エセ関西人(笑)ってなんやねん!? 〜転生した辺境伯令嬢は親友のドラゴンと面白おかしく暮らします〜

紫南

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6th ステージ

049 それまで……っ

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ジェルラスは今年で八歳。

ほんの一年ほど前まで、自分は伯爵家長男の『ジェルラス・クゼリア』だと思っていた。

お前はいずれ家を継ぐのだと口うるさい祖母。何をしても無関心な祖父。目を合わせればお荷物だと舌打ちする、自分にちっとも似ていない父母。暇さえあれば罵倒したり、嫌がらせをしてくる五つ離れた姉。

それがジェルラスの家族だと思って諦めていた。反抗すれば叩かれるし、部屋に閉じ込められる。食事は一日一回。マナーの勉強として、祖母と昼に食べる以外は用意されなかった。

貴族の家では、食事は一日三回。庶民の多くは二回だと聞いて驚いたのは二年前だ。ただ、祖母に怒られながら食べる食事はあまり味もない。ほとんど部屋に居て本を読むしかないので、空腹を感じることはなくなっている。だから、文句は言わなかった。

何より、この時既にジェルラスは文句を言ったり、話したりするのが億劫になっていた。幼い頃、口答えするなと何度も叱られた経験が、言葉を発するという意欲を萎縮させていたのだ。

そんな中、ジェルラスは自分が預けられた子だと言うことを唯一気にかけてくれる使用人の一人に教えられ、衝撃を受けたのだ。

それは、七歳になった夜の事だった。

「……あずけられた……?」
「ええ……黙っていてすみません……」

申し訳なさそうに頭を下げてくれるのは、姉の侍従候補だと言われている青年だ。今年で二十五歳だと聞いた。はっきり言って、あの姉にはもったいない。

「ううん……教えてくれてありがとう……」

ジェルラスは当主になれるように教育を施されていたのだ。頭は悪くなかった。自分の身をここの家族から守るには、常に考えなくてはならなかったというのが大きいかもしれない。

「『デリエスタ辺境伯』の次男か……本当の母上と父上って……この家に来たこと……ないよね?」
「はい……」
「そっか……」
「すみません。これ以上は……」
「うん。あとは……姉上に聞いてみるよ」

使用人が口にすることではないのだろうと納得した。

感じたのは焦り。知らなくてはと思った。祖母に聞いてもきっと『それは知らなくていい』と叱るだけだろう。父母や祖父も無視するだけのように思う。

だから、姉に聞くしかなかった。体重とは正反対に口と頭の軽い姉ならば、こちらが聞かないことも答えてくれそうだ。ただし、知らない場合もあるとは、チラリと考えた。しかし、それは杞憂だったようだ。

「あははっ。バッカじゃないの? 今更知るとか笑えるぅ。そうよ~。あんたはいざと言う時の予備として、ここに預けられたの。あんたの母親は私のお母様の妹よ」
「……」

ジェルラスの実の母親である四姉妹の末っ子は、おっとりとして頼りない性格だと聞いたことがあった。嫁いで子どもを産むぐらいしか役に立たない人だと。

姉はむくんだ顔のせいで細く見える目を、更に愉快げに細める。

「あんたは、私の旦那様の補佐をするのよ。ありがたく思いなさいっ。あの口うるさいお祖母様が何度言おうと、あんたがこの家を継ぐことなんて許さないんだからっ」
「……」

クゼリア伯爵家は女系家族らしく、だいたい婿養子を取る。奇跡的に今回、長男を授かったらしいが、まだ幼い頃、ジェルラスが引き取られる前に亡くなったという。

黙っていてれば、満足したのだろう。傷付けることが大好きな姉は、更に続けた。

「どうせ、あんたは捨てられた子よ。だって、あんたの兄は元気になったわ。その下に妹が居るから、あの家に予備は必要ないの。だから、あんたの両親はあんたなんか忘れて、会いにも来ないのよ」
「……っ」

ジェルラスの少しだけ歪んだ顔を見て、鼻を鳴らして笑い、姉は短い足をドンドンと響かせながら戻って行った。

「……あいつに一生……っ」

見たこともない実の家族に捨てられたのだということよりも、あの姉に一生貶されて過ごすのだと思うと、絶望した。

こんなことならば、ほんの一筋の、ここから出られる可能性である実の家族の存在を知らなければ良かった。

こんな時、側に来てくれるのはあの青年だけだ。

「ジェルラス様……どうぞ、夜食をお持ちしました」
「うん……」

周りの目を盗んで、時折この青年は夜食を持ってきてくれる。

それを口にしながら、ポツリポツリと話し出す。

「……ボクの本当の家族は……むかえに来てくれたりしないのかな……」
「……多くの貴族家は、長男が生き延びるかどうかに全てを賭けています。次男以降は、スペアとして……親族に預けられる事が多いのです……」
「その次男いこうはどうなるの?」

ジェルラスは知らなかった。次男は当主の補佐をするということを。それを知りながら、この青年は話す。

「長男が生き延びれば、そのままです。預けられた家で有効利用できるように、預けられる時に契約が為されるのです」
「っ、そんな……っ」

契約を交わすというのは、確かにあることだが、実際そうする貴族は少ない。ジェルラスの件で契約は結ばれてはいないのだが、青年はそう口にした。

助けはこない。このまま、一生この家で過ごす。それは、ジェルラスにとって我慢ならないことだった。

ポロポロと涙を流す。ジェルラスの背を、青年はそっと撫でた。その口元は、笑みを形取っていることを、俯いたジェルラスは知らない。そして、青年はジェルラスの耳に口を寄せる。

「私も次男でした。あなたのように親族の家に売られたのです。けれど、私は助かりました。ある組織が、私の不遇を知って、その家から連れ出してくれたのです」
「っ……じゃあ……どうしてここに?」

淡い光しかない部屋の中。涙で視界を歪ませたまま、ジェルラスは顔を上げた。その視線の先には、優しい微笑みを浮かべた青年の顔。

「あなたを助けるためです」
「っ、ボクを?」
「ええ。でも、まだ連れ出せません。せめてあと三年。十歳になれば、お披露目会に出ることになります。そこで、他にも不遇を強いられている者たちと合流してもらいます。だからそれまで……」
「っ……」

ジェルラスの目に光が戻った。

「うん……それまで……っ」
「……」

そんなジェルラスを見て、青年は密かに口元に笑みを刻んでいた。

そして、何度もジェルラスは青年とこの家から解放された後のことを語った。一年もすれば、ジェルラスは完全に青年に依存していた。

八歳になった日。青年はそれを口にした。

「ジェルラス様は強くなりましたね。これなら……この家を乗っ取ることも可能ですよ」
「え? 乗っとる……」
「そうです。外から来る男にこの家を仕切られるより、正統な血筋を持つジェルラス様が当主となった方が良いに決まっています」
「……だからお祖母様はあんなに……」
「ええ。大奥様はそれを望んでおられます」

姉の婿を蹴落とし、ジェルラスが当主となる。それを祖母はずっと望んでいた。

「貴族の悪しき慣習を許す訳にはいきませんが、私はジェルラス様が幸せになるならと願います」
「……そうしたら、テシルはボクの側にいてくれる?」
「ええ。私はあなたの侍従となりましょう」
「っ、なら、そうしたい!」

ジェルラスは新たな目標を得て、その日以来当主になるためにと猛勉強しだした。

テシルという名の青年は、そんなジェルラスを見て影でほくそ笑む。

「これで、また一つ……」

貴族家の力は絶大だ。彼の所属する組織をより強固なものとするために、ジェルラスは良い駒だった。

この数日は、長女のお披露目会の準備で屋敷内が慌ただしい。テシルはジェルラスの侍従になりたいと密かにジェルラスの祖母に伝えており、もう彼女の侍従候補から外れている。

よって、ここ数日は組織の者と連絡を取り、ジェルラスの取り込みが上手く行きそうだと伝えることが出来た。

テシルは油断していた。もうこのクゼリア伯爵家は手に入れたも同然だと気を抜いていた。

その日。お披露目会の前日にその一団はやって来た。

「っ、デリエスタ辺境伯様ご一家がいらっしゃいました。ジェルラス坊っちゃまにお会いしたいと……」
「っ!!」

テシルだけでなく、多くの使用人たちにも寝耳に水。来訪するという手紙を受け取ったジェルラスの祖母は、きっぱりと断っていたらしい。だが、それに納得せず、こうして直接乗り込んできたのだ。

「っ、何をしに……」

実家から捨てられたテシルには思い付きもしなかった。一度捨てたのなら、貴族が再び手を差し伸べることはない。そう思い込んでいた。だからまさかジェルラスを引き取りに来たなんて思いもよらない。

ジェルラスの部屋に動揺しながらも控えていたテシルは、執事が慌てて駆け込んで来たことにまず驚く。

「ジェ、ジェルラス坊っちゃま。応接間においでください」
「え? でも、来客中でしょう?」
「っ、そのお客様がお呼びです……」

執事の珍しく動揺した様子に、ジェルラスも驚きながら応えた。

部屋の近くに行くと、姉が喚いているのが聞こえた。

『あの子は私の旦那様の補佐になるのよ! 今更引き取るとか冗談じゃないわ! 一生こき使ってやるんだから、あんた達なんてお呼びじゃないのよ!』
「っ……」

これを聞いて、ジェルラスの足がすくむ。どれだけ努力すれば、あの姉を出し抜いて当主になれるのか。考えて、考えて、考え抜く毎日。揺らぎそうになる心を、幼いながらに歯を食いしばって耐えてきたのだ。

最近気付いたのは、祖母がもう長くないということ。ジェルラスを当主にしたい祖母が亡くなれば、後押ししてくれる人がいなくなる。

もう動けない。いつもならば背を押してくれるテシルも、今日は手が出なかった。彼にも辺境伯が来ることは予想外すぎるのだ。

その時だ。姉よりも幼い少女の声が響いた。

『ふざけんなや。まったく、とんだわがままお嬢様や。証拠も全部上がっとるんやで? えらい虐めてくれとったらしいなあ。まあ、放っといて顔も確認せんかったウチの両親も悪い。後で説教やからな? 覚悟しときい』
「……?」

ジェルラスの足はゆっくりと動き出した。なぜか分からない。けれど、その声に惹き寄せられた。

『ほんで、あんたや。日常的な暴力、悪口。それに、使用人にあの子へ朝食と夕食を出すなゆうて、圧力かけとったらしいなあ。そんで、そないにブクブクと太っとるんやから、笑えるで』
『っ、なっ!! なんて失礼な!!』
『なんや。そのフォルムが自慢やないの? こりゃあ、失礼したわ。褒め言葉やってんで? 故意に太ったんやないの?』
『なっ、なっ……っ』
「ぷっ」

ジェルラスは笑ってしまった。そして、笑ったことに驚いた。自分は笑えたのだと嬉しくなった。因みに、執事も笑いを堪えていた。廊下に控えている使用人達もだ。ただ、テシルだけが混乱したまま。それらにジェルラスは気づかない。

『ほんならストレスか? 悪いもの溜めとるん? 考えるより先に口が動いてそうやけど……意地悪言うんに、頭ようけ使っとるんかいな。勉強に使った方が有意義やで?』
『ば、バカにしないでよ!』
『ほれ、そないに喚くと喉痛めるで。そのフォルムやったら、鍛えようによっては、ええ声出せるようになれんで。その腹の脂肪、わが子や思おて大事にせえや』
『……』

姉が黙った。黙らせた。姉は今、どんな顔をしているだろう。その好奇心が抑えられなくて、ジェルラスは扉を開けた。

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読んでくださりありがとうございます◎
また五日空けます!
よろしくお願いします◎
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