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連載
閑話2-1 ビアンの休日①
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2018. 10. 26
**********
その日、ビアンは久し振りにウルスヴァンと会う約束をしていた。
ビアン自身、今は護衛対象であるエルヴァストが城にいないので、日々はもっぱら雑用に追われている。別に仕事は嫌いではないし、仕事以外で出かける予定も立てられないので休みなんてほとんど取っていなかった。
さすがに少しは休めと上司であり父であるリュークに言われ、実に数ヶ月振りの休みとなった。
そんな訳で、突然休みと言われて思い立ったのがウルスヴァンに会いに行くことだった。
ちょうど、今日は学園も休みで、新学期が始まってひと月と少し。教師達も落ち着いてきた頃だ。良いお茶が手に入ったこともあり、学園でのエルヴァストの様子を聞くにも良い頃合いだろう。
何よりもビアンは、ウルスヴァンのことが心配だった。主に心の心配だ。理由は、先日エルヴァストからの手紙で知った今年から入学したというとある少女のこと。
「まさか、お嬢さんが……いや、確かに聞いてはいたけど……」
新学期が始まる少し前から、エルヴァストの手紙で楽しみにしているのは分かっていた。気付いていて黙っていた。
新たな門出だと晴れ晴れとした表情で語っていたウルスアヴァンには、言えなかったのだ。
『第二の人生、楽しんできます』
『子ども達は可愛いですよね』
『先生と呼ばれるなんて、なんだか照れます』
若干若返ったような笑顔は、今までの重責からも解放された輝かしいものだった。
「そ、それなのに……っ」
ビアンがこの日、学園に向かいながら遠い目をして思っていた。
老け込んでいたらどうしよう……と。
◆ ◇ ◆
学園の門をくぐり、ビアンはウルスヴァンが暮らしている寮へ向かった。ここではエルヴァストと友人であるベリアローズが監督生として暮らしているらしい。
ただ、ビアンは忘れていた。この寮には件の少女も部屋を持っているということに。どうあってもウルスヴァンは彼女とは離れられない運命だ。
寮に入る時、来訪を告げるために警備の窓口を覗き込む。
「失礼します。本日、カナート先生と面会の約束をしているのですが……」
これに返事をしてくれたのは警備員ではなく、今まさに寮へと入ってきた細身で綺麗な男性だった。
「もしかして、ビアンさんでしょうか?」
「え、あ、はい」
「こちらへどうぞ。ウル先生なら、今私の部屋にいますので」
「はぁ……では、お邪魔いたします」
案内されたのは、入ってすぐ。警備室の反対側にある部屋だった。部屋には『寮監室』というフダがかかっていた。
「あ、ご挨拶が遅れました。私はカグヤと申します。ウル先生と同じ魔術学の教師をしております。どうぞ、お入りください」
「っ、はい。失礼いたします」
ドアを開ける細く長い指に目が釘付けになった。剣を握るような武骨な手ではなく、女性のような美しさをもった手だ。
仕草も洗練されており、男らしさとはかけ離れている。茶金色の髪は長く艶やかで、それを一つに結った姿は優しげな容貌に良く似合っている。
「ビアンさんは、ウル先生のご友人だとか。お若い方なので驚きました」
「あ、いや、友人だなんて畏れ多いです」
正に、問題となる少女との一件で友情というか、同志のような関係を築いたのだが、本来ならば国が誇る魔術師長であったウルスヴァンと気安く話をするなど考えられないことだった。
これは口にしてはいないが、一時は恨んだこともある。
魔術師長として、エルヴァストへ特殊な魔導具を渡したのが彼だ。それによって、エルヴァストは傷付いていたのだから。関わりを持つまでは、どんな時でも笑うこともないウルスヴァンに、冷酷なイメージしか持てなかった。
けれど、話してみれば穏やかな優しい人だった。国の為に必要なことであったとしても、まだ幼い子どもに『もしもの時は兄の身代わりになれ』というのだから、どんな冷血漢かと思っていたのに、ウルスヴァン自身はそのことをずっと気にかけ、心を痛めていたのだ。
それを確信できたのは、彼がこの学園へ来る前。城にあった部屋を引き払うウルスヴァンを手伝った時だ。
多くの研究書や資料の中にエルヴァストが持つことになった『身代わりの指輪』の文字を見つけた。
それは、ウルスヴァンの手書きのもので、何度も書き直し、考察を書き記してあるのだと気付いた。
『師長殿、これは……っ』
思わず尋ねてから、慌てて口を噤む。けれど、ウルスヴァンはそれに苦笑しながら答えてくれた。
『お恥ずかしい話です……古代の魔導具を解析しようなどと、おこがましくも分不相応な事を……』
よくよく話を聞くと、ウルスヴァンはエルヴァストに渡した指輪の効果を打ち消そうとしていたらしい。
寧ろ、壊せたら良いのではないかとさえ思っていたという。しかし、実際にはとある少女によって打開策が立てられた。無駄とは思わないが、もう研究する必要もなくなったと、それをしまい込んでいたらしい。
こんな人を悪く思っていたのだと知り、ビアンは恥じ入る思いだった。
「師長殿には、お世話になりっぱなしですので」
「そんな事はありませんよ? むしろ、私の方がお世話になっていたと思うのですけれど」
部屋の中から現れたウルスヴァンは、心配するような顔をしてはいなかった。
「久しぶりですね、ビアン」
「はい。お元気そうで安心しました」
会えた事が嬉しいと、ウルスヴァンは実年齢より遥かに若く見える優しい笑みを見せていた。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
次回、昼12時投稿予定
②へつづく
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その日、ビアンは久し振りにウルスヴァンと会う約束をしていた。
ビアン自身、今は護衛対象であるエルヴァストが城にいないので、日々はもっぱら雑用に追われている。別に仕事は嫌いではないし、仕事以外で出かける予定も立てられないので休みなんてほとんど取っていなかった。
さすがに少しは休めと上司であり父であるリュークに言われ、実に数ヶ月振りの休みとなった。
そんな訳で、突然休みと言われて思い立ったのがウルスヴァンに会いに行くことだった。
ちょうど、今日は学園も休みで、新学期が始まってひと月と少し。教師達も落ち着いてきた頃だ。良いお茶が手に入ったこともあり、学園でのエルヴァストの様子を聞くにも良い頃合いだろう。
何よりもビアンは、ウルスヴァンのことが心配だった。主に心の心配だ。理由は、先日エルヴァストからの手紙で知った今年から入学したというとある少女のこと。
「まさか、お嬢さんが……いや、確かに聞いてはいたけど……」
新学期が始まる少し前から、エルヴァストの手紙で楽しみにしているのは分かっていた。気付いていて黙っていた。
新たな門出だと晴れ晴れとした表情で語っていたウルスアヴァンには、言えなかったのだ。
『第二の人生、楽しんできます』
『子ども達は可愛いですよね』
『先生と呼ばれるなんて、なんだか照れます』
若干若返ったような笑顔は、今までの重責からも解放された輝かしいものだった。
「そ、それなのに……っ」
ビアンがこの日、学園に向かいながら遠い目をして思っていた。
老け込んでいたらどうしよう……と。
◆ ◇ ◆
学園の門をくぐり、ビアンはウルスヴァンが暮らしている寮へ向かった。ここではエルヴァストと友人であるベリアローズが監督生として暮らしているらしい。
ただ、ビアンは忘れていた。この寮には件の少女も部屋を持っているということに。どうあってもウルスヴァンは彼女とは離れられない運命だ。
寮に入る時、来訪を告げるために警備の窓口を覗き込む。
「失礼します。本日、カナート先生と面会の約束をしているのですが……」
これに返事をしてくれたのは警備員ではなく、今まさに寮へと入ってきた細身で綺麗な男性だった。
「もしかして、ビアンさんでしょうか?」
「え、あ、はい」
「こちらへどうぞ。ウル先生なら、今私の部屋にいますので」
「はぁ……では、お邪魔いたします」
案内されたのは、入ってすぐ。警備室の反対側にある部屋だった。部屋には『寮監室』というフダがかかっていた。
「あ、ご挨拶が遅れました。私はカグヤと申します。ウル先生と同じ魔術学の教師をしております。どうぞ、お入りください」
「っ、はい。失礼いたします」
ドアを開ける細く長い指に目が釘付けになった。剣を握るような武骨な手ではなく、女性のような美しさをもった手だ。
仕草も洗練されており、男らしさとはかけ離れている。茶金色の髪は長く艶やかで、それを一つに結った姿は優しげな容貌に良く似合っている。
「ビアンさんは、ウル先生のご友人だとか。お若い方なので驚きました」
「あ、いや、友人だなんて畏れ多いです」
正に、問題となる少女との一件で友情というか、同志のような関係を築いたのだが、本来ならば国が誇る魔術師長であったウルスヴァンと気安く話をするなど考えられないことだった。
これは口にしてはいないが、一時は恨んだこともある。
魔術師長として、エルヴァストへ特殊な魔導具を渡したのが彼だ。それによって、エルヴァストは傷付いていたのだから。関わりを持つまでは、どんな時でも笑うこともないウルスヴァンに、冷酷なイメージしか持てなかった。
けれど、話してみれば穏やかな優しい人だった。国の為に必要なことであったとしても、まだ幼い子どもに『もしもの時は兄の身代わりになれ』というのだから、どんな冷血漢かと思っていたのに、ウルスヴァン自身はそのことをずっと気にかけ、心を痛めていたのだ。
それを確信できたのは、彼がこの学園へ来る前。城にあった部屋を引き払うウルスヴァンを手伝った時だ。
多くの研究書や資料の中にエルヴァストが持つことになった『身代わりの指輪』の文字を見つけた。
それは、ウルスヴァンの手書きのもので、何度も書き直し、考察を書き記してあるのだと気付いた。
『師長殿、これは……っ』
思わず尋ねてから、慌てて口を噤む。けれど、ウルスヴァンはそれに苦笑しながら答えてくれた。
『お恥ずかしい話です……古代の魔導具を解析しようなどと、おこがましくも分不相応な事を……』
よくよく話を聞くと、ウルスヴァンはエルヴァストに渡した指輪の効果を打ち消そうとしていたらしい。
寧ろ、壊せたら良いのではないかとさえ思っていたという。しかし、実際にはとある少女によって打開策が立てられた。無駄とは思わないが、もう研究する必要もなくなったと、それをしまい込んでいたらしい。
こんな人を悪く思っていたのだと知り、ビアンは恥じ入る思いだった。
「師長殿には、お世話になりっぱなしですので」
「そんな事はありませんよ? むしろ、私の方がお世話になっていたと思うのですけれど」
部屋の中から現れたウルスヴァンは、心配するような顔をしてはいなかった。
「久しぶりですね、ビアン」
「はい。お元気そうで安心しました」
会えた事が嬉しいと、ウルスヴァンは実年齢より遥かに若く見える優しい笑みを見せていた。
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読んでくださりありがとうございます◎
次回、昼12時投稿予定
②へつづく
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