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第一章
017 地民の報告
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2018. 10. 17
**********
樟嬰がゆっくりと目を覚ました時、部屋には誰もいなかった。
兄の葵が居たはずだ。それに、父の気が少し残ってもいる。あの過保護な父兄ならば、ずっと張り付いていてもおかしくはない。珍しいこともあるものだと思いながら体を起こす。
「どこへ……」
その時、外が騒がしい事に気付いた。
寝台から降りて身なりを整えると、そっと足音を忍ばせて外を覗いた。
「……っ」
そこには、黒い醜い固まりがそこここに集まっていた。数え切れない程の地民達だった。
「っ、一体何が……」
普段は、数匹ずつ固まって生活し、神族達に必要とされる時以外は、自分達の護る土地で眠っているはずだ。
異常な事態に、慌てて外へ飛び出した。そこに同じように気になって出てきたのだろう。この事態を眺めている槇の姿があった。
「桂薔。体の方は?」
「大丈夫です。槇姉様……これは……いったい……っ」
「あなたが、人族を連れて来たでしょう……ここでは人族でも地民達の姿を見る事ができる。だから、こうして伝えたい事があると集まって来てしまったらしい」
こんな事はかつてなかった。永い時を生きてきた神族でさえ動揺を隠せない。落ち着いた様子の槇も、困惑しているのだろう。離れた所では、宥めようと奮闘している楸や葵がいた。
「っ……?」
その時突然、長い衣の裾を下へ引っ張られた。
「ヒメ。ハナノ……シロノ……ヒメ」
「ハナ……確かに華城の者ですよ」
片言で話し掛けてくる地民が五匹、足元で見上げていた。
「何でしょう」
問い掛ければ、真ん中の地民がつぶらな瞳を真っすぐに向け、話し出した。
「ハナノシロ。クロクナッタ。キタナクナッタ。スコシマエ。チイサナ……オノコウマレル。スコシマエカラ。ノル。シンデイク」
「地霊……死んでいくという事は、瘴気が……?」
地霊とは、土地の命のようなものだ。地民達はそれを調整する役目を負っている。
「クロイイキ。ケモノガスム。ワレライキデキナイ……マックロ……イキラレナイ。マモレナイ……」
「近くに妖魔が住み着いているという事ではないのかい? 地霊が死ぬなんて、人が正気を保ってはいられないだろう」
不可解そうにする槇。その隣で、樟嬰は嫌な予感を感じていた。
微かだったが、華城の中で瘴気を感じた事がある。ほんの微かだったから、退治の時の移り気かとも思っていたが、先日朔兎を捜す時、一瞬だったが、それを強く感じる場所があった。
あの時は気が急いていたし、それどころではなかった。しかし、今思えばあれは異常だった。
地民の言葉をそのまま信じるとすれば、華城の中に妖魔が居るという事だ。もしそれが本当ならば、早急に手を打たなければならない。国の礎の一つであるあの場が脆くなれば、国の崩壊は加速する。
樟嬰は心を決めると、父の執務室へ走り出した。
◆ ◆ ◆
父の執務室には、閻黎と朔兎が居た。
「っ樟嬰様ッ。もう起き上がっても良ろしいのですか!」
心配顔の朔兎に大丈夫だと手を振り、父に向き直った。
「父上。降下の原因について、知っておられる事があるはずです。私の予想通りだとすると、国の礎である二本の柱が共に倒れます」
「っ……」
驚き、目を大きく見開く閻黎と朔兎を尻目に、離れた父を真っ直ぐに射抜くように見つめる。執務の椅子に座る父は、胸の前で組まれた手に顔を乗せ、眉根をきつく寄せている。
「私も、まさかと思っていた……だが先程、地民達が話している事を耳にし、確かなのだと……」
受け取った視線の意味を理解し、直ぐに閻黎へ向き直る。
「老師。玉と話す事はできませんか。早急に確認しなくてはなりません。地霊達が死に絶えれば、人はその加護なくしては生きられない。地が……土が死んでしまう」
「っ、それは、どういった事態を招くのですか。ノルとはいったい……」
「ノルとは、地に住まう精霊の事です。地の精霊……ノル。彼らに地民の様な姿はありません。清浄な大気のように漂って存在し、土を浄化し、田畑を肥えさせます」
不浄に流された血でさえも浄化し、時に地を潤す水を呼ぶ。大地の守り神だ。
「地霊が死に絶えるということは、大地が死ぬということ。それは飢えと渇きをもたらします」
「っ、まさか王都での内乱の原因は……っ」
閻黎が顔を青ざめさせるが、肯定するように樟嬰は重く頷いた。
「地霊達が死んだ事が関係しているのでしょう。一度絶えてしまった地霊の土地は、大掛かりな清めの儀式でもしない限り、二度と息を吹き返す事はありません」
「っ、ではっ、早急に清めの儀式を……っ」
恐慌状態に陥りそうな閻黎を抑え込むように、檣が一喝した。
「その前に!」
「っ……」
一つ肩を跳ねさせると、閻黎はハッと息をして檣へ目を向ける。
「根本的な原因を突き止める事が優先だ。桂薔、当てはあるのか?」
「はい。その為に一度地上に戻ります。もしかしたら、兄様か姉様にお力を借りる事になるかもしれませんが……」
「儀式だな。長い間、土地の整地さえしていなかった我等にも責任がある。そちらは任せなさい。折りを見て動く。頼んだぞ」
「はい」
やるべき事は決まった。
心も定まった。
あとは、自身の力と時間次第だ。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
次回、明日18日です。
よろしくお願いします◎
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樟嬰がゆっくりと目を覚ました時、部屋には誰もいなかった。
兄の葵が居たはずだ。それに、父の気が少し残ってもいる。あの過保護な父兄ならば、ずっと張り付いていてもおかしくはない。珍しいこともあるものだと思いながら体を起こす。
「どこへ……」
その時、外が騒がしい事に気付いた。
寝台から降りて身なりを整えると、そっと足音を忍ばせて外を覗いた。
「……っ」
そこには、黒い醜い固まりがそこここに集まっていた。数え切れない程の地民達だった。
「っ、一体何が……」
普段は、数匹ずつ固まって生活し、神族達に必要とされる時以外は、自分達の護る土地で眠っているはずだ。
異常な事態に、慌てて外へ飛び出した。そこに同じように気になって出てきたのだろう。この事態を眺めている槇の姿があった。
「桂薔。体の方は?」
「大丈夫です。槇姉様……これは……いったい……っ」
「あなたが、人族を連れて来たでしょう……ここでは人族でも地民達の姿を見る事ができる。だから、こうして伝えたい事があると集まって来てしまったらしい」
こんな事はかつてなかった。永い時を生きてきた神族でさえ動揺を隠せない。落ち着いた様子の槇も、困惑しているのだろう。離れた所では、宥めようと奮闘している楸や葵がいた。
「っ……?」
その時突然、長い衣の裾を下へ引っ張られた。
「ヒメ。ハナノ……シロノ……ヒメ」
「ハナ……確かに華城の者ですよ」
片言で話し掛けてくる地民が五匹、足元で見上げていた。
「何でしょう」
問い掛ければ、真ん中の地民がつぶらな瞳を真っすぐに向け、話し出した。
「ハナノシロ。クロクナッタ。キタナクナッタ。スコシマエ。チイサナ……オノコウマレル。スコシマエカラ。ノル。シンデイク」
「地霊……死んでいくという事は、瘴気が……?」
地霊とは、土地の命のようなものだ。地民達はそれを調整する役目を負っている。
「クロイイキ。ケモノガスム。ワレライキデキナイ……マックロ……イキラレナイ。マモレナイ……」
「近くに妖魔が住み着いているという事ではないのかい? 地霊が死ぬなんて、人が正気を保ってはいられないだろう」
不可解そうにする槇。その隣で、樟嬰は嫌な予感を感じていた。
微かだったが、華城の中で瘴気を感じた事がある。ほんの微かだったから、退治の時の移り気かとも思っていたが、先日朔兎を捜す時、一瞬だったが、それを強く感じる場所があった。
あの時は気が急いていたし、それどころではなかった。しかし、今思えばあれは異常だった。
地民の言葉をそのまま信じるとすれば、華城の中に妖魔が居るという事だ。もしそれが本当ならば、早急に手を打たなければならない。国の礎の一つであるあの場が脆くなれば、国の崩壊は加速する。
樟嬰は心を決めると、父の執務室へ走り出した。
◆ ◆ ◆
父の執務室には、閻黎と朔兎が居た。
「っ樟嬰様ッ。もう起き上がっても良ろしいのですか!」
心配顔の朔兎に大丈夫だと手を振り、父に向き直った。
「父上。降下の原因について、知っておられる事があるはずです。私の予想通りだとすると、国の礎である二本の柱が共に倒れます」
「っ……」
驚き、目を大きく見開く閻黎と朔兎を尻目に、離れた父を真っ直ぐに射抜くように見つめる。執務の椅子に座る父は、胸の前で組まれた手に顔を乗せ、眉根をきつく寄せている。
「私も、まさかと思っていた……だが先程、地民達が話している事を耳にし、確かなのだと……」
受け取った視線の意味を理解し、直ぐに閻黎へ向き直る。
「老師。玉と話す事はできませんか。早急に確認しなくてはなりません。地霊達が死に絶えれば、人はその加護なくしては生きられない。地が……土が死んでしまう」
「っ、それは、どういった事態を招くのですか。ノルとはいったい……」
「ノルとは、地に住まう精霊の事です。地の精霊……ノル。彼らに地民の様な姿はありません。清浄な大気のように漂って存在し、土を浄化し、田畑を肥えさせます」
不浄に流された血でさえも浄化し、時に地を潤す水を呼ぶ。大地の守り神だ。
「地霊が死に絶えるということは、大地が死ぬということ。それは飢えと渇きをもたらします」
「っ、まさか王都での内乱の原因は……っ」
閻黎が顔を青ざめさせるが、肯定するように樟嬰は重く頷いた。
「地霊達が死んだ事が関係しているのでしょう。一度絶えてしまった地霊の土地は、大掛かりな清めの儀式でもしない限り、二度と息を吹き返す事はありません」
「っ、ではっ、早急に清めの儀式を……っ」
恐慌状態に陥りそうな閻黎を抑え込むように、檣が一喝した。
「その前に!」
「っ……」
一つ肩を跳ねさせると、閻黎はハッと息をして檣へ目を向ける。
「根本的な原因を突き止める事が優先だ。桂薔、当てはあるのか?」
「はい。その為に一度地上に戻ります。もしかしたら、兄様か姉様にお力を借りる事になるかもしれませんが……」
「儀式だな。長い間、土地の整地さえしていなかった我等にも責任がある。そちらは任せなさい。折りを見て動く。頼んだぞ」
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やるべき事は決まった。
心も定まった。
あとは、自身の力と時間次第だ。
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よろしくお願いします◎
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