煌焔〜いつか約束の地に至るまで〜

紫南

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第二章

040 まさか伝説の

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2018. 12. 1

第ニ幕は過去のお話。
**********

葉月城の領主執務室。

華月院での混乱からひと月。煌焔が見られなくなって久しい。人々は落ち着きを取り戻し、急速に各領の立て直しを行なっている頃だ。

領主がいるはずのその部屋のドアを蹴破る勢いで飛び込む者があった。

「っ樟嬰様っ……また……逃げられた……っ」

部屋の主人がいないことを一目で確認した朶輝は、力なくその場に崩折れるように座り込んだ。

その後を軽い足取りで一人の少女が追いかけて来ていた。補佐官の嘩羅だ。

「大丈夫ですか~。樟嬰様ならさっき『ちょい散歩~』って出て行きましたよ~」

呑気に語尾を伸ばす喋り方。それに今、多少イラついてしまうのは仕方がない。

「っなんでっ、なんでっ止めないんですっ」

切実だった。

「おっ、いったいどうしたんだ? 樟嬰様は……」

次に部屋を覗くようにしてやってきたのはこの葉月領の領軍を任されている将軍の叉獅だった。

朶輝は少しだけ振り返ると悔しそうに言い募る。

「叉獅っ。今すぐ樟嬰様を捕獲してきてくださいっ。またしてもっ……なぜお逃げに……っ」

泣き崩れてしまうのは、単に仕事を放棄して出かけられてしまったからだけではないと叉獅も嘩羅も理解していた。

二人も少しは同じ気持ちなのだから。

叉獅と嘩羅は顔を見合わせ、どちらともなく首を横に振って苦笑する。そこで不気味な呟きが聞こえてきた。

「もう、こうなれば私が自らっ……」
「っ待て待てっ。お前が出ていったら、エライ事になるだろがっ」
「ですが叉獅ッ」

慌てて止める叉獅に、朶輝が勢いよく振り返って噛み付く。それを宥めるように説得を開始した。

「大丈夫っ、すぐに戻ってくるって。樟嬰様も、華月院の当主としての仕事と領での仕事があるんだ。息抜きしたいだけだろう。すぐに戻って来る……はずだ」
「……はず……っ」

叉獅は断言できなかった。

別に、朶輝も仕事をしてくれと追いかけ回したいわけではない。樟嬰ならばどれだけ執務が溜まっていたとしても、一日とかからずに終わらせる事ができるだろう。常に計算した上で溜めているのだ。それは分かっている。

長い付き合いだ。樟嬰の事ならば、側付きの朔兎よりも朶輝は知っていると自負している。しかしだ。

「うぉっ!? 朶輝さん、今日も一段と気合いの入った落ち込みようで」

そこにひょっこりと顔を出したのは、疾走する副官である朶輝を遠目から確認し、気になってやって来た叉翰。叉獅の弟である彼は、正式に葉月領の武官になっていた。

実力重視の葉月領で、文句のない力を見せつけ、副将の座についたのだ。

「気合いと落ち込むって、一緒にできるんだ~。弟君は感性豊かだね~」
「……感性の問題じゃないと思うぞ……」

変な感心の仕方をする嘩羅に呆れる叉獅。その間に部屋に樟嬰が居ないことから事情を察した叉翰が何気なく口にする。

「姫の脱走は日常茶飯事だなぁ。朔兎さんもいないし、遠出してるんじゃねぇ?」
「良くわかるね~」

樟嬰の護衛である朔兎がここで姿を現さないということは、間違いないと叉翰が断言する。

「あの人が命令以外で姫さんと一秒でも離れるわけないもんな。城ん中に居るんなら、その辺に居るだろうけど、遠出する時は絶対くっついて行くじゃん」

もう慣れたものだった。

「はぁ~☆ 良いな~、朔兎さん。僕も町で一緒にお買い物とか、丘の上で一緒にお茶とかしたい~☆」
「っしてんのかっ、あいつとっ」

叉獅がこれに食いついた。

「うん☆ズルイよね☆」

いつも通り口元は笑ているが、嘩羅も不満なのだろう。細められた目が笑っていなかった。何より、実の妹なのだ。姉を取られて良い気はしない。

そして、最も不満をあらわにしたのはこの人だった。

「……ズルイ……」
「……おい、朶輝……大丈夫か……っ」

床に崩折れていた朶輝は、握り拳を床に打ち付け、今にも頭さえ床にガンガンと打ち付けそうに見える。

「っ……ゆるせません……っ」
「おい……?」

地を這うような声。静かに燃えるようだ。叉獅は嫌な予感をヒシヒシと感じていた。

「私を差し置いてっ……っ」
「まずいっ、二人とも外に出ろっ!」

叉獅の言葉で、嘩羅と叉翰は訳も分からず部屋を飛び出す。最後に部屋を出た叉獅は、どこに持っていたのか、一本の鍵を取り出して鍵穴に入れる。そして、なぜか三回回した。


ズバババッ
ガタ、ガッタンッ


「なっなんだッ!? すっげぇ音してるぞ兄貴!」

初めて聞く音に、叉翰が慌てる。

「これって、まさか伝説のっ。うわぁ☆ 中見てみたい☆」

嘩羅は心底楽しそうにドアを見つめた。

これに叉獅が顔を若干青ざめさせながら叫ぶように指摘する。

「バカかっ。マジで切り刻まれるぞっ。あ~……樟嬰様がたまたま書類を別の部屋に移せって行ったから、あんまし被害はないが……とりあえず、このまま樟嬰様が帰られるのを待つか……」

額の冷や汗を腕で拭う。咄嗟に反応できたことにホッと胸を撫で下ろしていた。

「なぁ、伝説って?」
「このままで良いの~? 朶輝、大丈夫かな?」

よく分からない叉翰と、窺うように見上げる嘩羅に、叉獅は大きくため息をついて提案した。

「問題ない。隣の部屋でゆっくり仕事でもするか……」
「……伝説……?」

叉翰は興味深々のようだ。

隣の部屋に揃って移動しようとした時だった。

「叉獅殿ッ! 何事ですかっ」

初老に差し掛かったくらいの一人の官が、息せき切って、長い廊下を駆けてくるのが見えた。

「おう、はく爺」
珀楽はくらく様っ☆」
「嘩羅殿。お久しぶりですね。またウチに遊びに来てください」
「はい☆」

まるで祖父と孫の様な雰囲気にのまれ、危うくほのぼのと何もかも忘れてしまいそうになった叉獅は、はっと意識を取り戻す。

「珀爺、心配して来たんじゃないのか?」
「おぉ、そうであった。朶輝様は随分久方振りですねぇ。ここ数年は静かでしたのに」

事情を知る古い文官だ。懐かしそうに未だ音が響いている部屋のドアへ目を向ける。これに叉獅も倣う。

「だよな……俺が来る前は、結構頻繁にあったって聞いてたけど」
「最後にあったのは、叉獅殿が来られてから、半年後くらいでしたかねぇ。体験したのは三度程ですか……よく対処できましたね」

そう。あまりにも久し振りなこと。その上、たった三度の経験だ。我ながらよく反応できたと改めて自分を褒める。

「あの感覚は、忘れられんだろう。こう、キレた樟嬰様と張り合えるくらいの寒気とピリッとした感覚がな……」
「野生の勘☆」
「おいっ」

確かに勘のようなものだが、野生ではないと嘩羅を睨み付けた。

「なぁッ。伝説って何だよッ。さっきから、すっげぇ音してるしっ、朶輝さんは大丈夫なのかっ? 中で何が起きてるんだよっ」

叉翰は気になって仕方がないらしい。確かに、あり得ない音が響いているのだ。中にいる朶輝がさせている音だとは信じられないだろう。

「おや、叉斡殿はご存知ありませんでしたね。今回は、まだ大人しい方ですよ」
「珀楽様☆ 僕も話に聞いただけで詳しく知らないんですが、何がどうなって伝説にまでなるんですか?」

嘩羅は噂を集めるのが上手い。そのお陰でこの話を聞いていた。だが、誰もが詳しく話すことなく口を噤み、目をそらすのだ。完全に把握することはできなかった。だから、とても気になっているのだ。

「そうですねぇ。では、叉獅殿も知らない、最高と噂された時のことをお話しましょうか」

カタカタと、中から扉を揺らす音を気にしながらも、叉翰と嘩羅は隣の部屋に入っていく叉獅と珀楽を追い、部屋に吸い込まれていった。

**********
読んでくださりありがとうございます◎

以降、ゆっくりめの更新となります。
月に三回ほどになるかもしれません。

『0の付く日』を目標にします。
よろしくお願いします◎
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