55 / 80
第五章 封印の黒い魔人
055 外の状況は
しおりを挟む
司を追って来た男達は、その戦いぶりを密かに離れて見ていた。
既にこの時、駆け付けた魔族の兵士達が男達には確認できない距離に散らばって戦っていたのだが、司の勇姿に魅せられた彼らの目には入らなかった。
司の武器は剣だ。それも、大きな大剣だった。装飾も見事で光を集めているような錯覚を起こさせる。
男達は、その剣を見事に扱う司を見て思った。
「勇者様が帰ってきた……」
そんな正し過ぎる推測を彼らが立てられたのは、ひとえにその剣のお陰だ。
男達の呟きなど知る由もなく。司は、自身の手に驚く程馴染む剣をゴブリンに向けて振るっていた。
「本当に、変な剣だ……」
チラリと剣に目を向け、思い出す。
司は数年前。この剣をウィルバートから譲り受けた。それは、地球で理修にウィルバートを紹介された時だ。
ウィルバートは、兼ねてよりこの剣に相応しい者を探していた。そして、理修が司を紹介する形で、地球で顔を合わせることになったのだ。
「君がそうか……ふむ……」
そう思案しながら司を正面から見たウィルバートは、一度頷くと、アイテムボックスからその剣を取り出した。
「これは、二百年程前に勇者だと名乗った者が持っていた剣だ。元々は、私の友人がどこぞかの世界で拾って来て捨てた物だったのだがな」
その友人とは、言わずと知れた理修の祖父。リュートリールだ。
この時は既にリュートリールが亡くなって数年が経っていた。
司自身、リュートリールの事を話には聞いていても、その破天荒極まりない行動の数々に、実際に存在した人の話には感じられていなかった。
今回の話もそうだ。
後で理修に詳しくこの話を聞けば、リュートリールは、別の世界で勇者の様な扱いを受けていた。
この剣はその世界で誰も手に出来ずにいたらしい。理由は、厳重に封印されていた為だ。そして、更に特定の魔力の波動を持った者にしか使えない代物であったという理由もあった。
「じい様が、固定化されていた所有権の情報を弄ったらしくて、今は勇者の資質のある者なら使えるようになってる。勿論、その中でも魔力の波動がぴったり合う人が良いんだけどね」
その波動が最も合う勇者が司だったという訳だ。
「リュートリールも、完全に相性が良いという訳ではなかったのでな。気持ちが悪いと言って何処ぞの谷に捨てたのだが、それを拾ったらしい」
それを勇者と名乗り、魔王であるウィルバートに挑んで来た者が見つけたのだ。勿論、確かに勇者としての資質はあったのだろうが、お世辞にも相応しいとは言えなかった。
「銘も分からないが、好きに呼んで使ってくれ」
ウィルバートは、この剣を分不相応な者が持つ事が気に入らなかった。元々、友人であるリュートリールが持っていた剣という認識であった為でもある。
友人の剣を、粋がった自称勇者がウィルバートに向けて振るう事が不快だったのだ。
そのため、ウィルバートは問答無用で勇者を叩き出し、剣を取り上げた。しかし、魔王であるウィルバートが勇者の剣を持っているのは落ち着かない。ならばと、本当に相応しい使い手を探していたという訳だ。
こうして、奇妙な縁でこの剣が司の手に渡った。
どれだけゴブリンを葬っても剣は曇らず、斬れ味も衰えない。それが少し気味が悪いが、司は気に入っている。
何よりも、剣が司を使い手と認めている事が実感出来た。
「はっ!」
サクッと思った通りに敵を斬り倒して行くのだ。手に馴染み、負担にならない重さがある。これが自分の剣なのだと思うと、地球育ちの司には不思議な感覚だった。
「ちっ、まだまだか」
先は長いと、次から次へと湧いてくるゴブリンの群に悪態をつきながらも、司は男達の気配に気付いていた。
ミリアの気配を探っていた時、それに引っかかったのだ。
「くそっ。向こうに行かないように向きを変えるか……」
そうしてしばらく戦っていた司は、魔族達の存在をその男達に気付かせる為、彼らの方へゴブリンが行かないように調整しながら少しずつ向きを変える。
司以外の存在を認識した男達は、ここでの自分達の無力さを理解し、ようやく街へと事態の連絡に走っていくのだった。
◆ ◆ ◆
その頃、ログハウスに取り残された由佳子達、理修の家族は、この後をどうしようかと考えていた。
「外へ出るのは……マズイんだよな……?」
「あんなのが居る世界だぞ。理修が安全だと言ったんだ。待つべきだろう……」
明良と拓海は不安気に、窓から見える魔人や森を眺めていた。
その時、同じように窓の外へと視線を向けていた由佳子が、ログハウスへと近付いてくる人を見つけた。
「誰か来るわ。あら?あの人……どこかで……」
由佳子は、その人物に見覚えがあった。そして、気になって窓へと目を向けた義久も、声を上げる。
「僕も知ってる人だ。確か……お義父さんの葬儀の時に、理修の傍にいた……」
義久は、扉へと向かう。そこでノックの音が響いた。
「失礼。私はザサス・シールス。これはリズリールの持ち物だろうか?」
その言葉で、義久は扉をゆっくりと開けた。
「おや。リズはやはり居ないか」
「あ、はい」
ザサスは、居ないと分かっていても、念の為に目で確認しなくては落ち着かなかったのだ。
それからザサスは改めて義久を見た。
「そうか。君は……リズの父親だったね。本当に喚び出されているとは……これは、国が消し飛ぶのも時間の問題かな」
ザサスは神妙な様子で、魔人を見上げてから、何度か頷いた。
「リズはあっちだね。律界の魔女殿もお出ましか……うむ。ここでも危ないかもねぇ」
全く緊張感のない話し方だが、その内容は無視出来るものではなかった。
「あの。危ないって……」
義久が不安気に訊ねる。それにザサスは笑顔さえ浮かべながら答えた。
「うん。律界の魔女殿は、それこそ、次元に干渉できるぐらいの方だからね。国が吹っ飛ぶどころか、存在そのものを消しかねないんだ。その上、傍にいるのがリズちゃんだからねぇ。不安だなぁ」
「……え~っと……」
全く不安そうに見えず、聞こえなかった。
「まぁ。なるようになるかな」
「はぁ……」
ザサスは軽やかに笑う。
「とりあえず、中に入れてくれるかい?リズちゃん達の状況を知りたいだろう?」
「あ、はい」
これには、全員が同意してザサスに期待の目を向け、中へと招き入れたのだった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
既にこの時、駆け付けた魔族の兵士達が男達には確認できない距離に散らばって戦っていたのだが、司の勇姿に魅せられた彼らの目には入らなかった。
司の武器は剣だ。それも、大きな大剣だった。装飾も見事で光を集めているような錯覚を起こさせる。
男達は、その剣を見事に扱う司を見て思った。
「勇者様が帰ってきた……」
そんな正し過ぎる推測を彼らが立てられたのは、ひとえにその剣のお陰だ。
男達の呟きなど知る由もなく。司は、自身の手に驚く程馴染む剣をゴブリンに向けて振るっていた。
「本当に、変な剣だ……」
チラリと剣に目を向け、思い出す。
司は数年前。この剣をウィルバートから譲り受けた。それは、地球で理修にウィルバートを紹介された時だ。
ウィルバートは、兼ねてよりこの剣に相応しい者を探していた。そして、理修が司を紹介する形で、地球で顔を合わせることになったのだ。
「君がそうか……ふむ……」
そう思案しながら司を正面から見たウィルバートは、一度頷くと、アイテムボックスからその剣を取り出した。
「これは、二百年程前に勇者だと名乗った者が持っていた剣だ。元々は、私の友人がどこぞかの世界で拾って来て捨てた物だったのだがな」
その友人とは、言わずと知れた理修の祖父。リュートリールだ。
この時は既にリュートリールが亡くなって数年が経っていた。
司自身、リュートリールの事を話には聞いていても、その破天荒極まりない行動の数々に、実際に存在した人の話には感じられていなかった。
今回の話もそうだ。
後で理修に詳しくこの話を聞けば、リュートリールは、別の世界で勇者の様な扱いを受けていた。
この剣はその世界で誰も手に出来ずにいたらしい。理由は、厳重に封印されていた為だ。そして、更に特定の魔力の波動を持った者にしか使えない代物であったという理由もあった。
「じい様が、固定化されていた所有権の情報を弄ったらしくて、今は勇者の資質のある者なら使えるようになってる。勿論、その中でも魔力の波動がぴったり合う人が良いんだけどね」
その波動が最も合う勇者が司だったという訳だ。
「リュートリールも、完全に相性が良いという訳ではなかったのでな。気持ちが悪いと言って何処ぞの谷に捨てたのだが、それを拾ったらしい」
それを勇者と名乗り、魔王であるウィルバートに挑んで来た者が見つけたのだ。勿論、確かに勇者としての資質はあったのだろうが、お世辞にも相応しいとは言えなかった。
「銘も分からないが、好きに呼んで使ってくれ」
ウィルバートは、この剣を分不相応な者が持つ事が気に入らなかった。元々、友人であるリュートリールが持っていた剣という認識であった為でもある。
友人の剣を、粋がった自称勇者がウィルバートに向けて振るう事が不快だったのだ。
そのため、ウィルバートは問答無用で勇者を叩き出し、剣を取り上げた。しかし、魔王であるウィルバートが勇者の剣を持っているのは落ち着かない。ならばと、本当に相応しい使い手を探していたという訳だ。
こうして、奇妙な縁でこの剣が司の手に渡った。
どれだけゴブリンを葬っても剣は曇らず、斬れ味も衰えない。それが少し気味が悪いが、司は気に入っている。
何よりも、剣が司を使い手と認めている事が実感出来た。
「はっ!」
サクッと思った通りに敵を斬り倒して行くのだ。手に馴染み、負担にならない重さがある。これが自分の剣なのだと思うと、地球育ちの司には不思議な感覚だった。
「ちっ、まだまだか」
先は長いと、次から次へと湧いてくるゴブリンの群に悪態をつきながらも、司は男達の気配に気付いていた。
ミリアの気配を探っていた時、それに引っかかったのだ。
「くそっ。向こうに行かないように向きを変えるか……」
そうしてしばらく戦っていた司は、魔族達の存在をその男達に気付かせる為、彼らの方へゴブリンが行かないように調整しながら少しずつ向きを変える。
司以外の存在を認識した男達は、ここでの自分達の無力さを理解し、ようやく街へと事態の連絡に走っていくのだった。
◆ ◆ ◆
その頃、ログハウスに取り残された由佳子達、理修の家族は、この後をどうしようかと考えていた。
「外へ出るのは……マズイんだよな……?」
「あんなのが居る世界だぞ。理修が安全だと言ったんだ。待つべきだろう……」
明良と拓海は不安気に、窓から見える魔人や森を眺めていた。
その時、同じように窓の外へと視線を向けていた由佳子が、ログハウスへと近付いてくる人を見つけた。
「誰か来るわ。あら?あの人……どこかで……」
由佳子は、その人物に見覚えがあった。そして、気になって窓へと目を向けた義久も、声を上げる。
「僕も知ってる人だ。確か……お義父さんの葬儀の時に、理修の傍にいた……」
義久は、扉へと向かう。そこでノックの音が響いた。
「失礼。私はザサス・シールス。これはリズリールの持ち物だろうか?」
その言葉で、義久は扉をゆっくりと開けた。
「おや。リズはやはり居ないか」
「あ、はい」
ザサスは、居ないと分かっていても、念の為に目で確認しなくては落ち着かなかったのだ。
それからザサスは改めて義久を見た。
「そうか。君は……リズの父親だったね。本当に喚び出されているとは……これは、国が消し飛ぶのも時間の問題かな」
ザサスは神妙な様子で、魔人を見上げてから、何度か頷いた。
「リズはあっちだね。律界の魔女殿もお出ましか……うむ。ここでも危ないかもねぇ」
全く緊張感のない話し方だが、その内容は無視出来るものではなかった。
「あの。危ないって……」
義久が不安気に訊ねる。それにザサスは笑顔さえ浮かべながら答えた。
「うん。律界の魔女殿は、それこそ、次元に干渉できるぐらいの方だからね。国が吹っ飛ぶどころか、存在そのものを消しかねないんだ。その上、傍にいるのがリズちゃんだからねぇ。不安だなぁ」
「……え~っと……」
全く不安そうに見えず、聞こえなかった。
「まぁ。なるようになるかな」
「はぁ……」
ザサスは軽やかに笑う。
「とりあえず、中に入れてくれるかい?リズちゃん達の状況を知りたいだろう?」
「あ、はい」
これには、全員が同意してザサスに期待の目を向け、中へと招き入れたのだった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
45
あなたにおすすめの小説
婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜
桐生桜月姫
恋愛
シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。
だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎
本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎
〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜
夕方6時に毎日予約更新です。
1話あたり超短いです。
毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる