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046 私は妹か

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シルフィスカが目を覚ましたのは、ジルナリス達が城へ向かってからしばらくした頃だった。

「っ、ご主人様! お目覚めになられたんですねっ」
「……サクラか……」

起動した時も、ヘスライルの防衛を頼んだ時も表情を動かしはしなかったサクラは、心からよかったというほっとした表情を見せていた。それに驚きながらも、シルフィスカは体を起こし、怪我をしていた足の具合を確かめる。

「……何日か眠っていたようだな……」

今までは、あちらで何日か経っていても、こちらでは一晩だった。ただ、今回は修得する術の関係でどうなるか分からないと聞いていたのだ。

「はい。お眠りになった日から合わせて四日目でございます」
「そんなに? 動きにくいのはそのせいか……」

筋が固まっているような感覚は、気のせいではないようだと自覚する。

そこに、ユキトとキリルが駆け込んできた。

「シルフィ様! はあ……お加減はいかがですか?」

ユキトがベッドの横で膝を突き、見上げてくる。その瞳が潤んでいるように見えた。人形だということを忘れてしまいそうだ。同じように目を潤ませて扉の前から見つめてくるキリルを見れば、やはり良く出来ていると思う。

「もう少しすれば問題なく動けるようになる」
「では、お食事をご用意いたします。そのあと浴室も使えるよう整えておきますね」
「ああ。ありがとう。頼む」
「承知いたしました」

ユキトがキリルへ目を向ける。キリルは頷いて部屋を出て行った。

「お目覚めになったばかりで申し訳ありませんが、一つお耳に入れたいことが」
「なんだ?」

足の具合を確かめようとベッドから降りて立ってみる。一瞬ふらついたのは、血の巡りがまだ悪いためだろう。咄嗟に手を差し伸べてきたユキト。その手を取り、少し歩いて一人掛けの椅子に座る。

ユキトは名残惜しそうに手を離すと、その手を胸に当てて報告した。

「本日、これより一時間後、ベリスベリー伯爵家へ国王が引導を渡されます」
「っ……急……でもないのか……何より『呪術王』の名が出たなら、認識ができるようになったのだろうし……」

ケルスト達が来たということは、うやむやになっていたベリスベリーの所行も表に出てきたということ。『呪術王』があの場を諦めたのだろう。

『呪術王』はその特質から、存在が希薄になっている。そこへきて、あの場所の特異性が合わさり、『呪術王』が関わる者、関わったことに対しての情報の認識がし辛くなってしまうのだ。

不自然なほど、ベリスベリーの悪行が出てこなかった理由がこれだった。

突然、これらが明るみに出るようになったのは『呪術王』が離れることを決意したからに他ならない。

「いかがされますか?」
「そうだな……」

悩んでいれば、サクラがぬるめのお湯をコップに持ってきてくれた。

「どうぞ、ご主人様。お飲みください」
「ん、ああ……ありがとう」

それをコクリコクリとゆっくり飲み干す。急激に空腹感を感じた。丸三日も飲まず食わずならば当然だろう。

「……じじいにも頼まれたし……軽く食事を取って動けるようになったらアレの所に行くとしよう」
「承知いたしました」

そうして、慌てることなくシルフィスカは出かける支度を始めた。もちろん、浴場で体を温めることも忘れない。凝り固まった筋がほぐれていくのが分かった。

「さて、出かける。留守を頼むぞ」
「はい」

ユキト達にエントランスまで見送ってもらい、転移する。シルフィスカは特級冒険者として城に入るつもりだ。服装も冒険者のそれだった。

転移したのは城門の近く。

本当は『呪術王』であるアークィードが一人になった所でとも思っていたのだが、そうもいかなくなった。戻ってきて認識したのは、リンティスとアークィードの繋がり。

アークィードは恐らく、呪術を掛けた時の後遺症をリンティスへ流していた。呪術師は同じ復讐相手を持つ者に雇われる。手を下す暗殺者と同じ扱いだ。

しかし、暗殺者と違うのはその能力が一人の復讐相手以外には使えないということ。共闘するのも、本当の復讐相手を一人に絞るためだ。

呪術は神が認めていない手段。だからこそ、制限がかかる。術者一人に対して力を行使できるのは一人だけ。それも必ず術者は対価として数年とせずに死ぬことになる。行使すれば最後の諸刃の剣。

何度も行使できる『呪術王』でさえ、その代償を払わないということは不可能だ。もちろん、神としての存在が、本来ならば必須の死という代償を打ち消している。だが、それ以外は退けられない。

その退けられない部分を命じたリンティスへと送っていたのだ。これによる繋がりが、アークィードとリンティスを離れないものにしている。

シルフィスカは、舞踏会の時に見たリンティスを思い出して吐き気を覚えた。爛れた魂が見えたのだ。黒く変色した醜い色だった。

「っ……あんな腐った臭いをさせた者と繋がりを持つなど……辛かったろうに……」

アークィードがあの地に居ようとした理由を神から聞いた。神となった彼は求めずにはいられないのだ。神界との繋がりを。敬愛する師との繋がりを。

呪術という許されない力を行使してしまう自身の弱さを嘆きながらも、いつかはと願っているのだ。呪術を願わない時代が、呪術を捨てられる時がくると信じている。

「……不憫なやつだ……まったく、じじいも素直になって直接力を貸せばいいものを」

シルフィスカはこの数日。神の呪術王への想いも呪術王となった者の想いも痛いほど理解させられた。

完全に巻き込まれたというのがシルフィスカの現状だ。

「あれではどこからどう見ても家出息子を心配する不器用な親父にしか見えんわ」

これが神への感想だ。それもお互いが素直になれない面倒なやつ。さながら、シルフィスカはその間を取り持つ母親か姉妹かというところ。

「兄弟子なら、私は妹か。手のかかる親父と兄を持ったものだ……」

小さくため息を吐く頃、門にたどり着く。門兵にギルドカードを見せた。

「特級のシルフィだ。今行われている謁見にお邪魔する。通してくれ」
「え? あ、ちょっ、少しだけお待ち下さい。上に確認して参ります!」

特級という看板は偉大で、すぐに城に通された。もちろん、案内は付いている。

「申し訳ありません……既に謁見は始まっておりまして……場合によってはお入れできないことも……」

案内してくれるのは幼さの残る従僕の少年。まだ十代だろう。体が弱そうなのが気になるが、そんな彼は大変恐縮していた。

シルフィスカには、弟子達より下の者は可愛らしく映るので、とても微笑ましく見える。歩き方はとても洗練されており、品が良い。

「遅参したのはこちらだ。状況によっては待機させていただく。ただ、用があるのは今回呼ばれている方なのでな」
「あ、王にではないのですか……」
「ああ」

城は広い。こちらが退屈しないように一生懸命話をしようとしてくれているのがわかった。

「まさか……ベリスベリーの……はっ、このような邪推……失礼いたしましたっ」
「いや。間違いではない。用があるのはあそこの従僕だからな」
「は……あ、とても見目の良い方が謁見の間に入っていったと聞きました……こ、恋人ですか?」

気まずそうに、けれど目はこちらを窺うように見ていた。それがなんだか可愛い。

そこでふと既視感を覚えた。

「ん? いや、兄弟子だ。ベリスベリーにいいように使われていたようでな。一発殴って目を覚まさせてやろうと思っているんだ」
「そうでしたか。あ、この先です……っ」
「これ以上は近付かない方がいい」
「あっ……すみません……」

謁見の扉の方から、明らかな殺気が滲み出てきていた。扉の前にいる騎士達も膝が笑っている。

シルフィスカはふらついた少年の体を支えて座らせてやる。震えており、とても軽い体だった。

「大丈夫だ。これはお前達に向けられたものではないよ」
「っ……」

怯えてすがりついてくる少年の背を撫で、青くなった顔に苦笑する。シルフィスカはついでだと、全ての少年の不調を治すように治癒魔法を発動する。体の震えも止まったようだ。

「え……」
「ここまで案内してくれた礼だ」
「っ……」

泣きそうな顔で感動する少年。彼は第三王子だ。王女とは母が違うらしいが、どこか似ていると思ったのが気付くきっかけだった。

「お前達、王子を部屋に送って行ってやってくれ」

騎士に伝えると、今気付いたというように驚いて歩み寄ってくる。駆けてこないのは足がまだ笑っているからだろう。

「お、王子……っ、なぜここにっ」
「あ……気になって……っ、僕が王子だって、気付いていたんですか?」
「勘ですよ。さあ、少し離れて。通してもらいます」

騎士に王子を任せ、シルフィスカは扉の前に立つ。

「い、今は危険です。中には近衛も居りますが……っ」
「戦闘にはなりませんよ。アレが少し苛ついているだけでしょう」
「あっ」

シルフィスカは躊躇いなく扉を開けた。大きな扉は、本来片側の扉だけでも二人から三人で開けるもの。それを小さな部屋の扉と同じ感覚で開いてしまったシルフィスカに、騎士達は腰を抜かしていた。

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読んでくださりありがとうございます◎
次回、5日予定です。
よろしくお願いします◎
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