秘伝賜ります

紫南

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第二章 秘伝の当主

069 面倒事は多いです

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2018. 8. 29

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休み明けの月曜日というのは憂鬱になるものだ。特に、面倒な事を押し付けられた週の始めというのは、さっさと終わらせたいという思いと、その日が来なければいいという思いが拮抗してモヤモヤする。

榊の家を訪れるのは、二日後の水曜日と決まったので、それまではいつも通りだ。

とはいっても、普通の大学生としてのいつも通りとはいかないのが、高耶だった。

その日は、教授の都合で大学の講義が昼一番のひと枠だけだ。こうなると、そのまま友人達と学内でダラダラしたり、思い切って遊びに出かけたりするのだが、高耶はそういうことにはならない。

やる事は沢山あるのだ。そして、この後の予定もきっちりと入れていた。面倒な部類ではあったが。

「ここだな」

高耶は、扉を使って自宅のある市から五つ隣の市までやってきた。

ここに、秘伝に依頼をしてきた剣道場がある。

「面倒なことになりそうだ……」

見えてきた道場に近づくにつれて、足取りが重くなる。しかし、今一度身だしなみを整えると、気合いを入れてそこへ向かった。

門をくぐり、数人の人の気配を感じて道場の方へ直接足を向ける。

その途中で、ふと知っている気配があることに気づいた。

「ん? なんでここに? いや、でも……」

その人物がなぜこんな場所にいるのかが分からなかった。しかし、よくよく考えてみると、その人物は剣道を昔習っていたというのは聞いたことがある。今ではそんな面影はないが、そのお陰で仲良くなったのだったかと思い出す。

「こんにちは」

そうして覗き込んだ先には、驚愕するよく見知った顔があった。

「え? 高耶? なんでここに? あれ? 大学でなんかあったとか? いやいや、それならメールするよな?」

大混乱だ。

そこにいたのは、幼馴染であり、現在大学も同じの和泉俊哉だった。

そして、その隣にはいつか世話になった見守り隊のおじいさんと、それよりも更に年上の貫禄のある老人がいた。

混乱する俊哉を置いて、見守り隊のおじいさんが歩み寄ってくる。

「おお。なんだ。どうしたんだ? 俊の友人だとは聞いていたが……」

遊びに来たのかと言おうとしたのだろうが、ここは俊哉の家ではないのは確かで、彼も状況が分からない様子だった。

もちろん、たまたまとは考え難いだろう。苦笑しながら高耶は頭を下げる。

「先日、こちらで一族の者がご迷惑をおかけしたらしく。謝罪と、改めてご依頼を伺いに参りました。秘伝家現当主、秘伝高耶と申します」
「え……」
「ええ!?」

深く頭を下げ名乗ると、おじいさんはポカンと口を開け、俊哉は叫んだ。

今日ここへ来たのは、本家の者達の尻拭いをするためだ。気が重くなるのも仕方がない。先週、この道場から本家へと依頼が入った。

高耶でなくても、武術指導などにも秘伝家は時折呼ばれる。そんな依頼は、ほとんどが高耶に伝わることなく、当主だと言って本家の者達が請け負っている。

別にこれに目くじらを立てることなく、やってくれるならやってくれという思いで高耶は無言を貫いているが、自分たちこそが未だに正当な当主でなくてはならないと思い込んでいる高慢な本家の嫡男達は、時折やらかしてくれる。

今回は、できると過信してできなかったパターンだ。なぜかクレームだけは高耶にしっかりと伝えてくれるので、呆れてしまう。

前にいる動かなくなった二人の様子を確認して、奥でこちらを見つめる老人へと目を合わせる。すると、低く深みのある声が聞こえてきた。

「お前が現当主と?」
「はい。正しく、秘伝の全てを継承しております。先日お伺いしたのは本家の者ではありますが、全てを継承しているとはいえません。それが可能なのは、当家にただ一人。祖先に力を認められた者のみです」
「なるほど……」

こちらを見定めようとする目は鋭く。これぞ歴戦の将のと揶揄したくなる類いのものだった。しかし、そんな視線も高耶には慣れたもので、至って自然にそれを受け止めていた。

しばらくすると、ふっとそれが和らぐ。

「お上りくだされ。私がこの道場の師範、飛蒼克守《ヒソウカツモリ》と申します。どうか、我が家の秘伝をお預かりいただきたい」
「はい。ご依頼、賜りました」

その言葉を受けて、老人は心底満足気に目元を緩めたのだった。
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