煌焔〜いつか約束の地に至るまで〜

紫南

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第二章

069 やって来た大ブタ

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2019. 9. 30

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叫ぶように誰かを制止する声が階下から響いてくる。それは徐々に朶輝と珀楽の居る執務室へ近付いてきていた。

乱暴に扉が開き、入って来た人を見た時、朶輝と珀楽は首を傾げた。見たことがあるような既視感を抱いたのだ。だが、実際に会ったのは初めてだろう。

豪奢な服に膨よかな体。連れているのは逆に針金のように細い男が二人。護衛には見えない。

「どちら様でしょうか。ご用件は?」

尋ねればいきり立つ様が窺えた。

「貴様らでは話にならん! 首領を出せ!」
「直接お話しされる前に補佐である我々が一通りお聞きすることになっております。これは国の定めた手続きの一つです」

直接いつでも誰でも首領に直訴されては困る。手を出されてはそれこそ事だ。よって、一度は補佐が必ず間に入ることになっていた。それを丁寧に説明しているつもりなのだが、聞いていないらしい。

「黙れ! 私を誰だと思っている!」
「……申し訳ありません。どちらの誰とも思っておりませんもので。どちら様でしょうか?」
「っ……」

こちらも少し苛ついて返してしまった。だが、お陰であちらの勢いを少し崩せたらしい。

「ぶ、無礼なっ……」
「失礼ですが、いくら年上の方でも敬意を持てる方にしか頭は下げたくないものでして。それで、そろそろどなたなのかお聞きしたいのですが?」

叉獅と数人の武官が合図があれば踏み込もうと部屋の前に集まってきていた。それを目で制し、男を見た。

「っ、私は華月院っ……」
「華月院の方ですか。ああ、前首領のお父上で?」
「そ、そうだ……」

かぶせて言ったのは、名前などどうでもよかったからだ。覚える気もない。前首領の名さえも覚えていないのだから良いだろう。名を呼ぶ機会などなかったし、ブタとしか認識していなかったのだ。他もそうなので朶輝もおかしいことだとは思っていない。

文官が役職だけでなく、名を覚えるということは、その人に敬意を持っているということ。浅い付き合いでどうでも良い奴の名など覚えるだけ無駄だというのが、この葉月領の文官達の常識だった。

首領など、華月院のいけ好かない男が就くのが決まっていたのだから、あえて名などどうでも良かったというのが本音だ。

「そのお父上がどのようなご用件でしょうか? 前首領の身柄については、こちらで裁くというのは国も認めたことです。釈放はいたしませんが?」

華月院が好きにしろと言ってきた所を逃さず、既に国へも正式な書類を送って回答をもらっていた。これには華月院も逆らうことができない。

「っ……あれは良い。それよりも、次の首領に私を据えてもらう」
「「……は?」」

これには今まで黙って微笑みを浮かべながら佇んでいた珀楽も声を出した。

「お前達。すぐに場を明渡せ」
「正式な書類はこちらで用意する。どいてもらおう」

補佐役として連れてきたらしい二人の針金男達が偉そうに宣った。怒るより先に呆れてものも言えない。

「……一体、何を仰っているのか理解できないのですが?」
「何だと? 知っているのだぞ。お前が幼い子どもを隠れ蓑にし、実権を握っていることはな」
「……どういうことです?」

目を細めると、何を勘違いしたのか、ほら見ろといわんばかりに男は調子に乗って話し出した。

「本来はお前が首領なのだろう? だが、生まれも卑しいお前では首領となるには不相応。そこで生まれの良い成人前の子どもを首領として祭り上げ、その裏でお前が実権を握っている。これを国に報告したならどうなるか分かるだろう」
「……」

朶輝は口を閉ざした。それが認めたものとして男や補佐達が歩み寄ってくる。厭らしい笑みを浮かべて。

「どうだ。私がお前を使ってやろう。なあに、少々の便宜をはかってくれさえすれば、やる事は変わらん。実権もくれてやろう。私は首領として名を残せれば良いのだ」
「……なるほど……」

これで落ちたと思っただろう。だが、朶輝は先ほどよりも強い光を瞳に宿していた。

「お話しは分かりました。私が、あの方を利用しているというのですね? その上、あの方が仕事が出来ない子どもだと仰られる……」

珀楽はこの時、何かを感じて部屋を見回す。

確認するのは戸棚と本棚だ。樟嬰が壁一面に広がる本棚に扉を付けていた。理由は、いつでも文官達が駆け込んできて埃が立つからというものと、ごちゃごちゃして見栄えが良くないというものだった。だが、それだけの理由でないことを珀楽は知っている。

全ての戸を密かに閉め、机の上にまとめられていた書類を抱える。

樟嬰が来るまでは、書類の量は少ない。文官達が競って持ってくるからだ。それまではなんとか抱えられるくらいの量しかない。

机の上にある茶器がしまえなかったことが悔やまれるが、それは仕方がないと諦める。

そして、珀楽は静かに部屋を抜け出した。

「事実だろう。私が言うのもなんだが、あのバカ息子が仕事ができたとは思えん。それでも領の仕事は止まってはいないのだ。お前ならば容易かろう」
「はっ、高い評価をしてくださっているようで光栄ですが、あのブタが特に出来なかっただけの話です。あなたも変わらないでしょうね。生と権力に執着される方はこれだから」
「っ、き、貴様っ、今っ、ブタとっ……」
「おや、思わず出てしまいましたか。もしも、あなたが首領になったら、大ブタ様とでもお呼びましょう。皆も認識しやすいでしょうからね」
「っ、な、ふざけるな!!」

激昂した男が手を振り上げる。補佐達は護身用に持っているものなのか、短剣を抜いていた。だが、それを見ても、朶輝は何一つ慌てることなく嘆息するだけだ。

「本当、ふざけるのはその存在だけにして欲しいですよ……」

黒い言葉が、男達の怒気を上回る殺気を放っていた。

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読んでくださりありがとうございます◎
次回、10日の予定です。
よろしくお願いします◎
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