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第二章
068 安心を手に入れた町
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2019. 9. 20
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首領が変わっただけでこれほどまでに町も変わるのかと実感したのは、樟嬰が首領となってふた月が過ぎた頃だった。
朶輝は叉獅と領内の視察をしていた。
「領門だけでなく、外壁の修繕も問題なさそうですね。かつてない美しさです」
「やっぱそうか。なんか、やたらと他の領から来る奴らが感心してたんだよ」
これまで領軍の兵が妖魔の出現によって、壁の外に出ることはなかった。弓や槍で壁の上から追い払うのがやっとだったのだ。直接戦えるほどの実力者は少なかった。
そのため、壁や門はいつだって妖魔によって傷付けられ、場所によっては壊されていた。外壁近くの住民達は、いつ壁を破られて襲われるかと怯えて暮らしているのだ。
しかし、叉獅と樟嬰に鍛えられた領兵達によって、現在は完璧に守られている。以前までは修復するのも困難だった。いつ妖魔に襲われるか分からないからだ。そのため、どうしても修繕は軽いものになる。そして、またあっという間に壊されてしまうのだ。
それがどうだろう。領兵達が門の外で迎撃に当たるため、妖魔は壁に近づくことも出来ない。修繕の方も職人達が安心して仕事ができ、分厚く強固なものになった。
結果、現在の外壁と門はどこの領のものよりも美しく、破られることのない完璧な状態を維持している。
「補修だけでなく、全てを補強しましたからね」
「まあ、普通はそこまでしねえよな? 難しいことは知らんが、予算の関係もあるだろ」
「ええ。ですが、樟嬰様がまずは目に見える安心を民達にと仰ったので」
「なるほどな……外壁付近に住む奴らは、大抵覇気がないのが多いが、下町とあまり変わん様子なのはそのためか」
どの領でも外壁近くは、壁が壊され、妖魔にいつ襲われるか分からないということで、土地代も低いし、毎日毎晩震えながら過ごす。だが、目に見えて壁が立派になったことで、その不安が払拭されているのだ。
子ども達の走り回る声や女達の声がよく聞こえる。下町とそう変わらない雰囲気に近付いていた。
「それに今回は前首領が貯め込んでいた分を充てましたから、領としては心情的に全く痛手になっていないのですよ」
「どんだけどこに貯め込んでたんだよ……」
賠償金として、隠し持っていた金を全て回収したのだ。華月院からもかなり巻き上げた。
「物に変えて、彼らが贔屓にしていた者たちの所に分散させていました」
「よく回収できたな」
「少し本気で動きましたので」
「……そういや、よく城から出てってたよな。部下共連れて」
文官達だけでなく、武官も十人ほど連れて出て行っていたのは叉獅も知っているし、実際に見ている。
「文官だけでは見た目に迫力が足りませんからね。そこは数で押してみました」
「……あれだけゾロゾロ引き連れて行って、よく逃げられたりせずにすんだもんだ」
「見張りは立てていましたからね。それと、情報は漏らさないように考えていましたし」
これは朶輝しかできない方法で、幼い頃から側にいる精霊に頼んで外に声が漏れないようにしてもらったのだ。
「ああ、精霊だったか……すげえよな」
「私も、ここまで話が通じる存在だとは思っていなかったので驚きました。樟嬰様に言われて知りましたからね」
精霊はずっと幼い頃から側にいる存在だった。その存在に気付いてはいても、特にこちらからどうこうできるものではないと思い込んでいたのだ。
実際、朶輝の幼い頃は、悪魔憑きと言われるほど精霊達は感情の起伏によって暴れるようなものだった。感情によるものだと気付いたため、極力その感情を抑制する術を覚え、なんとか制御していたのだ。
「知られて気味が悪いと言われることはありましたが、まさか『使ってやればいいではないか』と言われるとは思いませんでしたよ」
「樟嬰様らしいな」
絶対に暴走させないようにしなくてはとどこか身構えて、肩に力が入っていた。だが、今は違う。
『使えるものは使うのだろう? なら、そいつらも使ってやればいいではないか。使いたいと思って使えるものではないからな。それはお前の特権だ。特権は使わねば損だぞ』
あっけらかんと言われ、そうかとストンと自身の中に落ちたのだ。
「樟嬰様は、取捨選択をするのが上手いからな。この壁のこともそうだ。あの年で、一体どうやったらああなるのか」
「ふふっ、確かにそうですね。この壁の予算も、元は横領された金で既に消えている分だからと、ほとんど一括払いでしたよ。何より、一度持ち逃げされたものだと思うと、お金とはいえ嫌な気がしますからね。なら使ってしまえと即決でした」
この壁の補修は必要だと思っていた。だが、予算が組めないでいたのだ。悩んでいた所に、樟嬰は突然、前首領が貯め込んでいたものがあるのではないかと調べる指示を出した。
そして、回収したお金をすぐに使いだしたのだ。無くす勢いで。
誰もがスッとした。
「豪快だなあ。まあ、それでこれなら誰も文句言えんな」
「まったくです」
そうして、一通り領内を見て周り、領城へ戻る。そろそろ樟嬰がやってくる時間だった。
「では、私は執務に戻ります」
「おう。俺はまた新兵の訓練だな」
「そういえば、また増えたそうですね」
「前にここの領兵だった奴らが戻ってきてんだよ。一度辞めた奴らだからな。一から指導し直しだ」
「ほどほどにお願いしますね」
上がダメだったとはいえ、民達を見捨てて辞めたのだ。厳しくなるのは仕方がない。とはいえ、戻ってきた意思は尊重するべきだろう。そこのさじ加減を気をつけてくれと叉獅にお願いしてから執務室へ戻った。
そこでは、珀楽が一人で仕事をしていた。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさいませ。そろそろ樟嬰様が来られる時間ですね」
「はい」
それが待ち遠しいと思って席について、しばらくしてからだった。
「っ、なんでしょうか」
「何やら騒がしいですね」
階下から招かれざる何かがやって来た。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
次回、30日の予定です。
よろしくお願いします◎
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首領が変わっただけでこれほどまでに町も変わるのかと実感したのは、樟嬰が首領となってふた月が過ぎた頃だった。
朶輝は叉獅と領内の視察をしていた。
「領門だけでなく、外壁の修繕も問題なさそうですね。かつてない美しさです」
「やっぱそうか。なんか、やたらと他の領から来る奴らが感心してたんだよ」
これまで領軍の兵が妖魔の出現によって、壁の外に出ることはなかった。弓や槍で壁の上から追い払うのがやっとだったのだ。直接戦えるほどの実力者は少なかった。
そのため、壁や門はいつだって妖魔によって傷付けられ、場所によっては壊されていた。外壁近くの住民達は、いつ壁を破られて襲われるかと怯えて暮らしているのだ。
しかし、叉獅と樟嬰に鍛えられた領兵達によって、現在は完璧に守られている。以前までは修復するのも困難だった。いつ妖魔に襲われるか分からないからだ。そのため、どうしても修繕は軽いものになる。そして、またあっという間に壊されてしまうのだ。
それがどうだろう。領兵達が門の外で迎撃に当たるため、妖魔は壁に近づくことも出来ない。修繕の方も職人達が安心して仕事ができ、分厚く強固なものになった。
結果、現在の外壁と門はどこの領のものよりも美しく、破られることのない完璧な状態を維持している。
「補修だけでなく、全てを補強しましたからね」
「まあ、普通はそこまでしねえよな? 難しいことは知らんが、予算の関係もあるだろ」
「ええ。ですが、樟嬰様がまずは目に見える安心を民達にと仰ったので」
「なるほどな……外壁付近に住む奴らは、大抵覇気がないのが多いが、下町とあまり変わん様子なのはそのためか」
どの領でも外壁近くは、壁が壊され、妖魔にいつ襲われるか分からないということで、土地代も低いし、毎日毎晩震えながら過ごす。だが、目に見えて壁が立派になったことで、その不安が払拭されているのだ。
子ども達の走り回る声や女達の声がよく聞こえる。下町とそう変わらない雰囲気に近付いていた。
「それに今回は前首領が貯め込んでいた分を充てましたから、領としては心情的に全く痛手になっていないのですよ」
「どんだけどこに貯め込んでたんだよ……」
賠償金として、隠し持っていた金を全て回収したのだ。華月院からもかなり巻き上げた。
「物に変えて、彼らが贔屓にしていた者たちの所に分散させていました」
「よく回収できたな」
「少し本気で動きましたので」
「……そういや、よく城から出てってたよな。部下共連れて」
文官達だけでなく、武官も十人ほど連れて出て行っていたのは叉獅も知っているし、実際に見ている。
「文官だけでは見た目に迫力が足りませんからね。そこは数で押してみました」
「……あれだけゾロゾロ引き連れて行って、よく逃げられたりせずにすんだもんだ」
「見張りは立てていましたからね。それと、情報は漏らさないように考えていましたし」
これは朶輝しかできない方法で、幼い頃から側にいる精霊に頼んで外に声が漏れないようにしてもらったのだ。
「ああ、精霊だったか……すげえよな」
「私も、ここまで話が通じる存在だとは思っていなかったので驚きました。樟嬰様に言われて知りましたからね」
精霊はずっと幼い頃から側にいる存在だった。その存在に気付いてはいても、特にこちらからどうこうできるものではないと思い込んでいたのだ。
実際、朶輝の幼い頃は、悪魔憑きと言われるほど精霊達は感情の起伏によって暴れるようなものだった。感情によるものだと気付いたため、極力その感情を抑制する術を覚え、なんとか制御していたのだ。
「知られて気味が悪いと言われることはありましたが、まさか『使ってやればいいではないか』と言われるとは思いませんでしたよ」
「樟嬰様らしいな」
絶対に暴走させないようにしなくてはとどこか身構えて、肩に力が入っていた。だが、今は違う。
『使えるものは使うのだろう? なら、そいつらも使ってやればいいではないか。使いたいと思って使えるものではないからな。それはお前の特権だ。特権は使わねば損だぞ』
あっけらかんと言われ、そうかとストンと自身の中に落ちたのだ。
「樟嬰様は、取捨選択をするのが上手いからな。この壁のこともそうだ。あの年で、一体どうやったらああなるのか」
「ふふっ、確かにそうですね。この壁の予算も、元は横領された金で既に消えている分だからと、ほとんど一括払いでしたよ。何より、一度持ち逃げされたものだと思うと、お金とはいえ嫌な気がしますからね。なら使ってしまえと即決でした」
この壁の補修は必要だと思っていた。だが、予算が組めないでいたのだ。悩んでいた所に、樟嬰は突然、前首領が貯め込んでいたものがあるのではないかと調べる指示を出した。
そして、回収したお金をすぐに使いだしたのだ。無くす勢いで。
誰もがスッとした。
「豪快だなあ。まあ、それでこれなら誰も文句言えんな」
「まったくです」
そうして、一通り領内を見て周り、領城へ戻る。そろそろ樟嬰がやってくる時間だった。
「では、私は執務に戻ります」
「おう。俺はまた新兵の訓練だな」
「そういえば、また増えたそうですね」
「前にここの領兵だった奴らが戻ってきてんだよ。一度辞めた奴らだからな。一から指導し直しだ」
「ほどほどにお願いしますね」
上がダメだったとはいえ、民達を見捨てて辞めたのだ。厳しくなるのは仕方がない。とはいえ、戻ってきた意思は尊重するべきだろう。そこのさじ加減を気をつけてくれと叉獅にお願いしてから執務室へ戻った。
そこでは、珀楽が一人で仕事をしていた。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさいませ。そろそろ樟嬰様が来られる時間ですね」
「はい」
それが待ち遠しいと思って席について、しばらくしてからだった。
「っ、なんでしょうか」
「何やら騒がしいですね」
階下から招かれざる何かがやって来た。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
次回、30日の予定です。
よろしくお願いします◎
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