煌焔〜いつか約束の地に至るまで〜

紫南

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第一章

013 天馬で駆けて

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2018. 10. 12

**********

未だ早朝とはいえ、日は高くなってきていた。屋敷を出るならば、急いだ方がいい。

「樟嬰様。行くあてはあるのかぇ……?」
「いっそ、領を出て王都の方へ行かれては?」
「そういえば、無人になっている華月院の別宅が近くにありますよ。そちらではどうですか?」

三妃がそれぞれ行く先の提案をする。どこに行くのが安全なのか。心配してくれているのは良くわかった。

「他の影達が追手になるだろうから、そういう場所は避けたい。心配には及びませんよ。外での居場所はあります。やらなくてはならない事もあるし……着いてくるか、朔兎」
「何処へでも」

後は頼むと三妃達に言い残し屋敷を出ると、迷わず領城の厩舎へ急いだ。どこへでも行くと言った朔兎は、たどり着いたのが領城とあり、さすがに驚いたようだ。

「ここは……」
「ここで天馬を借りるんだ。厩舎長!」

呼べば厩舎長が出てきたので、朔兎を乗せてくれる天馬を頼む。

樟嬰の天馬は濃い青毛の美しい馬だ。力強く、先頭を駆けられる気質を持つ。名を艶姫エンジという。青毛は珍しく、厩舎にいる他の天馬は白か黒だった。

「お待たせしました。影翔エイトです」
「ほぉ、綺麗な黒だな。朔兎」

まだ若い馬で、持久力もあるという。影翔エイトも朔兎を認めたらしい。

「良さそうだな。では、行くぞ」
「はい」

厩舎を出て、飛び立つために作られた傾斜のある飛翔台に向かう。すると、領城の上の方から声が降ってきた。

「樟嬰様ッ。ご公務はどうされるのですかっ。溜まっていますよッ」
「悪い。明後日には戻るよ」

窓から叫ぶ朶輝に見つかりながらも、天馬にまたがり、次の瞬間には、朔兎を従えて空を翔ていた。

「どちらへ行かれるのかお聞きしてもよろしいですか?」
「黄城に行く。老師を連れて行きたい所があるんだ」

樟嬰は嫌な汗を拭いながらも、しっかり前を見据えて平静を装っていた。血を流したことの影響がまだ残っているのだ。貧血で倒れそうになる手前の状態とでもいうのだろうか。そこを不安に思いながらも保っていた。

薄暗い雲が太陽を覆い隠した空を、高い塔に向かって翔けること数時間。樟嬰の天馬である艶姫《エンジ》はかなり速い。それに朔兎の天馬影翔《エイト》も難なくついてきてくれる。お陰で半日とかからずたどり着くことができた。

それは、速度と高度を落とし、そろそろ降り立つ準備に入った頃だった。

「何だか騒がしいな……」

眼下を望むと、かなりの数の兵の怒号や、逃げ惑うような人々の悲鳴が聞こえた。

「樟嬰様ッ。妖魔ですッ」

示された方を見ると、巨大な猛獣が暴れ回っていた。通常は個体で行動するはずの大きな妖魔が、視認できたもので五体、集団となって人々を襲っている。

あれだけ接近されていては、ここから魔術を放ったところで民達をも巻き込んでしまうなと、他の手を考えていた時だった。

「行きます!」
「っ朔兎!?」

横に居たはずの朔兎が、いつの間にか今まさに一体の妖魔が切り裂こうとしている母子の前へと落下しながら飛び出していったのだ。

「あの馬鹿っ」

領城の天馬は躾が良く、こうして乗り手が飛び降りたところで暴走したりしないのは良いことだ。本来、群れで生きる天馬は、群れのボスや強者にきっちり従う。よって、影翔も樟嬰の乗る艶姫の行動に付き従ってくれるのだ。

改めて見下ろすと、朔兎は腰に帯びていた長刀を抜き放ち、気合いと共に妖魔の右目を縦に切り裂いていた。

「早く逃げてくださいっ」
「あっ、はいッ。ありがとうございますっ」

窮地を救われた母子は、必死でその場を駆け出していった。

「こちらへお早くっ。城の中へ避難してください!」

民を救わんと、城へと誘導する衛兵達と、妖魔に対峙する兵達が、必死に叫んでいるが、未だ一体の妖魔も倒れてはいない。

「こんな場所にまでとは……」

上空に留まり、我観せずを決め込んで、人々の動きを冷静に見下ろす。すると、黄城の門へ吸い込まれていく人々の流れが乱れた。

「なにッ……っ!?」

危険な場所に似合わぬ人影が飛び出して来たのだ。それは、杖ではなく、刀を携えた閻黎大老師だった。

◆  ◆  ◆

閻黎は、人々の波を避けながら、最も門の近くに迫ってきていた一体の妖魔へと向かっていった。

その闘い方は凄まじく、普段の穏和な老師からは想像し難い老練な剣士を思わせた。その一体が呻きながら地に這うまでを呆然と見て、老師を確認する。

流石に肩で息をしているようだ。だが、妖魔には関係ない。一体が容赦なく牙を立て、新たに襲い掛かる。その牙を受け止めたのは、朔兎だった。対峙していた妖魔を何とか倒し、駆け付けたようだが、こちらも息が上がってしまっている。

「お逃げください! ここは、わたくしが引き受けますっ」
「だがっ……」

苦しそうに顔を歪めながらも妖魔と根比べを続ける朔兎は、今にも折れてしまいそうだった。

「朔兎ッ。お前はもう約定を違える気かッ」

見兼ねて天馬から飛び降りると、樟嬰は一言もの申さずにはいられなかった。

「樟嬰様っ……危険ですのでお下がりをッ」

朔兎が叫ぶ。しかし、樟嬰はずかずかと牙を向ける妖魔に歩み寄り、朔兎の横に何事もないように立った。それを老師でさえ呆然と見つめる。

「っ樟嬰様ッ」
「うるさいっ。そのまま抑えていろっ」

焦る朔兎の気も知らず、目を閉じ集中すると、手の平を前へと突き出した。

「【この地を穢さんとするもの。愚かで憐れな魂よ。在るべき場所、在るべき姿へと帰そう……帰翔マス・パレス!!】」

樟嬰の手から放たれた美しい七色の光が、鋭く放物線を描く。光を受けた妖魔達は、ゆっくりと白い光の粒子となって空へと呆気なく溶けていった。それは、既に倒されていた妖魔の遺骸も同じだった。

人々は、何が起こったのか分からず、ただ呆然と立ち尽くす。樟嬰はふっと息を一度吐くと、時の止まった衛兵達へ指示を出した。

「何をしている! 壊された建物と、怪我人の対応を急げっ」
「「「はっ……はい!!」」」

覚醒した衛兵達を見送り、樟嬰は閻黎へ向き直る。

「老師。会っていただきたい方がおります。今から、明日の夜までの時間をいただけますか」
「えぇ……それは勿論……」
「では、お疲れの所申し訳ありませんが、こちらにお乗りください」

意思を察したように傍らに降りてきた天馬の背へと閻黎を誘い、自身もその後ろへ飛び乗る。

「老師をお預かりする」

見知った門番に告げると、空へ舞い上がった。

「行くぞ朔兎」
「はいっ」

同じく天馬に飛び乗った朔兎がついてくる。疲れが少し見られる顔をあえて無視し、行きより少し速度を落として翔け出す。

先程よりも格段に重くなった身体に気づかぬよう振る舞い、再び華城の方へと進路をとった。

**********

読んでくださりありがとうございます◎

次回、また明日13日です。
よろしくお願いします◎
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