異世界『魔術師』の孫〜婚約者のためなら国一つ消しても良いと思ってます(本音)〜

紫南

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第三章 真実を知る家族

032 不安を抱えて

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いつも通りの学校。だが昼休み、拓海と明良はソワソワと待ち合わせの渡り廊下へとやってきた。

「……理修は、まだか」
「おう……なぁ、今朝の……」

そう明良が話そうとした所で、理修が駆けてきた。

「ごめん。お待たせ。ついてきて」

来て早々、すぐに着いて来いと言う理修に、二人は大人しくついて行く。だが、理修が屋上へと向かう階段へと差し掛かった所で、拓海が声をかけた。

「理修?そっちは屋上だろ?」
「うん。だって、屋上に行くんだもの。大丈夫。鍵も開けられるから」
「…………」

何が大丈夫なのか分からない。そして理修は、鍵穴に何かを差し込む事なく、ドアノブを回しただけだった。

「え……」
「鍵、かかってないのか?」
「ん?かかってるよ?魔術は万能だからね」
「万能!? 万能過ぎだろ!?」
「ピッキングしてる奴らの方が正しいように思えてきそうだ……」

明良は目を丸くし、拓海は呆れ果てた。既に朝、ドラゴンという未知の生物と対面しているためか、魔術と聞いて驚きはしないが、理修が自然にそれを行っている事に違和感を感じる。

「お待たせ、司」
「おお……本当に連れてきたのか……」
「うん。お弁当、一緒に食べようと思って」
「そうか……」

屋上には、当たり前のようにその場所がある事に、拓海と明良は絶句する。

「屋上にこんな物が……」

拓海が思わず呟く。

「やっぱり、雨は防げた方が良いもの。風も防げるように、小屋にしようとも思ったんだけど、せっかく見晴らしが良いのに、もったいないでしょ?」
「え、あ、理修が作ったのか?」

明良が、まさかと言うように訊ねた。

「作ってないよ」
「だよな」

ほっとする二人に、理修は机にお弁当の重箱を出しながら付け加えた。

「持ってきただけ」
「そうか……作ってはいないんだな……」
「持ってきただけか……」

庭園にもありそうな、立派な東屋のような休憩所。骨組みもしっかりしている。何より広い。これをどうやって『持ってきた』のかは聞かない事に決めた二人だった。

しばらく食事を楽しんでいると、突然、その女は現れた。

「お待たせいたしましたリズリール様」
「ううん。約束の時間より早いよ」

拓海と明良は驚き過ぎて、とっさに声が出なかった。同時に思ったのは『忍者!?』という言葉だ。

片膝をつく女の出で立ちは、くノ一のソレだったのだ。

◆  ◆  ◆

『ダグスト王国』

その国教会。リュス教の神殿には、今、多くの信者や司教達が集まっていた。

「魔族だ。魔族がまた我々人を滅ぼそうと動き出したのだ」
「神よ。リュス神よ。どうか我らを救いたまえ」
「聖女様っ。お願い致します。勇者を……我らを救う神の使徒の召喚をっ」
「聖女様っ」
「聖女様」
「…………」

聖女は、白い幕の中にいた。絶えず聞こえてくる信者の願う声に、震えそうになる己れを必死で抑え、涙を堪えていた。

「助けて……」

それは、世界の平和を願う聖女としての願いではなかった。のしかかる期待の重圧に耐えかね、心が悲鳴を上げている。

「助けて……ツカサ様っ……」

それは、もう届かないと知ってなお願わずにはいられない。

「お願い……助けてください……っ」

神に願う事をやめた聖女の心からの願いは、今日もまだ届く事はない。

◆  ◆  ◆

「予想通り、ダグストがまた動き出したようです」
「そうか」

ウィルバートは、執務室で報告を受けていた。だが、どこか落ち着かない様子に、側近であるキュリアは内心首を傾げていた。

真面目過ぎる程真面目なウィルバートがこんな風になる理由は、一つしかなかった。

「リズ様に何かありましたか?」
「っ……あぁ……」

いつもの変わらない無表情の中に、どこか不安気なものが見えた。ウィルバートは、リズリールに関わる時にだけしかその表情を変えない。それを知っているからこその確信的な質問だった。

「エヴィの気配が消えた」
「き、消えたとは……?」

わからないと首を横に振るウィルバート。だが、死んだ訳ではないのだと説明されてキュリアはホッとする。リズリールの相棒であるエヴィスタは、次期竜王と言われる現竜王の息子。そんな存在が消えては、この国にとっても一大事だった。

「リズがあちらの世界で喚び出したのだろう。エヴィを召喚するなど、よっぽどの緊急事態だ」
「そんな……」

リズリールが危機的状況に陥るなど、キュリアには想像できなかった。リズリールはリュートリールの後継者であり、魔女だ。今、世界が崩壊したとしても、それをなかった事に出来る程の能力を有している。

「異世界とは、厄介なものだな……」
「はい……」

ただの友人としても世界の壁は遠いと感じるのだ。恋人であるならば尚更だろう。どんな仕事にも手を抜を抜かないウィルバートが、ずっとどこか落ち着かない様子なのだ。

ただ悪いことではない。寧ろ、ウィルバートにとっては良い傾向だ。

キュリアは、ウィルバートがこうして王位に着く前から傍にいる。それは、ウィルバートがリュートリールと出会う前であり、幼馴染と呼べる程であった。

魔族の中でも魔力が高かったウィルバートは、十歳になる頃には既に笑う事が殆どなかった。当時、部落長であった父親の隣りをついて回っている大人しい子どもだったのだ。

それが一転したのは、ウィルバートが二十歳になった時。人族との戦争が起こったのだ。

ウィルバートは、いわば兵器として戦場に立っていた。今とほとんど変わらない姿。その時、その圧倒的な力から『魔王』と呼ばれた。

結果的に魔族の圧勝。だが、このままで良いのかと危機感を覚えた。当時魔族は、広大な土地に集落を作って暮らしていた。その土地は人には不向きな土地柄であった。

遠い先祖達は、その魔力の高さに恐怖を覚えた者たちによって追い立てられ、この土地にやって来たのだ。魔力の高い魔獣や魔物が住んでいる土地。人にとっては絶望的な土地だ。

そして、落ち延びて来た者たちで寄り集まり、集落が出来た。だが、それも不安になってきた。

力のある『勇者』と呼ばれる者たちが、力試しとばかりに集落を襲うようになったのだ。これは、魔族として一つにまとまるべきではないのかと話し合われた。

だが、そこで思わぬ弊害が出た。魔族はその性質上、気が長い。王にと推薦した者が嫌だと言えば、ならば気が変わるまで待とうという考え方だ。しかし、本来ならばそんな悠長な事を言っていられない状況だった。

人形のように心を閉ざし、戦わせられるウィルバート。そこに現れたのがリュートリールだったのだ。

『私やお前のように力ある者は、力に責任を持たねばならんが、使うか使わないかは自分で決めれば良い。助けたければ助ければ良いし、助けたくなければ助ける必要はない。因みに私は、今世界が滅びるなら、友人達だけしか助けん』

ウィルバートに、ニヤリと笑って言い切ったあの時の言葉は忘れられない。恐らく、ウィルバートが変わったきっかけでもあった。無茶苦茶な人だったのだ。

そんな無茶苦茶な人の意思と力を受け継いだのがリズリール。そして、再びウィルバートを変えた娘だった。

「きっと大丈夫です。夜にはいつも通り笑って現れるかもしれませんよ。リズ様も、エヴィ殿を召喚する事で、あなたに心配をかけると分かっているはずですから」
「……そうだな……」

ウィルバートとリズリールが、お互いをずっと想い合っていることは、この国の者ならば皆知っている。

「今や、ベタ惚れですからね……」

リズリールに追いかけ回されていた頃のウィルバートを思い出し、笑いそうになったのは秘密だ。

**********
読んでくださりありがとうございます◎
2019. 8. 6
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