煌焔〜いつか約束の地に至るまで〜

紫南

文字の大きさ
67 / 85
第二章

067 遊ばせません

しおりを挟む
2019. 9. 10

***********

朶輝が数日ぶりに帰ってきた領城は、見たことも聞いたこともないほど賑やかだった。

窓の外を領官達が走っていく様子に目を向ける。

「お前ら! 仕事だっ! 現場行くぞ!」
「「「おぉっ!!」」」

武官に混じって文官が居たように思ったが、気のせいだろうかと首を傾げながら進む。

「見て見て! また直しの指示もらっちゃった♪」
「お前またかよっ! よくやった! 額に飾るぞ!」
「今度はここ!! ここに置こう」
「う~む。益々他に見せられん部屋になったなっ」
「あははっ、本当ですよ~」

気になる。

どうなっているんだと朶輝は足を止めた。しかし、すぐにまた一歩踏み出す。というか、壁際に避けるように一歩移動した。

「印もらってきま~っす」
「うおっ、ちょい待てっ、今日は俺の番だろうが!」
「そんなん知るかっ。早いもん勝ちだぁぁぁっ」
「ふざけんな!! この野郎!」

廊下を凄い勢いで文官が駆けて行った。あいつら、走れたのかと目を丸くする。

「妖魔だ! 妖魔が出たぞ! 行くぞ!」
「待てっ! 今回は俺らが出る約束だぞ!」
「早いもん勝ちに決まってんだろうが!」
「ふざけんなっ!!」

武官と同じだったんだと先ほどの文官達のやりとりと同じものを見て、朶輝は目を瞬かせた。

「……どうなっているのでしょう……」

たった数日で何が起きたのか。

混乱しながら、朶輝は首領の執務室へ向かった。しかし、その手前から長い文官の列ができていた。

「これは?」

朶輝に気付いた文官達がビシッと背筋を伸ばす。

「お帰りなさいませ! 朶輝様!」
「……一体これは何事ですか?」
「印をいただきに参りました」
「裁可のですか? 置いて行ってくれればいいのですよ?」
「いいえ! ここでお待ちします!」
「……」

そういえば、彼らは手に何も持っていない。

「他に仕事は……」
「ありません! 裁可待ちです!」
「……そうですか……わかりました……」
「「「っ!?」」」

朶輝から薄ら寒い何かを感じ、文官達はブルリと震えて混乱する。

それらを無視して、朶輝は執務室へ入った。

そこでは、樟嬰と珀楽が静かに仕事をしていた。朶輝はその様子を見てほぅと息をついた。こんなにも心地の良い空気を、かつて執務室で感じたことがあっただろうか。

すると、樟嬰が不意に顔を上げた。

「朶輝! 帰ってきたか」
「っ、は、はい。ただいま戻りました」

樟嬰に輝くような笑みで歓迎されドギマギしてしまう。

「ああ。これで珀楽を休ませてやれる」
「おやおや。わたくしはまだまだ大丈夫ですぞ?」
「お前の大丈夫は信用ならん」
「これは手厳しい」

珀楽が朗らかに笑う。こんなにも和やかに笑う姿を始めて見た。

「おい、誰か。珀楽を部屋まで連れて行ってくれ」
「「「はい!」」」
「そのような大事ではありませんが?」
「そう思うなら一人で立ってみろ。フラフラではないか」
「これはこれは、気付きませんでしたなぁ」
「笑い事ではないだろう……水分も取らせてくれ」
「「「はっ!!」」」

珀楽は前首領を捕らえてすぐに休めはしたが、たった数日で肉付きがよくなるわけがない。骨が浮く寸前の、実年齢よりも老いた姿になってしまっているのだ。それをどうにかしなければ安心はできない。

できれば、正常な状態に戻るまで仕事をさせたくなかったのだが、珀楽自身が仕事をしなければ死んでしまうと言って執務室に取り憑いたのだ。

食事は取らせていたし、休憩もさせていたのだが、それだけでは療養にはならない。

せめて珀楽が納得できるよう、朶輝が帰ってくるまでという約束で仕事をさせていたのだ。

「ほっほっほっ。仕方ありませんな。では、樟嬰様。朶輝殿。失礼いたします」
「二日休みだからな? 部屋でゴロゴロしていろ」
「難しいですなぁ」
「分かった。お前達。珀楽を月下楼に連れて行け。これを緑林殿に渡してくれ」
「ん? お待ちください樟嬰様? なぜ月下楼に……」
「休め。行け」
「「「はい!」」」
「え? いえ、わたくしは一人でも……」

緑林に任せれば、食事も風呂も寝床も問題ない。ちょっと良い宿での療養というものになるだろう。大変な贅沢だが、樟嬰にとってはなんて事はない。朶輝もうんうんと頷いて珀楽を見送った。

「さて、朶輝。帰って来て早々だが、頼むぞ」
「承知しました。さっさとあれらを追い出してお茶の時間にいたしましょう」
「……? そうだな」

樟嬰は何かヒヤリとしたものを朶輝から感じながらも仕事を再開する。

隣の席に着いた朶輝を横目で見ると、なんだか黒い笑みを浮かべていた。

「朶輝? なにか企んでいるか?」
「企むとは人聞きが悪いですよ? ただ、ここで待つ時間があるならば、仕事量が少ないということですからね。能力があるのなら、それに見合った仕事を与えなくてはもったいない」
「……それはまあ……そうだな」
「「「……っ」」」

チラリと樟嬰が目を向ける先には、盛大に目をそらす文官達。

「きちんと個人の力量を把握して仕事を割り振るのも私の仕事ですので」
「……任せる。ほどほどにな?」
「ほどほどというのが分かりませんが、余すことなく力が発揮できるように割り振ります」
「「「……」」」

絶対に使い潰される。馬車馬のように働かせられる未来が見え、文官達の目が死んだ。

***********
読んでくださりありがとうございます◎
次回20日の予定です。
よろしくお願いします◎
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

むしゃくしゃしてやった、後悔はしていないがやばいとは思っている

F.conoe
ファンタジー
婚約者をないがしろにしていい気になってる王子の国とかまじ終わってるよねー

過程をすっ飛ばすことにしました

こうやさい
ファンタジー
 ある日、前世の乙女ゲームの中に悪役令嬢として転生したことに気づいたけど、ここどう考えても生活しづらい。  どうせざまぁされて追放されるわけだし、過程すっ飛ばしてもよくね?  そのいろいろが重要なんだろうと思いつつそれもすっ飛ばしました(爆)。  深く考えないでください。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

婚約破棄? あ、ハイ。了解です【短編】

キョウキョウ
恋愛
突然、婚約破棄を突きつけられたマーガレットだったが平然と受け入れる。 それに納得いかなかったのは、王子のフィリップ。 もっと、取り乱したような姿を見れると思っていたのに。 そして彼は逆ギレする。なぜ、そんなに落ち着いていられるのか、と。 普通の可愛らしい女ならば、泣いて許しを請うはずじゃないのかと。 マーガレットが平然と受け入れたのは、他に興味があったから。婚約していたのは、親が決めたから。 彼女の興味は、婚約相手よりも魔法技術に向いていた。

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する

ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。 皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。 ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。 なんとか成敗してみたい。

【短編】婚約破棄?「喜んで!」食い気味に答えたら陛下に泣きつかれたけど、知らんがな

みねバイヤーン
恋愛
「タリーシャ・オーデリンド、そなたとの婚約を破棄す」「喜んで!」 タリーシャが食い気味で答えると、あと一歩で間に合わなかった陛下が、会場の入口で「ああー」と言いながら膝から崩れ落ちた。田舎領地で育ったタリーシャ子爵令嬢が、ヴィシャール第一王子殿下の婚約者に決まったとき、王国は揺れた。王子は荒ぶった。あんな少年のように色気のない体の女はいやだと。タリーシャは密かに陛下と約束を交わした。卒業式までに王子が婚約破棄を望めば、婚約は白紙に戻すと。田舎でのびのび暮らしたいタリーシャと、タリーシャをどうしても王妃にしたい陛下との熾烈を極めた攻防が始まる。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

処理中です...