逃げ遅れた令嬢は最強の使徒でした

紫南

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003 面白い冗談だ

レイル・ゼスタート。

ゼスタート侯爵家の者は代々武を誇り、国の騎士団をまとめてきた。

他国との小競り合いは多く、武勇を得るのに苦労はしない。そのため、二十を過ぎた若僧であっても、いずれゼスタート家の当主になる者としては、既に充分な実績を持っている。

十五の時に、貴族としては遅い婚約者の決定があった。

相手はベリスベリー伯爵家の令嬢だ。

聖女としての素質がある美しい令嬢だと噂されていた。しかし、ベリスベリー伯爵家はクズと陰で叩かれるほど困った家である。

そこで育ちながらも聖女となれる者。これを聞いて、周りは両親に虐げられる儚げで健気な令嬢を思い描いた。

もちろん、レイルもそうだ。

表に出ない令嬢は、婚約者であっても会うことが叶わなかった。別におかしいことではない。貴族の政略結婚とはそういうものだ。

特に表に出ないということは、男を知らない初心な印象を与える。だから周りもどんどん美化していった。

そして、ようやく結婚となった時だった。

蓋を開けてみれば、未来の聖女ではなくその妹だという。

伯爵からの手紙には、長女は聖女として国に支えたいと願っているため、次女を婚約者としていたというのだ。

交わされていたらしい誓約書を確認すると『ベリスベリー伯爵家の娘をレイル・ゼスタートの婚約者とする』とあった。

間違いなく騙された。

「父上、どういうことです!」
「すまん……まさか、侯爵家相手にもこんな手を使ってくるとは……」

そう。最近のベリスベリー伯爵は怖いもの知らずだ。代々、聖女としての力を持つ者を輩出してきた実績がそうしている。それは、娘が聖女になると約束されているからできる暴挙。治癒魔術を施せる教会という組織を手にしているが故の態度だ。

それほど、この国で聖女という存在は大きい。

だからこそ、一部の貴族達は伯爵家から力を削ぐため、有力貴族であるゼスタート侯爵家へ血を分けようと考えた。これは完全な政略結婚だ。

「あんな家で育った令嬢など、聖女でなければゴメンです。即刻返してください!」
「無理だ。それはあれをまた助長させることになる。分かるだろう……だが、噂によるとあまり手のかからない娘のようだ。存在自体が今までほとんど明るみに出ていない。離れにでも住まわせておけばいい。今回のことであの家が血を分けることに危機感を覚えていないのが分かった。ならば、これ以降も機会はあろう」
「っ……わかりました……」

それは、伯爵家の者と子どもを作る必要はないということ。政治的な思惑の入ったものは、何十年何百年という月日をかけていくものだ。今回はきっかけ。始まりの一手としては充分だろう。

レイルは結婚の儀の後すぐに誓約書を作った。今度はこちらが損をすることがないように。娘に不利なように。

そして、やって来た娘はこちらの冷たい態度にも臆することなく、綺麗な姿勢で頭を下げ続けていた。

こちらが完全に上からものを言う誓約内容を提示すると、素直に応じる。

「承知しました。ご温情痛み入ります。我が生家の礼を失する行いをお許しいただき、感謝いたします。その上に自由もお約束いただいたのです。これ以上は望みません」

拍子抜けだ。どれほどの悪辣な令嬢が来るかと身構えていたというのに。だが、やはりというか、要望があった。

「ただ一つだけお許しいただきたいことがございます」
「お前っ。これ以上なにも望まないと言っておいてっ……」
「お前たちは黙っていろ」
「はっ……」

補佐達が言いたいこともわかる。ほら見ろと思ったのだから。だが、彼女が口にしたのは思わぬ願いだった。

自分の連れてきたメイド達を帰すという。

「お恥ずかながら、伯爵家のメイド達はこちらのメイドの方々に数十段劣ります。ご迷惑をお掛けする前にこちらから引き上げさせていただきたいのです」
「……」

数段どころではなく数十段かと、冗談をと思った。

「面白い冗談だ」
「いえ、真実です」
「……そうか……だが、君は一人でどうするのだ? 迷惑をかけないと言った以上、こちらから使用人を当てがうということも期待してはいまい」
「当然でございます。一人でも一通り以上のことが出来ると自負しております。お構いなく」

何も言えなかった。

無理に決まっている。令嬢が一人で何もかも出来るはずがない。着替えさえも一人で出来ないのが普通だと聞いている。

因みにレイルの母も、伯爵令嬢だった。だが、三女であったため、冒険者と呼ばれる実力主義の世界で生きていた。日銭を稼ぐには良い仕事だ。瘴気に侵されて凶暴になった魔物や魔獣を討伐したり、薬の材料を採取する仕事だ。

彼女は『氷の女傑』『氷炎の剣鬼』と現在も呼ばれていた。未だに身分を隠し、冒険者として遊びに出ているのは頭の痛いことだ。

そんな彼女でも、ドレスを着るのは一人では無理だし、料理も裁縫も壊滅的だ。

一人でなど無理に決まっている。だが、その声は自信に満ちていた。

「こちらをご了承いただけましたら、お相手が見つかるまで旦那様の妻として完璧に演じてご覧に入れます。これは契約……あの離れをご提供いただけるのでしたら、一切の援助は無用にございます。お聞き届けいただけますでしょうか」

やってみればいい。世間知らずな令嬢が途方にくれるのはすぐだろう。伯爵への意趣返しと思っていたのだが、これでは完全にただの意地悪だ。そんな少しばかり気まずい思いを胸に抱えながら了承した。

「あ……ああ……では、誓約書を書き換えさせてもらおう。明日には届けさせる。使用人達は……好きな時に帰せばいい」
「寛大なお心に感謝を。ありがとうございます」
「っ……!」

その時、ベール越しでしか知らなかった彼女の顔を初めて見た。

これがあの性格の悪い伯爵の娘だろうか。卑屈なところもなく、陰鬱でもない。美しいと見惚れてしまう笑み。完璧な貴族の令嬢だった。

彼女はもう一度深く頭を下げると失礼しますと告げて離れに一人で帰っていったのだ。

**********
読んでくださりありがとうございます◎
次回、12日に上げます。
よろしくお願いします◎
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