煌焔〜いつか約束の地に至るまで〜

紫南

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第一章

023 事態の急変

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2018. 10. 25

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思えば、不審な点は幾つもあった。更に一つ。その疑問を机の上に置いた。

「先程から、お二人で何を見ておられるのです? 花びら?それで何か分かるのですか?」

朶輝には、ただの少し大きめの花弁にしか見えなかっただろう。だが、樟嬰がやることに無駄なことはない。そう思っているので、これが何か重要な情報を持っているのだろうと推測している。

「あぁ。簡単に言うと、土地が汚れていないかどうかを確認する為のものだ。妖魔の瘴気や、恨みのある血が染み込んでいるかどうかがわかる」

地霊ノルは穢れに敏感だ。それこそ、神族よりもそれに弱い。

この花弁によって地霊ノルの存在が確認できるのだが、壁領は、絶望的だ。

濃い瘴気は人にまで影響を与えており、多くの民は、動けずにいる。瘴気の濃さはそのまま妖魔の出現率の高さを表す。

土地が完全に死んでいた。

「そう言えば、叉翰。お前がいた領地では、いつから領官が城に篭っている?」

領主会議には、代表が欠席しているということはなかったはずだ。だが今思えば、少々年齢層が若かった気がする。

「確かひと月くらい前だ。税の徴収に出た領官の一団が妖魔の襲撃にあって、全滅したんだ。民達はもうろくに動けなくて、妖魔の餌場みたいになっちまった……領主は怖がっちまって、そのうち領官や門番さえ引っ込んじまったんだ。お陰で、民達は死を待つだけになった」

妖魔達は、元は非業の死を遂げた者達の生まれ変わりだ。そのせいなのだろうか。領官がよく狙われる。

下層に降りたことで妖魔の力は増しており、いつもならば退けられた数でも、簡単に対応出来なくなっている。

恐らく、領主会議に出ていたのは多くが代理なのだろう。小煩くいつも囀る年寄りは、降下が始まったという報告を受けてから徐々に引きこもったのだ。若い官達に責任を押し付けて。

「領主も確認するんだったな……」

こんなことならば、きっちりご機嫌伺いをしてやれば良かった。

「……樟嬰様っ……今からでも遅くはありません。支援しましょう。領軍を割いて、妖魔退治を……民達をこちらに避難させて……」

朶輝が青い顔で対策をと焦る。

葉月の領だけを守っていれば良いというわけにはいかないのは分かっている。だが、言わずにはいられないのだろう。官吏としての責任を感じているのだ。

「そこだけではすまないぞ? 壁領は、恐らく全てが同じような状況のはずだ。一つの領だけに、手を差し延べるわけにはいかない。それに、この葉月とて例外ではない。目に見える被害は無くても、土地を見る限りかなり深刻な所まで来ている」

トントンと、新たに出された花びらを示し、樟嬰は難しい顔をした。

「っ、樟嬰様っ、まさかそれは、この土地を調べた物ですか……」

何の変化も見られなかった花びら。気配のまだ残っていた、手前の二つの領よりも深刻だった。

この地の地霊ノルは死んだわけではない。
土地は完全に死んではいないと、樟嬰には分かる。気付かないはずがないのだから。恐らく、この地から一時的に避難しているのだろう。

だが何故かはわからない。

上がってきている報告書によれば、確かに弱った者達が診療所に運ばれている。だが、目に見える程の瘴気がない。神族の血を引く樟嬰が何ともないのだ。清浄とは言えないが、地が穢ているとは、地民に言われなければ気付かなかったのだから。

◆  ◆  ◆

「ッ、報告! 報告!!」

唐突に武官が部屋に飛び込んで来た。

「申し上げます! ただ今、センジクに接する領境に、複数の妖魔の群が確認されました!」
「何だと!? っ、樟嬰様っ」

叉獅が素早く自分の武器を手にした。

「先に行け叉獅。私もすぐに出る」
「はい!」
「俺も行く」

叉獅は、鋭い返事を残し、叉翰と共に領軍を率いて慌しく城を出て行った。

しかし、その直後にまた報告が入る。

「失礼致しますッ。黄城でも同様の事態が起きたと報告が! 空民の殲滅部隊はこちらの援護には向かえないとの事! 華月院からも部隊が整わぬ今、人員は出せないとの返答が来ております!」
「どうすんですか~っ。うちの領軍がいくら強くても、数によっては絶望的ですよ?」

本来、頼れるはずの援軍が出ない状況。それも、同様の事態が黄城の方でも起きているのならば、他の領主はそちらを優先するだろう。

何より、この葉月の叉獅が率いる領軍は、最強と名高い。こちらに援軍を送るという選択は極めて低かった。

「樟嬰様。わたくしも参ります。戦いになど行かないで下さいと申しても、お聞き届けくださらないのは分かっております。せめて、貴女がいらっしゃるまでに数を減らしておきますので、ゆっくりいらしてください」

そう言うと朔兎は、窓からひょいっと身軽に出ていってしまった。

「あの馬鹿……」
「うわぁ☆ カッコイイ~」
「嘩羅ッ。不謹慎ですよっ。でも、どうしましょうか……人が足りませんよ。怪我人や、民達の避難にも人を割かなくてはならなくなります。朔兎殿や、叉獅達がいくら強くても、体力的な問題もあります。数が把握できれば……」

そんな言葉が届いたのか、更に伝令がやってきた。

「報告! 妖魔の数は約百……ッ。カルマですっ!」
「馬鹿なっ……そんな数っ……」

とても手が足りない。このままでは討伐に向かった者さえ帰っては来られないかもしれない。

「そんなっ……叉獅っ……」

どうすればいいのか。力を使えば、まだ何とかなるかもしれない。だがその後、身体がもつだろうか。黄城の方もある。せめて、数を減らさなくてはならない。

その時、不意に空気が動いた。

「我等を使っていただけませんか」
「っ……、……お前達…っ」

部屋に唐突に現れたのは、黒い衣を纏った十数人の男女だった。彼らは膝をつき、頭を垂れている。顔を見なくてもその服装や気配で分かった。

「影……一族の命か?」
「いいえ。我等の意思です。貴方の力になりたい。それが、我等の出した答えです」

樟嬰は、彼らに答えを出せと言った。どうありたいのか、命令ではなく自身の意思を示してみろと。

顔を上げた彼らは、一様にすっきりと憑き物が落ちた様な表情をしていた。それは、正しく自らの意思を示しているのだと伝えていた。

「そうか、ならば頼む。私は、先に黄城を見てくる。そのうちに、なるべく数を減らしておいてくれ。嘩羅、民達の避難を頼む。朶輝、留守を頼むよ」
「「「「「はっ」」」」」

◆  ◆  ◆

天馬に跨がり、死闘を繰り広げる領境をかなりの高さで飛び越えた。だが、天馬では黄城まで半日かかる。天馬の速度を維持しながら、樟嬰は素早く気を解放した。

「【流れ、たゆとう時。汝、時を司るもの。時空の流れ、時の歌。求めし手。届かぬ声を我は掴む。伏して願おう。汝に乞おう。願いし時、求めし場所へ。時空門クロスタ・バル】」

術の発動と共に、光の渦が前方に現れる。迷わず怯える天馬を宥めながら中心へと飛び込むと、一瞬の後、黄城の上空へと飛び出していた。

魔術を使ったことで乱れそうになる呼吸を整えると、地上に満ちた雑音が聞こえてきた。

『き……、……っ』
『ギャッ……ぁ……ッ』

轟く悲鳴と、血や瘴気の臭い。妖魔の嫌う火を焚き、城を守る者。逃げ惑い、泣き叫ぶ者。そして、果敢に立ち向かっていく空民の殲滅部隊。

居住地の真ん中での戦闘だ。状況は、葉月よりも悪いだろう。あちらは、領境であった為に、住民が少ない場所だった。よって、被害も一般人からは、あまり出ないはずだ。

だが、ここはどうだ。何の抵抗も出来ない住民達が、真っ先に襲われてしまっている。被害も尋常ではないだろう。

素早く天馬の高度を下げ、妖魔の届かぬ充分な高さを取って、樟嬰は躊躇なく飛び降りた。降り立った場所は門前の端で、逃げて来る人の波を上手く避ける。

「樟嬰様ッ。来てくださったのですかっ」

門番の男が一人、樟嬰の姿を認めて駆け寄ってくる。

「あぁ。状況は」
「はいっ。全部隊が出動しておりますが、未だ数える程しか倒せてはおりません。大老師様は、中で避難民の怪我を診ておられます」
「なら、出てくる心配はないな」
「えっ……はいっ。大老師様が、お出でになりましたら、全力で阻止いたします!」
「ははっ。いいね、お前。名はなんと言う」
「はっ! カイと申します!」

年は二十代前半だろうか。まだ若いのに、的確に状況を伝えてくる。判断能力が高いのだろう。こういう優秀な部下が欲しくなるのは、樟嬰の悪い癖だ。

「魁か。お前、門番にしておくのは勿体ないな」
「あっ、ありがとうございます……?」

きょとんとした顔になった魁をおかしく思いながらも、ゆっくりと現場の状況を目で確認する。

「さっさと終わらせないと、あちらも心配だしな……」
「樟嬰様? どうされるのです?」

彼は、樟嬰が葉月領主だとは分かっているようだが、戦えるとは思っていないのだろう。

ただ、大変なこの状況の中、閻黎を心配して来てくれたのだと思ったようだ。叉獅が既に現場にいて戦っているとも思っているだろう。

「思いっきり暴れて来る。邪魔にならないように、民達をなるべく早く全員避難させてくれ。持久戦は好きじゃないんだ」
「え……え!? は、はい!!」

駆け出した樟嬰に、咄嗟に手を伸ばしながらも、返事をしたのを見ると、やはり彼は優秀らしい。

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読んでくださりありがとうございます◎

次回、また明日です。
よろしくお願いします◎
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