煌焔〜いつか約束の地に至るまで〜

紫南

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第一章

014 姉の愛です

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2018. 10. 13

次回、一日休ませていただきます。

**********

華城が見えてきた。揺らぐ視界をごまかしながら、後ろに乗る閻黎と、朔兎に声を掛ける。

「これより先は、誰にも見られぬように少し速度を上げます。老師は手を離さぬようにしっかりしがみついていてください。朔兎、迷わず着いて来い」
「はい」

天馬に乗って半日近くとはいえ、流石に朔兎の回復は早い。先程までの疲れの色は無くなっている。寧ろ、まずいのはこちらの方だ。それを察したのだろう。隣に並ぶようにして朔兎が樟嬰の顔を覗き込む。

「樟嬰様……顔色が……少し休まれてはいかがですか……」
「今休んだら動けなくなる。急ぐぞ」
「……はい」

納得し難いと不満そうにする朔兎を引き離すように少しだけ加速する。額に滲み出した嫌な汗を拭い、大地の端へと誘った。どこに向かおうとしているのか分かったのだろう。閻黎の手に力が入る。

「大丈夫です。危険な場所ではありません」
「一体どこに……」
「もうすぐです」

天馬であっても、端からその上や下に行くことは出来ない。この大地に生きる者は、この大地から離れることは許されない。それが常識である。

一般的には、大地の端から出れば天馬は力を失い、果ての地へと墜落するのだと言われていた。それは死と同義だ。しかし、実際は違う。

「大地の外壁からおおよそで十メートルの範囲は防御膜があり、ある程度落下しても外壁の上に弾き飛ばされるようになっています」
「で、では、落ちる事はないと?」
「ええ。外へ飛び出しても戻って来られます」

これに閻黎は安心したように力を少しだけ抜いた。

「それに、下までは行きません。目的の場所はあそこです」
「……穴……なんな所に、洞窟ですかな?」

地下宮殿に続く門のある穴へと滑り込むと、馬から降りる。けれど、少しだけよろめくようにフワフワと足元が覚束ない感覚があった。支えを求めるように、樟嬰は門に手を当てる。

ゆっくり開いていく門が霞み、歪むのを感じた。

「樟嬰様ッ」

傾いでいく身体に力が入らない。後ろから慌てて手を伸ばそうとする朔兎を感じる。その時、不意に前から暖かい手が体に回された。

「おっと、お帰り、桂薔。危なかったね」
「……葵兄様……すみません……少し……休みたい……」
「あぁ。もういいよ」

それを聞いて安心し、意識が暗闇へと落ちていった。

◆  ◆  ◆

葵が抱き抱えた樟嬰の身体は、酷く軽く感じられるものだ。

「っ、無理をしたね……ではお客人、こちらへ。車を用意してあります」

しばらく歩けば、華やかな車が見える。

「天馬は、そこの厩舎へ」

朔兎は、二頭の天馬を厩舎へと繋ぐ。中には、不可思議な動物もあり、驚く老師と朔兎を面白そうに見て、葵は桂薔を抱いて車に乗り込むと、二人を導いた。

「地上とは幾分か違うでしょうが、気にする程の事ではありませんよ。例えばこの車も……引くのは馬ではありません。扉を閉めるよ。地上の馬車よりも頑丈で大きいでしょう?」

出発しますと告げる葵に閻黎が頷く。動き出したらしい車は、少し揺れたかと思えばかなりの速度で走り始めた。

「良かったら、外を見てみるかい?」

小さな小窓から、前方の馬が在るべき場所を見れば、醜い黒い固まりが三つ並んでいた。閻黎が息をのむ。

「っ、あれはっ?」
地民ノームと言うんだ。見た目は、まぁ……あれだけれど、気性も穏和で可愛いらしい所もある。あの子らの感覚のおかげで、車同士がぶつかる事も、誰かに怪我をさせる事もない。少しの食事を渡して礼をするだけで良いし、気さくな子達だよ」

話を聞きながらも、朔兎は樟嬰の様子に気が気ではなかった。

◆  ◆  ◆

葵の腕の中で、樟嬰は微かにうめき声を上げた。

「樟嬰様は、大丈夫でございましょうか……」

閻黎が心配そうに尋ねる。

「普段ならこんな無茶はしないんだけど……宮殿の中なら回復も幾分か早まる。いったい何をしたんだか……生気がかなり擦り減っているね」
「……わたくしが酷い怪我を負わせてしまい……かなりの血を流しておいででした……その後、殆ど回復もしないまま妖魔を数体……あれは、華月院の浄化の力でした」
「っ、そんな状態で力を使ったのかっ。くそっ……もっと急がせるか。地民ノーム! すまんが、急いでくれっ」

ぐんっと速度が上がり、葵はそっと桂薔の乱れて顔に掛かる一房の髪を払い退けてやった。

しばらくすると、桂薔に変化が起きた。黒かった髪は濃い青色に変わり、毛先は金に輝きだす。

「っ!?」

驚いたのは、心配そうに見つめていた朔兎と閻黎だ。

「桂薔……いや、樟嬰だったか。これは何も話していないのだね。驚く事じゃない。身体が回復の為に神気を高めているんだ。普段は極力抑え込んで、人と同じ黒い髪と瞳をしているが、本来の姿はこの髪の色で、瞳は美しい紫がかった色をしているよ。神気の満ちた場所に入った事で、誘発されたんだろう」
「樟嬰様は、神族なのですか?」
「とも言えない。混血だからね」

閻黎にはわかった。言い伝えにある神族の姿。葵を見ても、内面のどこか近寄り難い高貴さや、豊富な知識を要するだろう話し方。想像していた通りの姿だ。人が魅了されるのは無理ないことだろう。

「もう、じきに着く。桂薔が連れてきたというなら、父上に会わせるべきだからね。僕は桂薔を部屋で休ませて来るから、妹に案内させるよ」

丁寧に停車した車は、きっちりと宮殿の入口に横付けされていた。

葵は、素早く車から降りる。すると地民が、手のふさがった葵の為に、門をゆっくりと開けた。

「助かるよ。お客人、こちらへ」

後をゆっくりと着いていけば、程なくして、美しい女性が歩み寄ってきた。

「っ桂薔ッ。何て事っ」

ぐったりとする桂薔を見て悲鳴を上げ、駆けよる。

「梓。俺は、桂薔を運ぶから、客人達を案内してくれ」
「でも……わかったわ……」

渋々了承した梓は、朔兎を見て絶句した。

◆  ◆  ◆

「父上は応接室だな。客人が来た事は気づいているだろうから……頼んだぞ……梓」

固まってしまった梓に構っている余裕のない葵は、さっと背を向け、宮殿の奥へと吸い込まれていった。

「……あなた……っ、あの子の……桂っ……樟嬰の近くに仕えてくれている子だったわね。確か朔兎と呼んでいた……」
「はい。お初にお目にかかります。あの……何か……」

梓は警戒するように朔兎を見つめる。

「……誓約の印があるわね……昨日まで無かった……」
「昨晩、お許しいただきました」
「……そう……あの子のあの様子を見ると、あたなが全ての原因のようね……」

梓は言い終わるのを待たず、懐から素早く何かを抜き、思いっ切り振り抜いた。突如として膨らんだ殺気に、朔兎は目を見開く。だが、対処しようにも、手を出すことは躊躇われる。そんな考えが隙を与えてしまった。

次の瞬間、物凄い衝撃が朔兎の左頬を襲った。身体が宙に浮く感覚を覚え、少し離れた壁に容赦なく叩きつけられる。

「……っッ」

驚いたのは少し下がって控えていた閻黎だ。梓は、肩で息をして怒りを抑え込もうとしている。手に握られた扇が得物だった。その時、梓の右手側から鋭い声が飛んでくる。

「梓ッ」

びくっと声の響いた方に目を向ければ、顔を盛大にしかめた美女が立っていた。

「槇……お姉様……っ」

正気に戻った様子で、梓はたじろぐ。

「客人に何て事を! お前は部屋で頭を冷やして来なさいッ」
「っ……はい……」

恥じる様に扇を胸に抱いて駆け去る梓を見送った閻黎は、はっとして慌てて壁に埋まる朔兎に目を向けた。

「……っ、朔兎殿ッ」

駆け寄れば、うめき声が聞こえた。

「朔兎殿っ……聞こえますかなっ」

意識を失ってぐったりとしている朔兎に必死で呼びかける。ゆったりと背後に立った槇がそっと閻黎の肩に手を置いた。

「大丈夫。少し離れてください。【後退し、回帰す】」

槇は朔兎へと手を向けると、美しい言葉の響きと共に暖かい光を発した。

「……うっ……っ」
「っ朔兎殿っ……」

閻黎が再び呼び掛ければ、朔兎はゆっくりと目を開いた。

「申し訳ない。妹の梓は、桂薔の事となると我を忘れてしまって……」
「いいえ……わたくしの方こそ……」

丁寧に頭を下げる槇に、朔兎は首を振る。もう大丈夫なようだと安心した閻黎は槇へ尋ねた。

「失礼ですが、先程のお方は、樟嬰様とはどのようなご関係でございましょう」
「姉です。ここに住む者は、父上以外皆、桂薔……樟嬰の姉と兄なのです。梓にとっては、ただ一人の妹。大切に思うのは分かるのですが……少々行き過ぎな所がありまして……」

確かに、先程の殺気は本気だったと朔兎と閻黎は苦笑するしかなかった。

**********

読んでくださりありがとうございます◎

次回、一日空けて月曜15日となります。
よろしくお願いします◎
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