秘伝賜ります

紫南

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第三章 秘伝の弟子

142 見送ること

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高耶と源龍は日が暮れてから河原へやって来た。既に場は整っている。

結界も張られ、霊などが視える陰陽師以外はこの場を見ることができない。

焔泉も光を放つように見えるほど清められた衣装でやって来ていた。

「高坊、来たか」
「今日はよろしくお願いします」
「任せよ。水神様も見ておられるでなぁ」

川の方に目を向ければ、水神が姿を現した。そして、次の瞬間には人型になっており、こちらを見つめていた。

「呼んでおられる。高坊、行きなはれ」
「はい。ついでに水神様のところまで結界を広げて来ます」
「無理はせんようになあ」
「私はここに居るよ」

源龍を残し、高耶は水神に向かって歩き出す。ついでに川を清めるようにして結界も張っていくのだ。

水の上を歩いていく高耶の足下からは、一歩水に触れる度に青い光が水の上を走る。儀式場のある河原は清められていても、川までは清められていない。本来はする必要がないのだが、水神も儀式で送られる者達を想っているのだ。その想いが伝わるように道を作る。

水神の力の影響が周りに出ないように、高耶は結界を張った。

《礼を言う。ヌシは我の想いを理解してくれた》
「今まで見守って来られたのです。彼らと同じ人として見送ってくださること、感謝いたします」

頭を下げ、儀式場を振り返ると、そろそろ始まるようだ。

どこで見ていようかなと考えていると、水神がこちらを見ていることに気付いた。

「どうかされましたか?」
《うむ……ヌシのような真に力ある者には久方ぶりに会った。苦労も多かろう》
「幸い、協力してくださる方も心配してくれる者も居ります。苦であるとは思っておりません」
《なるほど……苦を苦と思わぬか……ふふふ。気に入った》

何やら気に入ってもらえたらしい。

そうして、儀式が始まる。

焔泉の声は不思議な響きを持って場を満たしていく。同時に水神も力を解放していき、美しく広がっていくのが高耶には見えた。

きっと、今頃遥迦達が見ている映像にもこれは見えているだろう。高耶の見えるものを見えるように充雪が調整しているのだ。

虹色に輝く世界がそこにある。そして、黄色い光が河原から立ち上ってきた。それが、焔泉の鳴らした鈴の音で真っ白な光に変わっていく。

とても幻想的な光景だった。

《恨みなく逝けるか……》
「はい……」

昇っていくのは、あちらへ逝けるのだと思えたからだ。恨みも忘れて次へと望むことができなくては、昇って行けない。光を放つことができない。

沢山の光が後から後から現れては上へ昇っていく。どれだけの者がこの地に眠っていたのだろう。これだけの者が無念の死を迎え、ずっとこの地に縛られていたのだと思うと、昔のこととはいえ、戦をした者を恨まずにはいられない。

彼らにも家族があっただろう。彼らの帰りをずっと待っていただろう。そう思うとやるせなかった。

《ヌシは優しいな。他者の痛みなど負っていては身がもたぬぞ》

水神がクスクスと笑いながら高耶を見ていた。

「送る時だけは、代わりにと思っております。術者の中には、全て忘れて逝こうとしている者達に失礼だと言う者もおりますが、私は、残っている後悔の想いを、この地に置いて行って欲しいと思っているのです」
《なるほど……割り切れん者も居るだろう……ヌシのようにその無念を理解していると示すのは悪くないかもしれん。ほれ、頑固に残っていた者も、旅立とうとしておるわ》

人の本質は変わらない。誰かにこの思いを理解して欲しい。そう思うのはおかしなことではないのだから。

そうして、全てを送り終える。

《終わったか……ヌシの名を聞こう》
「秘伝高耶と申します」

神に名を聞かれるというのはとても珍しいことだ。神は個ではなく、この地に生きる人という集団として見る。名を聞くということは、個を認めるということ。それは、特別な存在になるということだ。人の命は、神にとってほんの一瞬のもの。氏を、血族の名を上げて加護をもらう事はあるが、個人というのは本当に名誉なことだろう。

《秘伝高耶。改めて礼を言う。我の加護を与えよう》
「ありがたく」
《時折会いに来るようにな》
「はい」

水神は高耶へ加護を与えると、満足気に微笑んで川の中に消えていった。

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