたことでドキリとする。覚悟と言われなければ、きっと気付かなかっただろう。
既に、この婚約を無しにするという考えはオリエルにはなかった。だが、その覚悟だけではダメだったのだと気付かされた。
「俺らはついて行くっスけどね~。結婚したところで、お嬢はあの地を離れる気はなさそうだし。夫は別の地に残してってことも有り得るっスわ。これ、別居婚って言うんじゃないかな~」
「……っ」
「今の、あんたにほぼ無関心なお嬢ならやるっスよ。それで良いと納得して終わりだろうな~」
「っ、そ、そんな……けど、騎士団から離れたら……アルティナ嬢の言う結婚の意味がなくなる……っ」
アルティナがオリエルとの結婚を決めた理由は、騎士団への支援をするためだ。オリエルが王都の騎士団から去ることになればその意味はなくなる。
「あんたは王都。お嬢はセイグラル。見事な別居っスね」
「っ……わ、私は……っ」
ここで気付いたのだ。オリエルはアルティナと結婚することを望んでいた。はっきりと拒否され、突き放されたあの夜会の日に、オリエルはもうアルティナから離れるという考えは無くなっていたのだ。あれで強烈に興味を惹かれていたのだから。
真っ赤になって想いを自覚したオリエル。その視線が向かった先は、前を進むアルティナの小さな背中だった。
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