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034 少しは和みましたかな?*
シルフィスカは屋敷のあるヒルセントに帰ってきた。
ビスラやフラン、ミィアも当然のようについて来ている。
本邸の前まで来て、シルフィスカはレイルに頭を下げた。
「では、旦那様。今回はお付き合いいただきありがとうございました。失礼いたします」
「っ、え?」
目を丸くして立ち止まったままのレイルなど、もう気にせず、スッと背を向け、自身に用意されている離れの屋敷に向かって歩き出す。
「ちょっ、お待ちくだっ」
慌てて引き留めようと手を伸ばすが、その前にビスラが割り込む。
「おいおいレイル。お前も疲れてんだろ。もう休めよ?」
笑顔でビスラはレイルの肩を強めに叩いた。
「そうですよ。お疲れ様でした」
フランも和かに笑って見せて、軽く頭を下げた。
「行くぞ」
ミィアはチラリと視線をよこすだけで、そのままシルフィスカに続いて歩き出している。
「……っ」
これではダメだと、レイルはグッと拳を握ってシルフィスカの姿が見えなくなるまで見送り、追いかけるのは諦めて屋敷に入った。
そんなレイルを出迎えてくれたのは、もう隠居を決めていたはずの家令。後継として任せようとしていたキリルが出て行ってしまったので、彼がやるしかなかった。ただし、自分は死ぬまで現役でありたいと常々言っていたので、余り悲観はしていないようだ。
その上、当主が先日、爵位を返上し国を出ることを決めた。焦って後継者をという必要もなくなり、今日は特に絶好調だ。
「お帰りなさいませ、レイル様。外までお出迎えせず申し訳ございません。なにぶん、物騒な空気でしたのでご遠慮させていただきました」
「……見ていたのか……」
「ほっほっほっ。あのような方々からお護りするなど、命がいくつあっても足りません。仮に旦那様がピンチでも助けませんよ」
これは、彼の元々の姿。ゼスタート家は騎士の家。王家の剣だ。何者にも負けてはならないという矜持があるため、使用人が助けるというのは、逆に失礼だという考えがあった。とはいえ、彼はとても潔い性格をしている。
「……じい……前々から思っていたが、家令としてどうなんだ?」
「他の家ならば庭師になっておりましたよ」
「……そうか……」
「そうです」
本当にいい性格をしている。
「父上は……」
「お出掛けされています。誓約の破棄のための見届け人を集めておいでのようです」
「ようですって……」
平然と、他人事として報告した家令に文句を言おうとすれば、レイルが口を開く前にお説教が始まった。
「わたくしは言いましたよ? 確かに問題のある家の出です。その上、誓約の穴を突いて別の方を平然と嫁がせるようなクズな一族とはいえ、来られた方が同じクズかどうかは分からないと」
「あ、ああ……」
「調べましょうか? とも言いましたよね?」
「……聞いた……かもしれない……」
そこで思い当たった。確かに、彼は調査しようかと言っていた。そんなもの調べた所で変わらないと跳ね除けたのはレイルと当主のベルタだ。
「誓約の内容も、人となりをご覧になってからにしてはどうかと言いましたよね?」
「……」
「補佐達にも困ったものです。我々は決して主人の味方ではなく、理解者でなければならない。そう口を酸っぱくして言い続けていたというのに……」
「……っ」
「よりにもよって、奥様のご友人とは」
「……何で知って……」
彼はその場に居なかったはずだ。
「全部知っておりますよ? あの方が嫁いでこられて何日も経っておりますし、キリルが居りましたから、ちょっと散歩がてら、ベリスベリー伯爵家周辺まで行って調べて参りました」
「……いつの間に!?」
そんな簡単に散歩で行ける距離ではないのだが、なぜか彼なら可能かもしれないと思えてしまう。彼の力は昔から底知れない。
「ほっほっほっ。実は……わたくしの友人があの方の弟子でしてなあ」
「っ、な!?」
まさかの事実に、レイルは距離を取る。非常にマズイ気がするのだ。
「まあ、今回のことを知ってそれはもう、えらい剣幕で……逃げて参りましたっ。この年でびっくりな爆走でしたぞ! いやあ、見せたかったですなあ」
「そ、それ……父上には……」
「言っておりません。おや、お出掛けが危ないとお伝えするのを忘れておりましたわ」
「っ、父上!!」
シルフィスカが来てから、こんなにも自分は動揺することが出来たのかと驚くばかりだ。感情が制御できない。
慌てて外に飛び出す。すると、そこに丁度父、ベルタが帰ってきた。
「父上! お怪我はございませんか!」
「む? いや……どうした?」
なので、家令に聞いた話を伝えた。ベルタは頭を抱え、家令へ目を向ける。いつも通りの飄々とした笑みを見せていた。
「ユジア……なぜ言わない? 私が出かける時に居たよな?」
「居りましたよ? しっかり、ばっちり奥様とお見送りしました」
「だから、その時になぜ言わない!」
「ほっほっほっ。潰れてもいいかと思いまして」
「おい!」
こんなやり取りは、実は昔からよくある。なので、真面目なキリルがとても新鮮だった。これぞ家令だと。
「冗談です。いやあ……わたくしも歳ですかなあ……最近、物忘れが多くて……キリルが居なくなって寂しいのです……寂しいと死んでしまうという伝説をご存知ですかな?」
「お前は絶対に寂しさでは死なんわ!」
「ほっほっほっ。コレは手厳しいっ」
「……」
「……」
仕事は出来る。寧ろ優秀過ぎて怖いくらいだ。執事服に包まれている体は、恐らく年齢など無視した鍛え抜かれたものになっているだろう。この家令には剣でも勝てなかった。さすがに騎士になってからは、一般人相手ではいけないと相手をしなくなったが、今でももしかしたら勝てないかもしれない。
「どうです? 少しは和みましたかな?」
「そんなわけあるかっ」
「おや? レイル様はどうです?」
「無理でしょう……」
「それは困りましたなあ。そろそろ危ないのですが……」
「「は?」」
その時だった。突然背後に気配を感じたのだ。そこに居たのは、大男だった。
「……これが……師匠の……夫……」
「「っ!?」」
「おやおや。三日振りですなあ」
そんな呑気な家令の言葉を耳に、レイルは壁に叩きつけられていた。
「ぐっ」
「っ、レイル! 何者だ!」
「俺はケルスト……師匠の……シルフィスカ様の一番弟子」
「っ!?」
向けられた威圧に、ベルタもゆっくりと距離を取ろうと下がる。
息も出来ないほどのそれを感じているのは、ベルタとレイルだけだ。家令のユジアは平然としている。
すると、ここへジルナリスが駆けてきた。
「ちょっとっ。まさかっ。ケルストじゃないっ。仕事で南の大陸に行ってるんじゃなかったの?」
「終えてきた……師匠……シルフィスカ様に……会えるようになった……から」
「へ~え。アレなの? 情報解禁? っていうのがあるのよね。それ、あなた達分かるの?」
「……分かる……連絡網が……ある」
「なるほど。便利ね~」
ジルナリスが呑気に話す間にも、レイルとベルタへ向けられる威圧が解かれることはない。
「あら? ねえ、もしかして威圧してる?」
「……してる」
「そろそろ解いてやってちょうだい。ほら、シルフィが来たわ。バレるわよ?」
「……分かった……」
「「っ……」」
ようやくレイルとベルタは息が出来た。
そして、シルフィスカがやって来たのだ。
************
読んでくださりありがとうございます◎
次回、30日の予定です。
よろしくお願いします◎
新作もよろしくお願いします◎
ビスラやフラン、ミィアも当然のようについて来ている。
本邸の前まで来て、シルフィスカはレイルに頭を下げた。
「では、旦那様。今回はお付き合いいただきありがとうございました。失礼いたします」
「っ、え?」
目を丸くして立ち止まったままのレイルなど、もう気にせず、スッと背を向け、自身に用意されている離れの屋敷に向かって歩き出す。
「ちょっ、お待ちくだっ」
慌てて引き留めようと手を伸ばすが、その前にビスラが割り込む。
「おいおいレイル。お前も疲れてんだろ。もう休めよ?」
笑顔でビスラはレイルの肩を強めに叩いた。
「そうですよ。お疲れ様でした」
フランも和かに笑って見せて、軽く頭を下げた。
「行くぞ」
ミィアはチラリと視線をよこすだけで、そのままシルフィスカに続いて歩き出している。
「……っ」
これではダメだと、レイルはグッと拳を握ってシルフィスカの姿が見えなくなるまで見送り、追いかけるのは諦めて屋敷に入った。
そんなレイルを出迎えてくれたのは、もう隠居を決めていたはずの家令。後継として任せようとしていたキリルが出て行ってしまったので、彼がやるしかなかった。ただし、自分は死ぬまで現役でありたいと常々言っていたので、余り悲観はしていないようだ。
その上、当主が先日、爵位を返上し国を出ることを決めた。焦って後継者をという必要もなくなり、今日は特に絶好調だ。
「お帰りなさいませ、レイル様。外までお出迎えせず申し訳ございません。なにぶん、物騒な空気でしたのでご遠慮させていただきました」
「……見ていたのか……」
「ほっほっほっ。あのような方々からお護りするなど、命がいくつあっても足りません。仮に旦那様がピンチでも助けませんよ」
これは、彼の元々の姿。ゼスタート家は騎士の家。王家の剣だ。何者にも負けてはならないという矜持があるため、使用人が助けるというのは、逆に失礼だという考えがあった。とはいえ、彼はとても潔い性格をしている。
「……じい……前々から思っていたが、家令としてどうなんだ?」
「他の家ならば庭師になっておりましたよ」
「……そうか……」
「そうです」
本当にいい性格をしている。
「父上は……」
「お出掛けされています。誓約の破棄のための見届け人を集めておいでのようです」
「ようですって……」
平然と、他人事として報告した家令に文句を言おうとすれば、レイルが口を開く前にお説教が始まった。
「わたくしは言いましたよ? 確かに問題のある家の出です。その上、誓約の穴を突いて別の方を平然と嫁がせるようなクズな一族とはいえ、来られた方が同じクズかどうかは分からないと」
「あ、ああ……」
「調べましょうか? とも言いましたよね?」
「……聞いた……かもしれない……」
そこで思い当たった。確かに、彼は調査しようかと言っていた。そんなもの調べた所で変わらないと跳ね除けたのはレイルと当主のベルタだ。
「誓約の内容も、人となりをご覧になってからにしてはどうかと言いましたよね?」
「……」
「補佐達にも困ったものです。我々は決して主人の味方ではなく、理解者でなければならない。そう口を酸っぱくして言い続けていたというのに……」
「……っ」
「よりにもよって、奥様のご友人とは」
「……何で知って……」
彼はその場に居なかったはずだ。
「全部知っておりますよ? あの方が嫁いでこられて何日も経っておりますし、キリルが居りましたから、ちょっと散歩がてら、ベリスベリー伯爵家周辺まで行って調べて参りました」
「……いつの間に!?」
そんな簡単に散歩で行ける距離ではないのだが、なぜか彼なら可能かもしれないと思えてしまう。彼の力は昔から底知れない。
「ほっほっほっ。実は……わたくしの友人があの方の弟子でしてなあ」
「っ、な!?」
まさかの事実に、レイルは距離を取る。非常にマズイ気がするのだ。
「まあ、今回のことを知ってそれはもう、えらい剣幕で……逃げて参りましたっ。この年でびっくりな爆走でしたぞ! いやあ、見せたかったですなあ」
「そ、それ……父上には……」
「言っておりません。おや、お出掛けが危ないとお伝えするのを忘れておりましたわ」
「っ、父上!!」
シルフィスカが来てから、こんなにも自分は動揺することが出来たのかと驚くばかりだ。感情が制御できない。
慌てて外に飛び出す。すると、そこに丁度父、ベルタが帰ってきた。
「父上! お怪我はございませんか!」
「む? いや……どうした?」
なので、家令に聞いた話を伝えた。ベルタは頭を抱え、家令へ目を向ける。いつも通りの飄々とした笑みを見せていた。
「ユジア……なぜ言わない? 私が出かける時に居たよな?」
「居りましたよ? しっかり、ばっちり奥様とお見送りしました」
「だから、その時になぜ言わない!」
「ほっほっほっ。潰れてもいいかと思いまして」
「おい!」
こんなやり取りは、実は昔からよくある。なので、真面目なキリルがとても新鮮だった。これぞ家令だと。
「冗談です。いやあ……わたくしも歳ですかなあ……最近、物忘れが多くて……キリルが居なくなって寂しいのです……寂しいと死んでしまうという伝説をご存知ですかな?」
「お前は絶対に寂しさでは死なんわ!」
「ほっほっほっ。コレは手厳しいっ」
「……」
「……」
仕事は出来る。寧ろ優秀過ぎて怖いくらいだ。執事服に包まれている体は、恐らく年齢など無視した鍛え抜かれたものになっているだろう。この家令には剣でも勝てなかった。さすがに騎士になってからは、一般人相手ではいけないと相手をしなくなったが、今でももしかしたら勝てないかもしれない。
「どうです? 少しは和みましたかな?」
「そんなわけあるかっ」
「おや? レイル様はどうです?」
「無理でしょう……」
「それは困りましたなあ。そろそろ危ないのですが……」
「「は?」」
その時だった。突然背後に気配を感じたのだ。そこに居たのは、大男だった。
「……これが……師匠の……夫……」
「「っ!?」」
「おやおや。三日振りですなあ」
そんな呑気な家令の言葉を耳に、レイルは壁に叩きつけられていた。
「ぐっ」
「っ、レイル! 何者だ!」
「俺はケルスト……師匠の……シルフィスカ様の一番弟子」
「っ!?」
向けられた威圧に、ベルタもゆっくりと距離を取ろうと下がる。
息も出来ないほどのそれを感じているのは、ベルタとレイルだけだ。家令のユジアは平然としている。
すると、ここへジルナリスが駆けてきた。
「ちょっとっ。まさかっ。ケルストじゃないっ。仕事で南の大陸に行ってるんじゃなかったの?」
「終えてきた……師匠……シルフィスカ様に……会えるようになった……から」
「へ~え。アレなの? 情報解禁? っていうのがあるのよね。それ、あなた達分かるの?」
「……分かる……連絡網が……ある」
「なるほど。便利ね~」
ジルナリスが呑気に話す間にも、レイルとベルタへ向けられる威圧が解かれることはない。
「あら? ねえ、もしかして威圧してる?」
「……してる」
「そろそろ解いてやってちょうだい。ほら、シルフィが来たわ。バレるわよ?」
「……分かった……」
「「っ……」」
ようやくレイルとベルタは息が出来た。
そして、シルフィスカがやって来たのだ。
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