秘伝賜ります

紫南

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第一章 秘伝のお仕事

022 未来に繋がるように

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2018. 1. 17

**********

今日は日曜日だ。明日も祝日とあって、観光客が多く見られる。しかし、一歩奥へと入れば、この場所に住む人々が日常を過ごしているのだ。

道場もそんな観光客達からは少しばかり離れた場所にある。長い石段を登りながら、ふと高耶は振り返って山へと目を向けた。次いでまさかと思いながら、道場よりも奥。家の裏の方へ目を向けた。

「……これは……繋がっている?」

高耶が感じたのは、山神の力だ。今、恐らく高耶の力は充雪を介して山神へと流れている。だから気付いたのだろう。昨日はこれに気づかなかった。

山神がいるのは間違いなく道場の前にある山だ。そこに、御神体がある。そこから、力が繋がっている場所があった。

こういった場所では、人が参るための神社と本来の御神体のある神のいる社が別になっていることがある。

どうやら、神社がこの道場の後ろ辺りにあるようだ。予想はできたはずなのだが、これは大きな見落としだと肩を落とした。

「事前に地図で確認しておけばよかったな……」

高耶には神の気配が分かる。だから、神社がどこにあるかとか、そんな事はいつも確認したりしない。

神社があっても神が留守というのでは意味がない。だから、神社の位置に頼らないのだ。だが、確実に神に繋がっている場所ではあるので、本来は疎かにするべきではなかった。

「能力も一長一短だな」

今回はたまたま充雪と繋がっており、そこから山神が力を持って行っているために気付けた。怪我の功名とも言う。

「後で行ってみるか」

山神の力を取り戻すには必要な場所だ。見て損はないだろう。

「とりあえず、先ずはこっちだな」

高耶は静かに道場へと向かう。石段を登り終え、門をくぐる。すると、そこに巫女服を着た女性が母屋の方からやって来た。

「 観光の人かしら。 ここはただの道場ですよ」

無表情というか、少々剣のある様子で女性が話しかけてきた。当然だろう。部外者が敷地に入ってきたのだ。警戒するに決まっている。

「すみません。泉一郎さんとお会いする約束で参りました」
「お祖父ちゃんに……?」

目を細めて高耶をじっと見つめる女性。怪しいと思っているのは明白だった。しかし、そこへあの老人……泉一郎がやって来た。

「高耶君。もう来ていたのか」

丁度、稽古の休憩に入ったのだろう。汗を拭きながら嬉しそうな顔でやってきた。昨日より表情は生き生きとしている。

「ええ。少々心配でしたので」
「そうか。いや、私は大丈夫だ。気遣いありがとう」
「いいえ。良い汗を流されたようですね」
「そりゃぁもう。まだまだヒヨッコどもには負けておれんでなぁ」

こんなに喋るのも、昨日の様子からは想像できない変わりようだ。それに女性も驚いたようだ。

「ちょっと、お祖父ちゃんっ。年を考えてよ。あんまり無理しないでっ」
「何を言っとる。ワシはまだ若いぞ」
「今年で八十でしょっ。無茶はダメ!」

孫娘が心配するのも無理はないのだろう。しかし、泉一郎は今やヤル気に満ちている。

「なんのっ。まだ十年は現役だわいっ。なぁ、高耶君」
「ええ。八十はまだお若いですよ」
「そうだろう、そうだろう」
「ちょっと、無責任な事言わないでよ!」

他人が口出しするなと言う噛みつきようだ。

「おい、失礼だぞ。それより、お前いいのか? 神楽の稽古が始まるんだろう?」
「あっ!? ちょっ、い、行ってきますっ!」

慌てて女性は駆けていく。しかし、一度振り返り、高耶に釘を刺した。

「お祖父ちゃんに無茶させたら許さないから!」
「こらっ、麻衣子っ」

泉一郎の注意を背中で弾き返し、麻衣子と呼ばれた女性は石段を駆け下りて行った。

「すまんな。気の強い孫娘で」
「心配されるのもわかりますので」
「そうか……少しあちらで話そう。休憩明けの指示を出してくる。先に行っててくれ」
「わかりました」

泉一郎が指差した先には、大きく開け放たれた縁側がある。そこに高耶は一足先に向かう。

程なくして泉一郎がやってくると、家の中から母と同じくらいの年齢の女性がお茶を持ってやってくる。

「まぁまぁ、お父さんったら、こんなお若い方といつ知り合ったのかしら。ゆっくりして行ってちょうだいね。お茶受けがこんな甘いお菓子でごめんなさい」
「ありがとうございます。和菓子は好物です」

緑茶に和菓子なんて、高耶にとっては大好物だ。それが全面に出るくらい笑顔で受け取った。

女性が家の中に消えた所で、泉一郎は座ったまま深々と頭を下げた。

「本当に感謝している。その上、こんな恩恵まで」
「それは、泉一郎さんが今までやってきた努力の見返りのようなものです」

泉一郎の言う恩恵とは、肉体の細胞の活性化のことだ。夢の中で無事に奥義を会得した彼は、精神の向上により、現実に肉体が若返ったのだ。

とはいえ、実際には泉一郎の場合、五十代頃の身体能力までだ。ただし、気力などは若々しく、今も湧き出てきている。それが、本来の能力以上の成果を出していた。

「本当言うと、嫌がる人もいるのです。そのまま目覚めなければ良いのにと……目覚めても自分で最後なのだからと言って……」

継ぐ者が思い当たらない。自分の実際の肉体ではもう伝えることが出来ない。そう悟った者はこの恩恵を嫌がるのだ。

「そんなっ。私は良かったと思っとります。こんなにも体を動かしたのは久し振りで……確かに、これでいつ死んでも良いとは思いますがね……」
「ははっ、正直な人ですね。けれど、長生きしてください。未来など、何が起きるか分かりません。あなた自身で伝えられるものも多くあるのですから」
「そうですなぁ……そうかもしれません……いや、本当にありがとうございました!」

その目には涙が滲んでいた。それを見られぬように泉一郎は勢いよく立ち上がると、再び深々と頭を下げたのだ。
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