異世界『魔術師』の孫〜婚約者のためなら国一つ消しても良いと思ってます(本音)〜

紫南

文字の大きさ
30 / 80
第三章 真実を知る家族

030 忍び込んだ影

しおりを挟む
ザサスに報告をし、屋敷で夕食を済ませた理修達は地球に戻ってきた。

司を送り届け、自宅に着く頃には深夜を回っていた。当然家に明かりは点いていない。

静かに自室へと入り、机の上に荷物を置くと、そこに手紙が置かれていた。

「母さん?」

それが母の字だと気付いて驚く。そこには『明日の朝、話がしたい』と書かれていた。

何事かと思いながら、ここ数日電源を切っていたスマホを確認する。メールが五件。

拓海、明良、父、叔母、そして、氷坂の名前。氷坂以外は皆一様に、帰って来たら話がしたいと言うもの。こんなことは初めてで、理修は訳が分からない。

だが、氷坂のメールを読んで目を見開いた。

『リュートリールの事、シャドーフィールドの事、全て話しました』

「……簡潔過ぎです……」

事情は確かにこれだけで充分理解できた。だが、突然に過ぎる。

「総帥か……」

指示をしたのは、十中八九あの人だろうと予想できる。確かに婚約も決まった今、タイミングとしては文句はない。だが一言欲しかったとも思う。

「あの人は……過保護なんだか、義務的なんだか、よく分からないのよね……」

こうして、オルバルトは自ら理修の中の信用を削っていくのだか、それに気付く事はない。

全ては夜が明けてからと、理修は久しぶりの自分のベッドに潜り込んだ。

次の日。

いつもよりも早く目が覚めた理修は苦笑を浮かべる。柄にもなく緊張しているようだ。忘れない内にと、八時に叔母へメールが届くように予約設定をし、キッチンへ向かった。

今日もまた、司にお礼を兼ねてお弁当を作る。するとそこで拓海と明良が起きてきた。

「おはよう」
「「お帰り」」

そう二人の声がかぶった。途端に気まずそうにお互いにそっぽを向くのを見て、笑ってしまう。

「ふふ、ただいま」
「「…………」」
「どうかした?」

いつもなら、笑うなとか言ってくる所だが、二人は動かない。

「手伝ってくれないの?」
「いや、手伝う」
「悪い……」

二人は、どう話を切り出したものかと迷っているようだ。こればかりは仕方がないだろう。

「二人ともさ、お昼一緒に食べない?司も居るんだけど、良ければ」
「司?ああ、梶原先輩か……わかった」
「おお……どこでだ?」
「三階の渡り廊下で待ってて。お弁当も私が持っていくから」

二人は一瞬怪訝な顔をしたが、なんとか頷いた。そして、理修はそれならばと、重箱を取り出す。それに明良がギョッとした。

「な、なんで重箱……?」
「うん?まとめられるじゃない。昔の人って天才よね。量に合わせていくらでも重ねられるんだもの」

並べられた八個の大箱に、蓋が一つしかないぞと言って、まさかなと飽きれた声で拓海が感想を述べる。

「……限度はあると思うんだが……」
「そう?大丈夫よ。持てるわ」
「「八段だぞ!?」」
「うん。司が四つと、私が一つ。二人で一つと半分じゃ足りない?」
「いや……」
「充分だ……」

四つなのかと驚き、次にそういう問題じゃないんだがと悩む二人。今日は息ピッタリだった。

理修は全く違う事を考えながら次々と料理を完成させていく。

考えても無駄なのかと諦めた二人は、ようやく動き出した。

「どんどん作るから、冷める前に詰めていってくれる?」
「は?冷まさなくていいのか?」
「だって、出来立ての温かさのままがいいでしょ?」
「?お弁当だろ?」
「うん……?あぁ、ごめん。説明しなきゃね。ゲームとかであるでしょ?アイテムボックス」

突然なんだと固まる二人。

「それがなんだよ」
「だから、あれがあるんだよ」
「「は?」」
「あれ?マコさ……氷坂さんから聞いたんだよね?私が魔術師だって」
「「え?」」
「え?」

何だか会話が噛み合っていない気がする。

「ん?だって、真子さん話したって……?」

そこで、もしかしてと気付いた。

「まさか、話したのって、じい様の事だけ?」
「「…………」」

コクリと頷く二人に、あららと、とぼけるしかなかった。

「まぁ、その話もお昼にね。とりあえず、手伝って」

そう話を切り上げ、大量のお弁当を作り上げていったのだ。

朝食が整う頃、父と母が揃って起きてきた。二人とも、いつもよりも少し早い。

「おはよう。と、お帰り」
「おはよう。ただいま」

普段と変わらない様子の父。だが、拓海と明良の顔を見て首を傾げた。

「どうしたんだ?夜更かしでもしたか?目が……」
「……ちょっとな……」
「……大丈夫だよ……」
「そ、そうか?」

拓海と明良は、そう言って虚ろな目をしてゆっくりと席に着いた。さすがに驚いたようだ。

先程二人は、出来上がったお弁当の重箱を、理修がアイテムボックスへ収納する所を見てしまったのだ。手品と同じようなものだと思ってくれると期待していたのだが、やはりショッキングな光景だったようだ。

悪い事をしたなと思いながら、理修も席につくと、珍しく母と目が合った。

「理修……その、これを……」

母が突然、差し出してきたのは、見たことのある表紙の本。それが、祖父の物だと気付いて目を見開く。

「これをどこでっ……真……氷坂さんが?」
「えぇ……」

成る程と納得する。これを読めば、確かに祖父の事が分かるだろう。

「ちゃんと、読めましたか?」
「え?」
「ふふっ、コレ、全部で確か十冊あって、実は同じ物がもう一冊ずつあるの」
「なんでだい?」

受け取った本を開いて中の文字を確認する。そこで、それまで黙っていた父が面白そうに身を乗り出すようにして理由を訊ねた。

「これは、じい様の記録帳で、本当はあっち……トゥルーベルの言葉で書いてたんだけど、お祖母様が『私も読みたい』って言うから、文字の練習がてら書き直したんだって」
「もしかして、字の練習帳……?」

呆然とする家族に、もちろん中身は改竄してないよと付け足す。

「なら、本当にお父さんは……異世界から来たの……?」

母が恐る恐る訊ねた。

「うん。異世界、トゥルーベルから来た魔術師だった」
「なんで……っ」

母が怒ったように、椅子を倒して突然、立ち上がった。

「母さん?」
「っなんで話してくれなかったのよ!娘なのよ?」
「母さん……」
「肝心な事はいつも何一つ話してくれなくて、でも、分かってくれって顔をしてっ……っふざけないでよ!!」
「母さっ……!?」

父と一緒に、母に手を伸ばそうとした時、それは現れた。

「っえっ、なに……っ!?」

母のブレスレットが赤黒く変色して膨張する。そこから影が飛び出したのだ。

《グルルルルっ》
「なにっ?なんなの!?」

パニックになった母に向かって、それは突然牙を剥いた。

《ガルルルァ!》
「ッ、ちっ【エヴィ】ッ」

理修が出した小さな魔法陣から飛び出したものが、獣の形をした黒い影を弾き飛ばした。

《ギャゥゥッ》
「ふっ……!」

それが壁に叩きつけられた瞬間、理修は手元にあったフォークを投げつけた。勿論、魔術で強化済みだ。

《グフっ………》

しかし、壁に縫い止められた獣は、次の瞬間には霧散し、消えてしまったのだ。

**********
読んでくださりありがとうございます◎
2019. 8. 4
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

処理中です...