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第二章
063 愚かさの代償
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2019. 7. 30
**********
首領であった男が捕えられてしばらくが経った。
男への調書などで多くの文官や武官達が出入りしていた牢には現在、看守として武官が常時二人いるだけ。
夜などは交代で眠っているし、休憩も交代で取るので、実質一人と言ってもいいのかもしれない。
樟嬰は夜。静まり返ったその牢へ来ていた。看守の武官には様子を見に来たと伝えてある。それだけで信用されるのだから、樟嬰のここでの立場は大きくなっているのかもしれない。
樟嬰は元首領の入っている牢の前に立ち、その牢と自身を入れた範囲を指定して特殊な術を発動させる。
「【遮音】」
小さく呟かれたそれにより、どれだけ大きな声を出したとしても看守の元まで届かない。
カンカンと鉄格子を遠慮なく蹴り叩けば、眠っていた男が飛び起きた。
「なっ、なっ、なんだっ……誰が……っ」
「錯乱するには早い。これは特別に調合した薬だ。先ずは癒すといい」
「っ……」
樟嬰はスッとそれを牢の中に差し入れた。
男は失くした腕と足の幻痛によって、錯乱するようになっていた。だからこそ、その薬で癒されると聞き、一も二もなく飛びついた。
「っ……っ……ああ……頭がすっきりと……」
樟嬰が持って来た薬には、癒しの力が確かにあった。それも、精神の疲弊を癒す力だ。
「このまま死なれては、恨みで妖魔に堕ちるだけだからな。はっきりと己のやって来たことへの反省をしてから逝ってもらいたい」
「……それはどういう……お前は一体……っ、そうだっ、華月院にっ、父上に話をしてきてくれないかっ。ここから出してくれるように言ってきてくれっ」
男は這って自分の体を鉄格子に引き寄せる。
それを冷めた目で見つめながら、樟嬰は告げた。
「お前の父親は、お前のことなど忘れたいと思っているようだったぞ? 領城からの賠償金の請求に奔走していた。あれでは近々、臣籍を取り上げられるだろう。老達は既に次の候補者の選考を始めているらしい」
「っ、なっ、なっ、そ、そんなことっ、そんなことはあり得ないっ」
嫌だ嫌だと頭を振る男に、樟嬰は構わず続けた。
「予想はできるだろう。あの老達が付いた汚点をそのままにしておくはずがない。切り捨てられたお前ならば理解できるはずだ。あれらは、あれほど堕ちていても、自分達は天に迎えられるに足る真っさらな存在だと信じている。そのために、お前やお前という存在を生み出した父親を切り捨てるのだ」
臣籍を持つ者として、自分たちこそ天に選ばれた存在なのだと思っている。
黒く、欲望にまみれていることには目を背け、そう思い込んでいる愚かな一族。
「今は特に、一族には浄化の力を持った子どもが生まれた。彼らの思う一点の曇りさえ許せるものではないのだろうな……」
数十年振りに生まれた直系の力を持つ男児。それが生まれたからには、天はまだ一族を見捨ててはいない。そう彼らは思い上がっている。しかし、そんな存在さえも、彼らにとっては自分たちの存在価値を高めるためだけの道具でしかないのだ。
「私にはお前たちが酷く滑稽に映るよ。必死に汚れてしまった部分を隠そうとしているようにしか見えない。まるで親に叱られるのが怖くて、失敗を隠す子どもようだ。そんな誤魔化しなど、神族には通用しないというのに……」
「なっ……っ、ま、まさか……っ」
樟嬰は、月明かりと薄暗い炎の灯りだけのこの牢の中で、その姿を変えていた。神族としての色だが、そうと分からずとも男には察せられた。放たれた神気はこの薄汚れた牢内をも浄化していた。
「その愚かさを、せめてお前は理解するべきだ。失敗を隠そうとして逃げた結果がソレだ。見逃されはしまいよ。いつかあの一族も、取り返しのつかない痛みを知ることになるだろう」
「……っ」
ゴクリと喉を鳴らす男。その足元に転がっていた薬瓶はいつの間にか砂となって消えている。それにさえ気付くことはなく、男は背を向けた樟嬰を見つめていた。
樟嬰はもう用は済んだというように出口に向かって歩き出す。その頃には髪色も全て幻だったかのように元に戻っていた。そして、最後に言葉を残す。
「いつか死を迎えた時、お前の魂が少しでも白く丸い形になっていることを願うよ」
「っ……はい……っ」
男はその晩、静かに涙を流し続けていた。己れの内の黒く濁った部分を洗い清めるように。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
次回、10日の予定です。
よろしくお願いします◎
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首領であった男が捕えられてしばらくが経った。
男への調書などで多くの文官や武官達が出入りしていた牢には現在、看守として武官が常時二人いるだけ。
夜などは交代で眠っているし、休憩も交代で取るので、実質一人と言ってもいいのかもしれない。
樟嬰は夜。静まり返ったその牢へ来ていた。看守の武官には様子を見に来たと伝えてある。それだけで信用されるのだから、樟嬰のここでの立場は大きくなっているのかもしれない。
樟嬰は元首領の入っている牢の前に立ち、その牢と自身を入れた範囲を指定して特殊な術を発動させる。
「【遮音】」
小さく呟かれたそれにより、どれだけ大きな声を出したとしても看守の元まで届かない。
カンカンと鉄格子を遠慮なく蹴り叩けば、眠っていた男が飛び起きた。
「なっ、なっ、なんだっ……誰が……っ」
「錯乱するには早い。これは特別に調合した薬だ。先ずは癒すといい」
「っ……」
樟嬰はスッとそれを牢の中に差し入れた。
男は失くした腕と足の幻痛によって、錯乱するようになっていた。だからこそ、その薬で癒されると聞き、一も二もなく飛びついた。
「っ……っ……ああ……頭がすっきりと……」
樟嬰が持って来た薬には、癒しの力が確かにあった。それも、精神の疲弊を癒す力だ。
「このまま死なれては、恨みで妖魔に堕ちるだけだからな。はっきりと己のやって来たことへの反省をしてから逝ってもらいたい」
「……それはどういう……お前は一体……っ、そうだっ、華月院にっ、父上に話をしてきてくれないかっ。ここから出してくれるように言ってきてくれっ」
男は這って自分の体を鉄格子に引き寄せる。
それを冷めた目で見つめながら、樟嬰は告げた。
「お前の父親は、お前のことなど忘れたいと思っているようだったぞ? 領城からの賠償金の請求に奔走していた。あれでは近々、臣籍を取り上げられるだろう。老達は既に次の候補者の選考を始めているらしい」
「っ、なっ、なっ、そ、そんなことっ、そんなことはあり得ないっ」
嫌だ嫌だと頭を振る男に、樟嬰は構わず続けた。
「予想はできるだろう。あの老達が付いた汚点をそのままにしておくはずがない。切り捨てられたお前ならば理解できるはずだ。あれらは、あれほど堕ちていても、自分達は天に迎えられるに足る真っさらな存在だと信じている。そのために、お前やお前という存在を生み出した父親を切り捨てるのだ」
臣籍を持つ者として、自分たちこそ天に選ばれた存在なのだと思っている。
黒く、欲望にまみれていることには目を背け、そう思い込んでいる愚かな一族。
「今は特に、一族には浄化の力を持った子どもが生まれた。彼らの思う一点の曇りさえ許せるものではないのだろうな……」
数十年振りに生まれた直系の力を持つ男児。それが生まれたからには、天はまだ一族を見捨ててはいない。そう彼らは思い上がっている。しかし、そんな存在さえも、彼らにとっては自分たちの存在価値を高めるためだけの道具でしかないのだ。
「私にはお前たちが酷く滑稽に映るよ。必死に汚れてしまった部分を隠そうとしているようにしか見えない。まるで親に叱られるのが怖くて、失敗を隠す子どもようだ。そんな誤魔化しなど、神族には通用しないというのに……」
「なっ……っ、ま、まさか……っ」
樟嬰は、月明かりと薄暗い炎の灯りだけのこの牢の中で、その姿を変えていた。神族としての色だが、そうと分からずとも男には察せられた。放たれた神気はこの薄汚れた牢内をも浄化していた。
「その愚かさを、せめてお前は理解するべきだ。失敗を隠そうとして逃げた結果がソレだ。見逃されはしまいよ。いつかあの一族も、取り返しのつかない痛みを知ることになるだろう」
「……っ」
ゴクリと喉を鳴らす男。その足元に転がっていた薬瓶はいつの間にか砂となって消えている。それにさえ気付くことはなく、男は背を向けた樟嬰を見つめていた。
樟嬰はもう用は済んだというように出口に向かって歩き出す。その頃には髪色も全て幻だったかのように元に戻っていた。そして、最後に言葉を残す。
「いつか死を迎えた時、お前の魂が少しでも白く丸い形になっていることを願うよ」
「っ……はい……っ」
男はその晩、静かに涙を流し続けていた。己れの内の黒く濁った部分を洗い清めるように。
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