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5th ステージ
038 重荷に感じるか?
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昼食も終え、ファシードもメイド達と打ち解けたのを確認すると、リンディエールはグランギリアを連れてヒストリアの所へ向かった。
「ヒーちゃん! グランが侍従長になったんで!」
《……また要約したな……はあ、グランか。苦労をかけるな》
「いいえ。光栄なことです。このような主を持つことが出来るなど……こちらの大陸に来た時には考えられませんでしたから」
寂しそうに昔を思い出しながらも、今が幸せだと分かる笑みを見せた。
そんなグランギリアを見て、ヒストリアはリンディエールへ二枚の紙を放った。
《リン。それ、家の設計図なんだが…….その……早くできてしまってな……》
ヒストリアと将来旅をする時のための、小さな野営用の家だ。あの最新キッチン付きの家の設計図だった。
「おぉぉぉっ。構へんよっ。確かにこれくらいの大きさなら亜空間に入る! 二階建てかっ。ええでこれ! そんでこっちが……移動用のコンテナハウスやな! キャンピングカーのイメージで……いける! やったんでー!」
そうして、リンディエールはヒストリアから少し離れた所で作業に入った。
「……リン様?」
《心配いらん。リンは引きこもりの研究者と同じでな……時々ああして一人で暴走する。もし、話が聞こえんほど集中している時に呼び戻したければ、コレを使え》
ヒストリアはグランギリアに濃い緑色の丸い平らな石を投げ渡す。
「これは?」
《『呼び戻しベルたん』だ。中心に触れて魔力を込めると、リンの耳に付いている魔導具から音が鳴るようになっている。リンにしか聞こえないものでな。後で使ってみろ》
「分かりました」
名前についてなんの疑問も持たないのがグランギリアだ。命名はリンディエールだと察したらしい。
左耳に目立たない肌と同系色の、耳にかける形の飾りが付いている。集中し過ぎるリンディエールは、使用人達に心配させないように、帰る時間にはヒストリアに合図をお願いしていたのだ。
《同期しているのがあと二つあるからな。祖父母に実態を見せたことで、リンはこれから屋敷でもやらかすようになるかもしれん。その一つは持っていてくれ》
「はい」
それから、リンディエールの暴走を横目に、ヒストリアとグランギリアは語り合った。
そろそろ晩餐の用意をしなくてはならないという時間まで話は続き、グランギリアがリンディエールを呼び戻そうと目を向けた時、ヒストリアが静かに告げた。
《お前の出自は、リンも知っている》
「っ、リン様が……」
《別に悪いことではないさ。知っていればリンも対応しやすい。こういうことは、隠していてもいいことはない。気にせず全部話すといい》
「……はい。ですが……重荷になるのでは……」
グランギリアは、魔族の国の元王族だった。継承権の問題など色々と嫌気が差し、全ての権利を捨てて飛び出してきたのだ。
《リンが目覚め人だというのは、薄々察していただろう》
「っ、ええ……ご存知の方は……」
誰が知っているかをヒストリアはグランギリアに伝えた。
「この国のトップが知っているのならば何とかなりますね……宰相殿もリン様を特別気に入っておられるようですし。何とかなるでしょう」
《ふっ、ほらな? 知っていた方が良い。それに、重荷に感じるか?》
「あ……なるほど。ふふ。ありがとうございます。迷わずに済みます」
《ああ。いつでも気になることがあったら聞いてくれ。俺もたまに愚痴を言うからな?》
「それは楽しみです」
笑いながら、リンディエールの意識を引き戻すため『呼び戻しベルたん』を起動した。深い緑の石がエメラルドの明るい色を見せる。
「おっ、もう時間か? あっ、ヒーちゃんグランに『ベルたん』渡してくれたんやね」
《これで俺も安心だ》
「せやな。屋敷でうっかりもなくなりそうや」
嬉しそうに笑って、グランに近付く。
「グラン、それ貸してや」
「はい」
『呼び戻しベルたん』を受け取り、空間収納がら出したクリップ付きの銀の枠にはめた。
「これでジャケットに付けれるやろ。落下防止と盗難防止も付与されとるでな。装飾としてもバッチリや」
「ありがとうございますっ。わがままを言っても?」
「なんや?」
グランギリアはリンディエールの前に膝をついた。
「着けていただけますか?」
「ええで」
そんなことかとリンディエールはそれをグランギリアの襟の所につけた。
「ありがとうございます」
「よお似合っとる。ヒーちゃんも人化したら、こうゆうの付けれる服にしてや! これ、重要や!」
《っ、分かった》
「ふふふ。その時は僭越ながら、わたくしがお作り致します。よろしいですか?」
《っ、いいだろう。頼んだ》
「はい」
こうして、いつか解放される日を待つ。沢山の約束をして、未来を疑わない。それがどれほどヒストリアの心を救っているかリンディエールは気付いていない。
そして、グランギリアも疑わない。リンディエールならば必ずとそう思うのだから。
◆ ◆ ◆
晩餐前の屋敷では、多くの者たちが混乱と緊張状態にあった。理由は宰相との晩餐だからというわけではない。
「お、お嬢様が晩餐に!? マナーのお勉強もまだですよね!?」
「うっかりしていました……っ、なぜ、なぜ私はお嬢様にお教えしておかなかったのか……っ」
「ほ、本来ならば奥様と相談するのですよね……どうしましょう!」
メイド達は落ち込むメイド長の周りでテンパっている。
「な、なあ、お嬢様の連れてきた侍従……見たか?」
「見た! なにあのイケメン! 俺らどうすればいいの!? あんなの側に居たら俺ら要らなくない!? お嬢様に要らないって……要らないって言われたら俺……寝込む自信ある!」
「お前、お嬢様好きだもんな~。俺も心から同意する!」
「けど、魔族かあ。なんかお嬢様らしいよな。外で何か言われても、お嬢様なら気にしなさそうだし」
「それある。寧ろ、あの人以外が隣に居る姿がもはや思い浮かばない」
「確かに」
使用人や護衛達の誰もが今日食堂で見たリンディエールとグランギリアの様子を思い浮かべていた。
「あれを見て、旦那様大丈夫かな……」
「……寧ろ、坊ちゃんの暴走が怖いんだが……初めての顔合わせだろ?」
「……ヤバい……お嬢様、普通にはじめましてとか言うんじゃ……」
「「「「「……ヤバいだろっ」」」」」
非常事態発生だと、シュルツの元へ一人走った。連絡を受けたシュルツは、さっと青くなった後、ヘルナの所へ向かう。
「ヘルナ様っ。至急のご相談がございますっ」
「あら、どうしたの? 晩餐、もう直ぐでしょう?」
「そ、そのっ、お、お嬢様に……フィリクス様がどう思っておられるか……お伝えしてありましたでしょうか……」
「……マズイわ……っ、すぐにリンちゃんの所に行きます。あなたは晩餐の準備に戻ってちょうだい」
「わ、分かりましたっ」
ヘルナはファルビーラと合流してどうすべきか話し合いながら、廊下を疾走した。因みに、既に晩餐用のドレスコード姿だ。ヘルナは裾をたくし上げている。
「なんでもっと早く気付かねえんだよっ」
「仕方ないでしょっ。晩餐だって急に決まったのよっ。フィリクスの問題なんて頭にないわよ! あなただって気付かなかったじゃない!」
「それはそうだがっ。ま、待て。なら、リンの方じゃなく、フィリクスをどうにかしようぜっ」
「っ、そ、そうね。フィリクスもあんなウジウジしてたのが悪いのだもの。心の準備さえさせればいいわ。行きましょう!」
「急ぐぞ!」
そうして、目的地を瞬時に変更したヘルナとファルビーラは、長男フィリクスの居る場所へ急行した。そこでは、当主と夫人が緊張しながら晩餐の準備が整うのを待っていた。リンディエールはヘルナ達と晩餐の会場に行くことになっていたのでここには来ない。
「失礼するわよ!」
「っ、は、母上、父上? どうしたのです? な、何かリンに……」
「リンには優秀過ぎる侍従がついてるから大丈夫よ。それより、フィリクス!」
「は、はい!」
フィリクスはここ数日、体調も落ち着いており、食事も最近は問題ない。初めての家族以外の貴族当主との会食ということで、少しは緊張していた。何よりも、ようやくリンディエールと会えるのだ。そわそわして仕方がない。
そこに来て、突然の祖母の指名。驚くに決まっている。
「先に言っておくわ。リンの認識では、あなたは妹に無関心で、寧ろ邪魔になると思っている兄らしいわ」
「……はい?」
「関心があるなら、動けなくても同じ屋敷内、手紙のやり取りくらいできるのにそれもしない。居なくてもいい妹だと思われているとリンは思っているわ!」
「……っ!? り、リンが……私が嫌っていると……っ!?」
今までにないほど真っ青になったフィリクス。同じように当主と夫人も倒れそうになっていた。
「まさか……そんなっ」
「わ、私……私もよね……っ」
衝撃だったらしい。
だが、ヘルナは構わず続けた。
「いい? リンが思っていることは分かったわね! 今日会って、何を言われてもヘコむんじゃないわよ! そんな資格もないんだから! いいわね! しっかり晩餐をやり遂げなさい!」
それだけ言って、ヘルナは部屋を出て行った。
「あ、あのな? それと、もう一つあるんだが……」
残ったファルビーラが少し声を落として、どん底に落ち込んだ三人に追い討ちをかけた。
「リンのやつな……その……お前らの名前覚えてねえから。名前覚えるのが苦手らしくてな。何度か呼ばないとまず覚えないってリンが……お~い……ギリアンだっけか? ここ、頼むわ」
「ここで頼まれましても……承知しました」
もう、白くなりかけている三人をギリアンに任せ、ファルビーラは部屋を後にした。
残された数名の護衛や使用人達は、一斉にギリアンへ目を向けた。
「……お前ら……」
ギリアンは、恨めしそうに視線を返す。
「だって、どうにかできるわけないでしょ」
「どうすんだ? あと三十分切ったぞ」
「あ~あ、ヘルナ様達も、もう少し前に来てくれればな」
「いや、結果的に変わんねえし」
「ねえ。もう一つ言ってないことあるんじゃない? シュルツさん、アレの報告当主にしかしてないんだけど」
「アレ……」
「アレかあ~」
そう。グランギリアのことについて、シュルツは当主にだけ話した。ただ、かなりボカしたようだ。
『リン様がご自分で侍従をお選びになり、わたくしとギリアンで認めました。今回の宰相様と魔法師長様の視察が終わりましたら、正式に挨拶をいたします。それまでは紹介を控えさせていただきますので、ご了承ください』
シュルツとしては、当主のために提案した。きちんと宰相達の視察をまっとうしてもらうために。だが、言葉は足りていない。見なくては分からないというのもある。何より、反対したとしても、リンディエールが自ら選んだのだ。反対などできないのだから何を言っても無駄だろう。ならば目を瞑れという意味だった。
これが理解できるのは、グランギリアを見た時だろう。衝撃の中、きちんと意思は汲み取れるのだろうか。
シュルツもリンディエールを半ば放置していた当主達に怒っているのだ。これはまあ仕方がないと、同じくイラついていたギリアンは納得している。
パンパン
手を叩く。その音で、三人は現実に戻ってきた。
「ギ、ギリアン……」
「そんな目で見ないでください。覚悟を決めてもらわないと。まあ、お嬢のことは自業自得です。なので、最悪の最悪な展開だけ想定してそれを回避しましょう」
「そ、それは……」
いくつものパターンを想定して、全てに心の準備をする余裕はない。ならば、最もあり得そうな最悪のパターンだけを想定し、心の準備をしてもらう。
これにフィリクスが手を挙げて答えた。
「はい! リンが家を出て行くことだ! こんなに愛しているのに、話もまともにしたことのない可愛い妹がここを出て行くなんて……っ、絶対にダメだ!」
「そ、そうだな。きちんと向き合うと決めた。そこで、出て行ってしまっては困るっ」
「そうよ! わ、私だってっ、お腹を痛めて産んだ子よ!」
心は決まったらしい。
「では、そういうことで。気合い入れてください。因みに……」
「ま、まだあるのかい?」
当主はもう食事前なのにお腹いっぱいだ。
「あの宰相様、普通にお嬢を引き取るとか、嫁にとか言いそうなくらい気に入ってるんで、気を付けてください。まあ、お嬢の連れてる侍従がお嬢の意思は守ると思うんで、そこ抑えられれば大丈夫でしょう。俺からは以上です」
「「「……」」」
周りの使用人たちまで動きを止めた。少し遠い目をしたのは仕方がない。
確かにと思ったのだ。昨日からリンディエールの側で嬉しそうにしていた宰相を見ている。アレは知り合いとかいうレベルじゃない。
「っ、なんでもっと早く言わない!?」
「ギリアン! その報告重要だよね!?」
「ど、どうするの!?」
「……ガンバッテクダサイ」
ギリアンはもう知らんと感情を捨てた。
************
読んでくださりありがとうございます◎
二日空きます!
よろしくお願いします◎
「ヒーちゃん! グランが侍従長になったんで!」
《……また要約したな……はあ、グランか。苦労をかけるな》
「いいえ。光栄なことです。このような主を持つことが出来るなど……こちらの大陸に来た時には考えられませんでしたから」
寂しそうに昔を思い出しながらも、今が幸せだと分かる笑みを見せた。
そんなグランギリアを見て、ヒストリアはリンディエールへ二枚の紙を放った。
《リン。それ、家の設計図なんだが…….その……早くできてしまってな……》
ヒストリアと将来旅をする時のための、小さな野営用の家だ。あの最新キッチン付きの家の設計図だった。
「おぉぉぉっ。構へんよっ。確かにこれくらいの大きさなら亜空間に入る! 二階建てかっ。ええでこれ! そんでこっちが……移動用のコンテナハウスやな! キャンピングカーのイメージで……いける! やったんでー!」
そうして、リンディエールはヒストリアから少し離れた所で作業に入った。
「……リン様?」
《心配いらん。リンは引きこもりの研究者と同じでな……時々ああして一人で暴走する。もし、話が聞こえんほど集中している時に呼び戻したければ、コレを使え》
ヒストリアはグランギリアに濃い緑色の丸い平らな石を投げ渡す。
「これは?」
《『呼び戻しベルたん』だ。中心に触れて魔力を込めると、リンの耳に付いている魔導具から音が鳴るようになっている。リンにしか聞こえないものでな。後で使ってみろ》
「分かりました」
名前についてなんの疑問も持たないのがグランギリアだ。命名はリンディエールだと察したらしい。
左耳に目立たない肌と同系色の、耳にかける形の飾りが付いている。集中し過ぎるリンディエールは、使用人達に心配させないように、帰る時間にはヒストリアに合図をお願いしていたのだ。
《同期しているのがあと二つあるからな。祖父母に実態を見せたことで、リンはこれから屋敷でもやらかすようになるかもしれん。その一つは持っていてくれ》
「はい」
それから、リンディエールの暴走を横目に、ヒストリアとグランギリアは語り合った。
そろそろ晩餐の用意をしなくてはならないという時間まで話は続き、グランギリアがリンディエールを呼び戻そうと目を向けた時、ヒストリアが静かに告げた。
《お前の出自は、リンも知っている》
「っ、リン様が……」
《別に悪いことではないさ。知っていればリンも対応しやすい。こういうことは、隠していてもいいことはない。気にせず全部話すといい》
「……はい。ですが……重荷になるのでは……」
グランギリアは、魔族の国の元王族だった。継承権の問題など色々と嫌気が差し、全ての権利を捨てて飛び出してきたのだ。
《リンが目覚め人だというのは、薄々察していただろう》
「っ、ええ……ご存知の方は……」
誰が知っているかをヒストリアはグランギリアに伝えた。
「この国のトップが知っているのならば何とかなりますね……宰相殿もリン様を特別気に入っておられるようですし。何とかなるでしょう」
《ふっ、ほらな? 知っていた方が良い。それに、重荷に感じるか?》
「あ……なるほど。ふふ。ありがとうございます。迷わずに済みます」
《ああ。いつでも気になることがあったら聞いてくれ。俺もたまに愚痴を言うからな?》
「それは楽しみです」
笑いながら、リンディエールの意識を引き戻すため『呼び戻しベルたん』を起動した。深い緑の石がエメラルドの明るい色を見せる。
「おっ、もう時間か? あっ、ヒーちゃんグランに『ベルたん』渡してくれたんやね」
《これで俺も安心だ》
「せやな。屋敷でうっかりもなくなりそうや」
嬉しそうに笑って、グランに近付く。
「グラン、それ貸してや」
「はい」
『呼び戻しベルたん』を受け取り、空間収納がら出したクリップ付きの銀の枠にはめた。
「これでジャケットに付けれるやろ。落下防止と盗難防止も付与されとるでな。装飾としてもバッチリや」
「ありがとうございますっ。わがままを言っても?」
「なんや?」
グランギリアはリンディエールの前に膝をついた。
「着けていただけますか?」
「ええで」
そんなことかとリンディエールはそれをグランギリアの襟の所につけた。
「ありがとうございます」
「よお似合っとる。ヒーちゃんも人化したら、こうゆうの付けれる服にしてや! これ、重要や!」
《っ、分かった》
「ふふふ。その時は僭越ながら、わたくしがお作り致します。よろしいですか?」
《っ、いいだろう。頼んだ》
「はい」
こうして、いつか解放される日を待つ。沢山の約束をして、未来を疑わない。それがどれほどヒストリアの心を救っているかリンディエールは気付いていない。
そして、グランギリアも疑わない。リンディエールならば必ずとそう思うのだから。
◆ ◆ ◆
晩餐前の屋敷では、多くの者たちが混乱と緊張状態にあった。理由は宰相との晩餐だからというわけではない。
「お、お嬢様が晩餐に!? マナーのお勉強もまだですよね!?」
「うっかりしていました……っ、なぜ、なぜ私はお嬢様にお教えしておかなかったのか……っ」
「ほ、本来ならば奥様と相談するのですよね……どうしましょう!」
メイド達は落ち込むメイド長の周りでテンパっている。
「な、なあ、お嬢様の連れてきた侍従……見たか?」
「見た! なにあのイケメン! 俺らどうすればいいの!? あんなの側に居たら俺ら要らなくない!? お嬢様に要らないって……要らないって言われたら俺……寝込む自信ある!」
「お前、お嬢様好きだもんな~。俺も心から同意する!」
「けど、魔族かあ。なんかお嬢様らしいよな。外で何か言われても、お嬢様なら気にしなさそうだし」
「それある。寧ろ、あの人以外が隣に居る姿がもはや思い浮かばない」
「確かに」
使用人や護衛達の誰もが今日食堂で見たリンディエールとグランギリアの様子を思い浮かべていた。
「あれを見て、旦那様大丈夫かな……」
「……寧ろ、坊ちゃんの暴走が怖いんだが……初めての顔合わせだろ?」
「……ヤバい……お嬢様、普通にはじめましてとか言うんじゃ……」
「「「「「……ヤバいだろっ」」」」」
非常事態発生だと、シュルツの元へ一人走った。連絡を受けたシュルツは、さっと青くなった後、ヘルナの所へ向かう。
「ヘルナ様っ。至急のご相談がございますっ」
「あら、どうしたの? 晩餐、もう直ぐでしょう?」
「そ、そのっ、お、お嬢様に……フィリクス様がどう思っておられるか……お伝えしてありましたでしょうか……」
「……マズイわ……っ、すぐにリンちゃんの所に行きます。あなたは晩餐の準備に戻ってちょうだい」
「わ、分かりましたっ」
ヘルナはファルビーラと合流してどうすべきか話し合いながら、廊下を疾走した。因みに、既に晩餐用のドレスコード姿だ。ヘルナは裾をたくし上げている。
「なんでもっと早く気付かねえんだよっ」
「仕方ないでしょっ。晩餐だって急に決まったのよっ。フィリクスの問題なんて頭にないわよ! あなただって気付かなかったじゃない!」
「それはそうだがっ。ま、待て。なら、リンの方じゃなく、フィリクスをどうにかしようぜっ」
「っ、そ、そうね。フィリクスもあんなウジウジしてたのが悪いのだもの。心の準備さえさせればいいわ。行きましょう!」
「急ぐぞ!」
そうして、目的地を瞬時に変更したヘルナとファルビーラは、長男フィリクスの居る場所へ急行した。そこでは、当主と夫人が緊張しながら晩餐の準備が整うのを待っていた。リンディエールはヘルナ達と晩餐の会場に行くことになっていたのでここには来ない。
「失礼するわよ!」
「っ、は、母上、父上? どうしたのです? な、何かリンに……」
「リンには優秀過ぎる侍従がついてるから大丈夫よ。それより、フィリクス!」
「は、はい!」
フィリクスはここ数日、体調も落ち着いており、食事も最近は問題ない。初めての家族以外の貴族当主との会食ということで、少しは緊張していた。何よりも、ようやくリンディエールと会えるのだ。そわそわして仕方がない。
そこに来て、突然の祖母の指名。驚くに決まっている。
「先に言っておくわ。リンの認識では、あなたは妹に無関心で、寧ろ邪魔になると思っている兄らしいわ」
「……はい?」
「関心があるなら、動けなくても同じ屋敷内、手紙のやり取りくらいできるのにそれもしない。居なくてもいい妹だと思われているとリンは思っているわ!」
「……っ!? り、リンが……私が嫌っていると……っ!?」
今までにないほど真っ青になったフィリクス。同じように当主と夫人も倒れそうになっていた。
「まさか……そんなっ」
「わ、私……私もよね……っ」
衝撃だったらしい。
だが、ヘルナは構わず続けた。
「いい? リンが思っていることは分かったわね! 今日会って、何を言われてもヘコむんじゃないわよ! そんな資格もないんだから! いいわね! しっかり晩餐をやり遂げなさい!」
それだけ言って、ヘルナは部屋を出て行った。
「あ、あのな? それと、もう一つあるんだが……」
残ったファルビーラが少し声を落として、どん底に落ち込んだ三人に追い討ちをかけた。
「リンのやつな……その……お前らの名前覚えてねえから。名前覚えるのが苦手らしくてな。何度か呼ばないとまず覚えないってリンが……お~い……ギリアンだっけか? ここ、頼むわ」
「ここで頼まれましても……承知しました」
もう、白くなりかけている三人をギリアンに任せ、ファルビーラは部屋を後にした。
残された数名の護衛や使用人達は、一斉にギリアンへ目を向けた。
「……お前ら……」
ギリアンは、恨めしそうに視線を返す。
「だって、どうにかできるわけないでしょ」
「どうすんだ? あと三十分切ったぞ」
「あ~あ、ヘルナ様達も、もう少し前に来てくれればな」
「いや、結果的に変わんねえし」
「ねえ。もう一つ言ってないことあるんじゃない? シュルツさん、アレの報告当主にしかしてないんだけど」
「アレ……」
「アレかあ~」
そう。グランギリアのことについて、シュルツは当主にだけ話した。ただ、かなりボカしたようだ。
『リン様がご自分で侍従をお選びになり、わたくしとギリアンで認めました。今回の宰相様と魔法師長様の視察が終わりましたら、正式に挨拶をいたします。それまでは紹介を控えさせていただきますので、ご了承ください』
シュルツとしては、当主のために提案した。きちんと宰相達の視察をまっとうしてもらうために。だが、言葉は足りていない。見なくては分からないというのもある。何より、反対したとしても、リンディエールが自ら選んだのだ。反対などできないのだから何を言っても無駄だろう。ならば目を瞑れという意味だった。
これが理解できるのは、グランギリアを見た時だろう。衝撃の中、きちんと意思は汲み取れるのだろうか。
シュルツもリンディエールを半ば放置していた当主達に怒っているのだ。これはまあ仕方がないと、同じくイラついていたギリアンは納得している。
パンパン
手を叩く。その音で、三人は現実に戻ってきた。
「ギ、ギリアン……」
「そんな目で見ないでください。覚悟を決めてもらわないと。まあ、お嬢のことは自業自得です。なので、最悪の最悪な展開だけ想定してそれを回避しましょう」
「そ、それは……」
いくつものパターンを想定して、全てに心の準備をする余裕はない。ならば、最もあり得そうな最悪のパターンだけを想定し、心の準備をしてもらう。
これにフィリクスが手を挙げて答えた。
「はい! リンが家を出て行くことだ! こんなに愛しているのに、話もまともにしたことのない可愛い妹がここを出て行くなんて……っ、絶対にダメだ!」
「そ、そうだな。きちんと向き合うと決めた。そこで、出て行ってしまっては困るっ」
「そうよ! わ、私だってっ、お腹を痛めて産んだ子よ!」
心は決まったらしい。
「では、そういうことで。気合い入れてください。因みに……」
「ま、まだあるのかい?」
当主はもう食事前なのにお腹いっぱいだ。
「あの宰相様、普通にお嬢を引き取るとか、嫁にとか言いそうなくらい気に入ってるんで、気を付けてください。まあ、お嬢の連れてる侍従がお嬢の意思は守ると思うんで、そこ抑えられれば大丈夫でしょう。俺からは以上です」
「「「……」」」
周りの使用人たちまで動きを止めた。少し遠い目をしたのは仕方がない。
確かにと思ったのだ。昨日からリンディエールの側で嬉しそうにしていた宰相を見ている。アレは知り合いとかいうレベルじゃない。
「っ、なんでもっと早く言わない!?」
「ギリアン! その報告重要だよね!?」
「ど、どうするの!?」
「……ガンバッテクダサイ」
ギリアンはもう知らんと感情を捨てた。
************
読んでくださりありがとうございます◎
二日空きます!
よろしくお願いします◎
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一方、婚約を軽んじた元婚約者は、家にも王都にも見限られ、じわじわと立場を失っていく。
これは、誰かに苦しみを背負わせようとした男が自滅し、自分の足で立つ女が静かに幸福をつかむ、国境領ざまあ婚約破棄譚。
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